共同作業

 今日は図書室を貸し切った授業。

 何をするかと思い、扉を開けてなんとなく窓際の端の席に座る。

 席順だったとしても、誤魔化せる位置だからとかではなくこの席が落ち着くからだ。

 隣に香織も座り、続々と図書室に入る人が増えてくる。最後尾には大きな筒状になっている模造紙を抱えた生天目が見えた。

 図書室に、模造紙。このふたつが揃えば大体なにをやろうとしているか、嫌でもわかる。

 締め切った窓に向けてため息をついた。

 苦手としている班作業だとわかったからだ。

 生天目の場合、好きな人と組んでいいというはずだが、それが今は辛い。

 それなりにクラスに馴染んだ透夜はたまにわからない場所を聞かれる程度にはクラスとの繋がりがある。けれど、香織は違う。

 透夜と繋がりがあってもクラスには明確な繋がりがない。

 班を作るにしても、透夜と、あと最低で2人はきっと必要になる。

 仲良し二人組が他にもいたとしても、都合よく一緒の班になってくれるとは限らない。

 どうしようかと頭を抱えた。


「雨宮くん雨宮くん」

「へあ?」


 考え込んでいたところで名前を呼ばれ、間抜けな声を出してしまった。相手に向けている顔もおそらく間抜けな顔だ。


「君は確か、数学のときの……」

「そう、君の前にいる人! よく覚えてたね」

「いやまぁ、なんとなくだけど」

「それでもいいよ。あの、お願いなんだけど私と班を組んでくれない?」

「いいのか!?」


 思わず姿勢を低くしてガッツポーズをした。

 もう駄目だと思っていた矢先にこの状況。まだ天は見放していなかったと思った。


「あ、でも、あと1人必要だと思う。生天目先生の場合、4人1組の班だから……」

「それなら。直斗なおと、こっち!」


 直斗……?

 聞き覚えのない名前が室内に響き、早歩きでこちらに向かって人が歩いてくる。


「これで4人。いいかな?」

「いいけど、俺、かお……天野と一緒にだけどいいのか」

「良いもなにもなにを警戒しているの?」

「あ、いや気にしていないならいいんだ……その」

「その?」

「出来たら仲良くして欲しい。無視せずに話をするだけでもいいから」


 首を交互に傾げて、どういうことだろうと言わんばかりの顔で腕を組んでいる。

 数秒後、意図を察したのか透夜に指さしした。


「大丈夫、気にしてないから。私、初めてだからどういう人か知らないの。わからないことがあったら聞いてみてもいい?」

「構わないというか全然そうして。多分思っているよりは接しやすいから」

「はーい」


 手でオーケーサインを作って直斗と呼ばれた人の前を通り過ぎ、その場を後にした。


「騒がしくなかった? 大丈夫?」


 今度は直斗が心配そうな顔でこちらの様子を伺っている。


「いや、あれくらいはもう慣れたかな」

「なら良かった。光葵みつきは度々うるさいから迷惑になるんじゃないかと冷や冷やしてて」

「そ、そうか。それで君が」

「あっと、名乗り遅れました。僕が樋山直斗ひやまなおと、さっきのが古畑光葵ふるはたみつきだ。よろしく」

「よろしくお願いします」

「そんなに硬くなくていいですよ、雨宮さん」

「雨宮さんは駄目です」


 さっきまで蚊帳の外のように話には入ってこなかった香織が割り込んで直斗に注意した。


「昔、雨宮さんで女の子に間違えられて以来やめて欲しいそうです」

「ああ……配慮が足りなかった。ごめん、雨宮くん」

「最初は誰にだってあるから。じゃあ俺は樋山、は……微妙なラインだな」

「うん、よく言われる。だから、直斗でも、樋山でも好きな方で」

「それなら、直斗。えっと、よろしくな」

「はい、こちらこそ」


 丁寧にお辞儀をして直斗はその場から立ち去って行った。

 まるで、自由奔放なお姫様とその執事みたいで見ていて面白いなと思った。


「話して良かったのか」


 透夜は香織に向き直り、今まで諦めていたことに疑問をぶつける。


「頑張ってみると決めたので」

「そうか」


 頑張ると決めてくれて嬉しい。

 小さな、ほんの少しだけの他人から見れば半歩にしか見えないかもしれないけれど、透夜にはわかる大きな一歩を香織が踏み出した。

 きっと怖かったと思う。

 褒めたいけど、ここはクラスの人がいるから迂闊に手を出せない。

 そこで、頭にではなく、落ち着かせるように香織の背中をさすった。


「ちょっと怖かったのばれましたか」

「全く? なんの事やら」


 大袈裟に肩をすくめて気づいていない振りをした。


■■■


 透夜の予想通り、4人1組の班を作ってから図書室での授業もとい共同作業が始まった。

 手渡された大きな模造紙に書く今回のテーマは「マイベストブック」、班が好きな本をひとつ選んで書く内容となっている。

 これをわざわざ班を作ってやることかと思ったが、去年にもやったときに別の人のものを書き写す人が現れ、およそクラスの半分が同じ内容のクラスがあったため今年からこのやり方に変更したそうだ。

 本を中々読まない人にとっては確かに他人のものを写した方が早いし、確実なものであるのに間違いはないからだろう。

 そこで個人ではなく集団でやることにより、同じ作品が出ないようにしてみようという作戦だそうだ。

 実際に効果はあるみたいで、周りをよく見ている生天目が何度も頷き、ご満悦な笑みを浮かべている。

 他人のことよりも、先に自分のことをやらなくてはと本棚に目を向ける。

 透夜たちの班はそれぞれが好きな本を選出し、その中から選ぼうということになった。

 あまり本を読まない透夜は授業でやったことがある小説を一冊取り出す。

 今から読み始めても間に合うわけがない。ならば、一度やったことがあり印象に残ったものを書こうと思った。


「俺はこれ」

「なるほど、既にやったことがあるものにしたんだ。コスパがいいね」

「わからないもの書いても仕方ないし」


 それはそうだね、と直斗は肯定した。


 香織と光葵は殆ど本を読んだことがないらしく、候補をあげられなかったらしい。

 最後の頼みの綱となった直斗は図書室の本棚からではなく、持参していたポーチ袋に綺麗に収まっていた本を取り出した。


「僕は中学の頃に読んだことがある切ない青春ものだ」


 やっと高校生らしい本が出てきて心底ほっとした。

 もしかしたら、洋風のファンタジーものが出てくるかと思っていた。


「ヒロインに関わると必ず10日後には忘れてしまうお話で、忘れないよう日記をつけていたけど覚えていてもらえない虚無感からヒロインは主人公の記憶そのものから存在を消して、その日記もびりびりに破り捨てられる」

「最後は……」

「ラストシーンは一番最初に撮った写真と同じ場所にいって同じポーズを取る。初めてのはずなのに体は覚えていて、自然と口から『また、キミに逢いたい』で終わる」


 発売当初はその後、再会したかどうかを読者に任せていた内容らしい。

 名前でさえ思い出せなくなった主人公の喪失感とヒロインの虚無感が生み出したストーリーだけど、最後は頭になくてもしっかり覚えていたと自覚できたことが唯一の救いなのは切ないと思い、中身が気になって仕方ない。


「今度それ読んでみる」

「ありがとう。この本ちなみに続きがあって救われるから安心して」

「救いあるんだ……ネタバレだけど助かる」


 駅の近くにある本屋で買おうと決意し、忘れないうちにノートの端にメモした。


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