2人だった時

「まぁ、そんなことより早く食べよう。時間無くなっちゃうし」

「そうだな」


 亮が弁当を広げるのに釣られて、購買で買ってきたおにぎりを開ける。


「透夜はそれで足りるのか? ぼくの唐揚げあげようか」

「足りるっちゃ足りるけど。貰えるなら頂こうかな」

「ほら、口開けろ」

「流石に女子の目の前でそれやれないから!」


 真顔でそれをやろうとしてきた亮に透夜は流石に拒否した。


「でも、唐揚げどうやって食べるつもり? 串とか持ってないじゃん」

「……確かにない」

「やっぱ、するしかないでしょ。欲しいならだけど」


 からかってくる亮に透夜は握りこぶしを作った。

 おにぎりだけでも、別に問題はない。だが、おにぎりだけの味気ないお昼で終わるのは少し満足は出来ない。


「男なら関係ないってほら」

「……覚えてろ」


 差し出された箸に刺さった唐揚げを透夜は大きく口を開け、一口で入れる。

 定番のしょうゆ味で美味しい。おにぎりが進み、口いっぱいにうま味が広がっても、胸の内には悔しさが広がった。


 後ろからくる視線に気づき、振り返ってみるといたたまれないような様子で香織が俯いている。


「悪いな、こんなみっともないものを」

「いえ、男のゆうじょう? みたいでいいと思います。はい」

「思ってないよね……。普通、あーんは男同士でやるものじゃないのに」

「男同士じゃなければいいんですか?」

「そういうわけじゃ……でも、やるならそうだな。イメージだと」

「……じゃあやりますか」


 香織の弁当箱に入っている卵焼きをひとつ箸で掴み、透夜の方へ持ってくる。


「は? いやいや、俺はそういう意味でいったわけじゃ」

「今日の分の卵焼きはいらない、そういうことですか」

「……それはいる」

「なら早くしてください」


 徐々に差し出している腕がぷるぷると震え始め、香織の頬がまたほんのりと赤くなっていく。


「無理してるだろ」

「……そう思うのならはや――」

「うん、やっぱ美味しい」


 香織がそっぽ向いたタイミングでばっと素早く卵焼きを食べる。

 相変わらずとろとろでほんのりと卵の甘みが広がる、透夜好みの味付け。あーん方式で食べることになったのは恥ずかしかったが、美味しい事実だけよく噛みしめる。


「見ていない間に食べるのは反則です!」

「羞恥心に負けたのが悪い」


 全くかっこよくない捨て台詞を吐いて透夜は香織に背を向けた。

 これ以上香織を見ているとおかしくなりそうだった。


「おかしい、米が格別甘い」

「高級米だったんじゃない」

「あー、なるほど。目の前で見せられたもののせいかと思ったけど気のせいだよね、米甘っ」


 無性に米だけを頬張る亮を横目におにぎりを食べ進めた。



 賑やかな昼食が終わり、教室へ戻る。

 亮に散々振り回されたせいか少し眠気が来ていた。


「ふわぁ……眠い」


 これからまた授業が始まるというのに眠気に勝てる気がしない。

 次の授業は確か、国語。じゃなくて現代文か。担当は生天目だったはずだから寝ようとしても寝させてくれないんだろうけど、この際は眠らせて欲しい。

 欠伸に気づいた香織が透夜を覗くように見る。


「眠そうですね」

「流石に俺でも亮にあそこまで振り回されたことはないから疲れた」

「緑川くんがあんな人だったのは知らなかったので、私も少し疲れました」


 透夜にしか見えない角度で小さく微笑む。

 この笑顔がずっと見られたらいいのにな、そう思った。

 眠くて上手く思考が働かない透夜は香織に手が伸びそうになって、引っ込める。


(何考えてるんだ……ここは学校なのに)


 不自然に浮いた腕を顔の前に持ってきて眠気を消そうと擦って誤魔化す。


「そこまで眠いのでしたら保健室に行ってはどうですか?」

「そうしたいけど、生天目先生だからちょっと無理かな。俺、あの先生には敵わないし、サボりならすぐバレる。何よりあの先生の授業嫌いじゃないから」

「尊敬しているみたいですね」

「そんな感じ。あの人にはお世話になった分迷惑とかかけたくないし、だから、頑張る」


 ぐーっと背伸びをして、眠気を飛ばそうと努力してみた。

 香織と話したおかげか少しだけ眠気が飛んで、スッキリした気がした。


 暫くして、生天目が教室に入り授業が始まる。

 生天目の授業には慣れていた透夜は教科書を開かず、配られるであろうプリントを待ったが、一向に配られる気配がない。


「えー今日は新しい所に入るので、黙読の時間とします」

「え、黙読?」


 予想とは違った内容に驚き、透夜は小声でオウム返ししてしまった。

 生天目の授業は大体眠くならないような工夫をする為に誰かとやる、もしくはオリジナルのプリントを持ってくるであって、教科書は殆ど使わない。

 理由は文章を読み続けていると段々と眠くなるからだそうだ。世界史などの文面だらけを読んで頭に入るかと聞かれたとき、全くそうは思わなかったのでよく納得していた。

 その、生天目が授業に黙読を使うとは一体何の事態があったのだろうか。


 考えている間に生天目はCDプレーヤーにディスクをセットし、流し始める。

 とりあえず教科書を開いて、文面が読まれているところを追っていく。

 でも、時折眠くなってくるので、一度教科書から目を外し、生天目の様子を見ると欠伸をしていた。


(生天目先生、眠かったのか。それでタイミングよく新しい所だったから黙読で授業を成立させながら休憩しようと……)


 透夜の視線に気づいたのか、生天目が透夜に視線を交わす。

 その視線は真っ直ぐというよりくねくねと曲がったようなそんな視線だった。

 眠そうなのはすごく伝わってくるので、試しに寝てもいいかと机の上でうつ伏せになるジェスチャーを取ってみる。

 そうすると、他の人には見えないように小さく指で丸が返ってきた。


 思わずふっと噴き出しそうになる。

 周りを確認すると、CDプレーヤーから聞こえてくる人の声しか目立った音はせず、教科書を立てて、衝立代わりにして眠っている人が殆どだった。

 隣の香織はというと船を漕ぎそうになりながらも、しっかりと黙読していた。


 頑張っている香織には悪いが、眠気はもう限界に近かった。

 申し訳ないと思いつつ、生天目の許可に甘えて目を閉じる。

 肩を揺らされたような気がしたが、それに応える元気はなくそのままチャイムが鳴るまで眠り続けた。





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