余り物なりの決心

 香織にメッセージを送信してから一時間。

 夕飯を食べ終わり、食器などを洗って片付けて、ソファで横になっていた。

 天井を見上げたまま、ただずっと上を向いているだけ。次の授業へ向けて予習でもしようと思い、テーブルに勉強道具を広げたが手付かずでやめてしまった。

 浮ついているようなふわふわとした気持ちもあれば、心配でそわそわする気持ちがあって落ち着かない。

 今までそれなりの友達付き合いをしてきた透夜だったが、誰かのことがこれ程までに気になるのは初めてだった。

 相手が亮でさえ、何をしているのか気になることはあっても、別に聞くことでもないと忘れてしまうのが普通だった。


 スマホの画面をもう一度見ても、特に変化はない。ただそこにデフォルトの待ち受け画面があるだけ。

 友達として、何かできることがあればと送ってみたものだったが、逆効果だったかもしれない。


「友達って、難しいな」


 透夜しか居ない部屋に声が天井で虚しく反響する。

 跳ね返ってきた声が耳に入り、透夜は自分が今、どんな気持ちなのかわかった気がした。


 声が震えている。


 緊張の現れではない、不安でたまらない時に出る、どうしたらいいのかわからない困惑した声。


 自身の気持ちに気づいた透夜は自分は少しかわいいと思った。

 たったひとつの友達付き合いの仲なのに、こんなにも真剣になってわからないと悩んでいる。今までまともな付き合い方をしていなかったとはいえ、必死になって相手のことを考えようとしている。

 裏とかそんなことを考えていない今の透夜はまるで、純粋な子供だと思った。


「またこんな気持ちになるなんて小学生ぶりかもしれない……高校生になったら相手のことを気にする余裕なかったしな」


 張りつめていた空気がなくなり、今まで考えていたことがおかしくなって透夜は笑う。


 また、しっかりした偽りのない友達付き合いが出来るかもしれない。もう、ないと思っていたものなのに。


「いや、これが例え偽りの、相手にとって都合が良いものだったとしても、俺は、友達で居たい」


 今度の声は、一言一言はっきりと力強く跳ね返ってきた。

 理由は必要ない。ただ側に居たいという願いだけ。

 迷いが晴れた透夜はソファから起き上がり、背伸びをして体をほぐす。

 そして、ふと思い当たることがあり、スマホのメッセージを開く。相手は香織ではなく、亮の。


『友達になることに理由なんて必要ないんだよな』


 答え合わせの感覚で、亮に向けて送信する。

 5分後、『よくできました』と後ろに花丸マークのあるメッセージが返ってきた。


『いつ気づくかなと思ってたからようやくって気分だよ』

『どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのか』

『それほど自分のことで精いっぱいで周りが見えていなかった、と思うよ。でも、この言葉自体は透夜から言われたんだけどね?』

『えっ? 言った覚えないんだけど』

『うそだー! ぼく結構感動したのに。理由とか得とか実際はどうでも良くて、大切なのはその人の近くに居たいかどうかだ。(ビシッ)って』

『(ビシッ)ってなんだよ、ダサいな』


 本当にその動作をしたのか、透夜は覚えていなかったが言葉自体は今の透夜とは違って、真っ直ぐ貫いているものでかっこいいと思った。


『昔の俺、ちょっとかっこいいな』

『だよね、今の透夜はなんかひ弱というか縮こまっててダサい』

『めちゃくちゃ言うじゃん。ちょっと傷つく』

『でも、それに気づけたんだから。きっとまたかっこよくなるって』

『だといいんだけどね、ありがとう』


 亮からの『どういたしまして』の文字が見えて、スマホを閉じる。

 改めて勉強をやろうかと思ったが、時間はいつもやる時間より大分過ぎていた。

 どうしようかと迷ったが、たまには休養の日としてやらなくていいかと思い、風呂に入った。


 ベッドに潜り、最後に香織のメッセージ欄を覗いても既読がつかないので、明日になったら聞いてみよう。


 段々と重くなる瞼に任せて、透夜は目を閉じた。



 次の日、隣の席は空席だった。

 担任からはただの体調不良でお休みらしいとそれだけしか伝えられなかった。


 昼休みに亮と昼食を取っている間に相談をしたが、香織が休むこと自体かなり珍しく、少なくとも中学の頃は休んだ話は聞いたことがない。そして、体調そのものを崩すことも見たことがないから逆に心配になるとのことだった。


 昨日の放課後前までは眠気にやられているくらいで、体調が悪い様子はひとつもなかった。思い当たる点はやはり、母親との対談くらいしかない。


 放課になった後、担任から香織の今日の分のプリントを手渡された。

 住所を知らない透夜は担任に聞いたが、どうやら担任は遠くから見ていて香織と仲が良さそうだから知っていると思い、調べていなかったそうだ。

 亮にも聞いてみたが、香織が休むことがなく、女子の家で遊ぶ度胸はないから知らないと返された。その気持ちはわかる。


「あと頼れるのは先生だけなんですよ」


 残された頼みの綱として、透夜は生天目に懇願していた。


「どっちも駄目だが亮くんは意気地なしだね……」

「覚悟はできないってこの前言ってたのでそれと関係あるかもしれません」

「生半可よりは全然そちらの方がいいのかな? とりあえずちょっと待っててね」


 職員室に戻った生天目が名簿に目を通していく。

 香織の住所を見つけたのか、椅子から立ち上がり職員室から手招きしてくるので、透夜は一礼して職員室に入り生天目の近くに寄る。


「はい、ここだよ」

「本当にここなんですか」

「疑っているのかい? 見間違えなんてあるはずない。私も驚いたけど」

「いやだって、俺。電車でもそこでも一度も見てませんよ……」


 そこは透夜が住んでいるマンションと同じ場所で、部屋番号を見る限り隣の部屋だった。どうして今まで気づかなかったのかが不思議だったくらい疑問に思う。


 名簿に書き込まれていた住所の通りそこへ向かい、呼び鈴を鳴らす。

 少し待っても、中からは動く気配がないどころか静まり返っている。念のため、もう一度鳴らすがまた反応がない。

 疲れて寝ているかもしれないので、また出直すことにしようと透夜の部屋のドアノブに手をかけたところでスマホが激しく音を出しながら揺れる。


「この時間に電話、もしかして母さんか」


 スマホをポケットから取り出し、画面を見ると電話の相手は今、どうしているのかわからなかった香織からだった。


「もしもし」

『もしもし……聞こえますか』

「聞こえてるよ。どうした?」

『あの、もしかして今、私の部屋。マンションの前に居ませんか?』

「そうだけど、休んだからプリントを届けようとして」

『私は今そこに居ません。お手数ですがここに来てください』

「えっ」


 どういうことだと疑問を投げる前に電話は切られてしまい、その代わりに住所と地図がメッセージから送られてきた。


 そこはここから少し離れた場所にある一軒家の住所だった。






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