3人で
約束の答えを伝えてから数日。
あまり大した変化はない日常だったが、隣に居る香織の雰囲気は少し変わった気がした。
周りなんてどうでもいいと思えるくらいあっさりと冷たい雰囲気から透夜に対しては暖かく、しっかりと笑顔を見せている。
同じクラスにいる人たちは香織の変化に気づいていないようで、相変わらず関わろうとしてこない。それでも、香織に少しの変化があった事だけでも透夜は嬉しかった。
「今日も屋上で食べませんか?」
最近になってまた言うようになった一言。最初の1回だけ誘う時に使った言葉を香織は透夜に向かって言う。
「ああ、わかった。購買に行くから先に行っててくれ」
断る理由がない透夜は承諾する。
椅子から立ち上がり、お弁当を作り忘れた透夜は購買に行こうと財布を持つが、その時に通知音とともに携帯が振動する。
『今日、ぼくも天野香織と一緒にお昼食べていいかな?』
亮から一緒にお昼ご飯を食べたいという内容のメッセージが届いていた。
「ちょっと待って天野さん!」と呼び止めて携帯の画面を見せる。
「なぁ、これ。どうしたらいい」
「私は……どちらでも構いません。知らない人ではないので、雨宮くんに任せます」
「じゃあ、屋上に行かせていいんだな?」
香織がこくりと小さく1回頷いたのを見て、『屋上で食べるからそこへ来てくれ』と返信した。
屋上へ着くと、香織と亮が距離をあけて座っていた。
「お待たせ、お昼はもう食べ終わっちゃったか」
「いや、どうしようかって聞いたんだけど誘ったのに先に食べるのは良くないよとなって食べてない」
律儀な人たちだと思い、ふっと息が出る。
「俺はどこに座れば――」
「「ここにどうぞ」」
香織と亮の声が重なり、指示されたのは距離をあけていた2人の間だった。
「……失礼します」
間に挟まれるのは居心地が悪いなと思う。
「そういえばなんで亮がここに?」
黙って空気を悪くするのもなんなので、疑問に思っていたことを口にする。
「それは、2人がどうなったのかなって。まぁ、見てる限りは成功したみたいだし、グッドだ、透夜」
親指をぐっと突き上げて透夜に見せつける。
「どう変わったとか、わかるものか?」
「だって、透夜が来たら天野の雰囲気というか表情が軽くなったし、流石透夜だなって」
「俺はただ、手助け出来ればと思っただけで」
「それを実行出来るかは別の話だから透夜すげぇんだ」
「お、おう」
亮に褒めちぎられているようで、透夜は恥ずかしくなり頭を掻く。
「天野は透夜のどこが良かった?」
「なんだよその質問」
「ちょっと透夜は待って、今は天野に質問してるから」
まるで探りを入れているような質問で、気になったが待ってと遮られてしまった。
「雨宮くんはいい人で、私なんかでもちゃんと向き合ってくれて、不思議なくらい近くに居たのが上手く表現出来ないですが……安心しました」
うんうんと首を縦に振る亮をどういうことか理解できない透夜は頭にはてなマークを浮かべるしか無かった。
「やっぱり安心感が違うってことだ。うん、納得できる」
「今のどういうことだ?」
「いや、深い意味は無いけど、透夜の魅力が伝わったんだなって」
「俺に安心感なんてないと思うけど」
「こう、何かするわけでもないけど側に居て欲しいって思える魅力」
透夜にはその事がよく分からなかったが、香織が頷いているのでそういうことなのだろう。自分のことは案外わからないことが多いから魅力があるという事実だけは呑み込むことにした。
「今、気づいたんだけどいつの間に2人は打ち解けてたんだ? 亮は天野さんの事を呼び捨てで呼んでるし」
「透夜、ぼくは1度会ったって言ったよね。だからその時には既にだよ。ただもう会う機会はないと思ってたけど」
「同じくです。前までの私じゃ緑川くんに会っても逃げられてしまう気がしたので」
「逃げはしないかな。ただ覚悟は出来なかったと思う」
亮は頭を掻きながら言葉を続ける。
「ぼくは透夜ほど強くはないから、1人で向き合うとか無理だよ。透夜が居るからこそ今のぼくがあるわけだし」
「その言い方照れるんだけど」
「自覚があるってことだね。照れろ照れろ」
亮が透夜の近くに寄り、頭をわしゃわしゃと撫でる。
「俺も亮が居たからこの選択を見つけられたんだけどな……俺は、別に強くもない」
「含みのある言い方をするね?」
「まぁな。亮には言ってないことだし」
「言いたくないことは別に聞くつもりは無いよ」と手を振って話を終わらせる。踏み込んでこない性格をしている亮はこういう時にありがたく思う。
「それでさ、これからは3人で屋上でお昼にしない? その方が人数増えていいし」
「俺はいいが天野さんは」
「私は構いませんよ」
「よしならオッケーって事で、早速だけど」
亮が深呼吸するために間をあけてから口にする。
「なんで2人とも名前呼びじゃなくて名字なの?」
「お、俺はその方がいいかと思ったから……」
「私はあまり呼び慣れてなかったので」
「友達なら下で呼んでもいいとぼくは思うんだけどな〜?」
亮が透夜の顔を覗き込むようにして聞いてくる。
「呼んでもいいのか?」
香織はしばらく沈黙した後、小さく頷いた。
それを確認した透夜は息を吸い、深呼吸の後に出る息のように
「香織」
と呼んでみた。
「おお、いきなり呼び捨て……」
「あ、やっべ。さん付けた方が良かったよな」
「それは、大丈夫、です。はい」
香織が俯いて、ぷるぷると震えている。頬が少し赤く染まり始めている。
明らかに大丈夫ではないように見えるが、本人がそういうのなら納得するしかない。
「じゃあ、私も。とう、や。ですよね」
「そうだよ」
「……透夜」
小さくだけどしっかりと耳に残る音として聞こえてくる香織の声。
たった一言、透夜の名前を呼ばれただけなのにどきりとして肩が跳ねた。
「なんだこれ……」
亮に呼ばれた時とは明らかに違う感覚になった。
透夜の頬は赤みを帯び始めていた。
「初々しいなぁ……」
「亮は何ともないのか」
「ぼくは、うん。もうね、慣れた」
「いいな、慣れって」
「案外そうでも無いんだなこれが!」
この時の亮の発言は何か強がっているもののように思えた。
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