久しぶりの会話

 お昼休み。

 透夜は先日、香織から教わったお弁当を持って屋上へ行く。

 なんとか茶色一色弁当箱を作らずに済み、香織の隣で食べる。

 歯切れの悪い回答をしてしまったから香織との関係は拗れると思い込んでいたが、そんなことは無く、いつもの香織だった。


 優しい、そう言うけれどお互い様じゃないか。


 お昼ご飯を早めに切り上げて、事情を説明するとあっさり「いいですよ」と許された。


 近くにいたいと言うから観察が目的かと思っていたが、もしかしたらもっと単純なのか。


 親友と落ち合う場所、2階の体育館ではなくその近くにある階段へ向かう。

 体育館はこの時間帯だと誰も居ないが、その付近の廊下は食堂がある関係で人通りが激しい。それに比べて、ここは自販機があるくらいなので殆ど人は居ない。


「こんちゃ、透夜」


 後ろから声をかけられ振り返る。

 親友の緑川亮みどりかわりょうが居た。


「うわ、びっくりした。なんで後ろからなんだよ」

「たまたまだって、別に驚かせるつもりなかったし。透夜が上からでぼくが下から来た。そしたら今みたいになっただけ」


 それは確かにそうなんだが、絶対それは後から付いてきたものであって驚かせる気はあっただろ。


「それで、相談とは?」

「なぁ、亮は天使様を知ってるか」

「知ってるも何もこの学校なら知ってて当然でしょ」

「あー、質問を変える。天野香織については知ってるか」

「噂じゃなくて、本人の事か。なるほどなるほど」


 亮がうーんと唸りながら腕を組んで考え込む。


「一応知ってる。何なら中学で一度会ったことあるよ」

「そうだったのか。それで――」

「透夜は天野香織について知って、どうしたいんだい?」


 透夜の言葉を遮るように質問をされる。


「俺は答えを。理由を見つけたい。二年生になって天野さんにはかなりお世話になった。そして近くに居た。でも、それが本人から見るとおかしいらしくて。理由なんてなくたって良いはずなのに、それを見つけなきゃいけない気がした」

「そう。ということはちょっとあの人はこの学校では普通じゃないってことに気が付いてはいるんだ」


 透夜は無言でうなずく。


「あの人は、ただの努力家だった。勉強も運動も何もかも油断することなく徹底して何かにすがるように必死で努力してた。中学ではこれでもすごいねとかやるじゃんって褒められてたんだよ?」


 今の香織とは正反対で、周りに人が居て、努力した結果がそこにある。


「じゃあなんで今は」

「過去を知ってたらそう思うかもしれないけど、知らなかった透夜は噂で聞いた天使様をどう思ったのかな?」


 手の、届かない存在。


 声にはならず、脳裏にその言葉が浮かび上がる。

 その様子を見た亮は言葉を繋げる。


「そうだね。そんなハイスペックな人はこの世に幾らでも居るものだけれど、それは殆どが遠い存在。無縁の関係になるんだ。だからぼくは、彼らは天野香織を身近な存在として見れなかった、と思ってる」

「つまり、俺は天野さんとは見ている世界が違うわけで、俺はその天野さんの世界に入り込んだ異物……」

「卑屈に考えすぎ。それだったらもうとっくに透夜は関わってないと思うよ。最初の一回、強く当たってこなかった?」


 すれ違いを起こしたあの時だ。

 あの時だけ、雰囲気が違かった。けれど、あれ以降は強く当たることはなくむしろ落ち着いている。


「透夜は多分。天野香織の隣の席だろ」

「そうだけどなんで」

「あの人の唯一の希望の場所だから。みんなからは拒絶されて、彼女自身は多分中学と同じように近づきたかったけど駄目だと悟った。だから隣の席には良い人であろうとして、友達が欲しかったんじゃないかな?」

「思ったけどさっきから何故に疑問形なんだ」

「推測だから。この事情はぼくが勝手に考えてるだけだからだけど透夜は近くに居ていくつか当てはまった部分があるのならそうかもしれないね」


 いくつかどころじゃない、殆どが当てはまるようなものだ。

 友達が欲しかった、その事は知らなかったが。


「それじゃあ、その理由を見つけるということはもしかして、どうして天野さんの世界で歩み寄るのか」

「そうじゃないかな。少なくともそうとしか」


 亮が自販機にお金を入れてリンゴジュースを二つ購入する。


「もし、もしわかっていたらでいい。天野さんはもう、諦めているのか。俺たちと同じ世界に居ることを」

「……わからない。だってあの人は抑えてるから。周りに気を遣って、自分の事は二の次だから」


 亮は買ったリンゴジュースを上げ下げしながら、選択肢に見せているようだった。

 隣に居る、隣から離れる。

 透夜はその両方を取らずに降ろす。


「それは俺が、選んでいい選択肢なのか……」

「これは透夜が選ぶべき選択だ。その結果として望んだ先があるとは限らないけれど」

「……」

「そう答えなんて簡単に出ないからゆっくりな、あと理由も。透夜の場合なるべくしてなった『結果』とか言うんだろうから少しアドバイス。何をしたいか、天野香織という人と。お前は1人で決める強さを持とうと頑張ったんだろ」


 人との関りなんて今まで考えてこなかったから理由を聞かれてもわからなかったが、その人と何をしたいかが重要ということ。少し見えてきた気がする。


「さっきまであやふやな感じでわからなかったけど、やっぱ相談してよかったかも。ありがとう」

「ぼくの方が割と世話になったこと多いしそのお返しということで」


 何をしたいかなんて今はわからないけれど、香織とは何もしたくないとは思わない。近くに居て迷惑だとは思わなかったし、むしろありがたかった。だからこそ、この答えははっきりとしたもので伝えたい。


「皺寄せて考えることでもないし、ぼくは透夜と居れて楽しい。こうやって久々に会ってもあの時と変わらない話ができるからそれだけでいい。ほい、これやる」

「うおっと」


 亮から片手に持っていたリンゴジュースのペットボトルをジャグリングのクラブのように投げ渡された。


「弄り代お返しする」

「これで屈する俺も俺なんだけどやった分だけ返ってくるのずるい、憎めないわ」


 亮は手を振りながら「ずる賢いので!」と言い、教室へ戻っていった。

 渡されたリンゴジュースを開けて飲む。

 乾ききった口の中を潤してくれる優しいりんごの味。

 目標が見えた透夜は確かな足取りで教室へ戻った。

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