お弁当と口実とその理由

 雨の中、透夜の家に帰宅する。

 荷物と香織は無事に、透夜は肩に雨を受けてしまったが、風邪に繋がるほど寒気は感じなかった。

「これ、ありがとうございました」


 パーカーを香織から返される。


「着ても大丈夫か?」

「雨宮くんのですから、どうぞ」


 香織からの許可をもらい、透夜は濡れた部分をタオルで拭き取ってからパーカーを着た。



 時刻は午後の5時半ぐらいになっていて、もう既に夕食の準備を開始しているはずの時間だ。


「それで裏技というのは?」

「結論から言ってしまうと多めに作るだけ、です」

「えっ、それだけ? でも、残ったら勿体なくない?」

「そこなんです。勿体ないって思ってしまうのですが、それを弁当に詰めてしまえば楽できて更には寝かせてあるのでもっと美味しいおかずになります」

「おーなるほどー!」


 全く頭の中にはなかった考えであった。

 ひとり暮らしの場合多く作りすぎると、その残った分を作った本人がどうにかしないといけないと思って、適量に留めていた。それを敢えて多く作ることで手間を減らそうという作戦だ。実にいいと思う。


「それで、主に何を多めに作るのがいいのかな?」

「人によりますが、煮物や漬物はいいと思います。前者は冷えていても美味しくて、後者は実際に保存食なので」

「ふむふむ……でも、メッセージで聞いたメインはどうする?」

「今回はお肉との事なので鶏の唐揚げにします。本当はハンバーグでもいいのですが手間がかかるのでそれはまたいつかに」

「はい先生」

「悪ノリしないでください」


 作り方をそばで見ながら、スマホにあるメモ機能に打ち込んでいく。

 必要なもの、前日に作るからこその注意点を細かく教えてもらった。


「さて、こんなものです」

「天野さん、ひとつ聞いてもいいか? 卵焼きはどうすれば……」

「卵焼きはその日に焼いた方が美味しいですね。冷えてると寿司屋にありそうな卵になってしまうので」


 そうだよな、やっぱりそうなるよな。


 お昼に見た香織の卵焼きを思い出して、ダメ元で言ってみたが無茶だった。

 確かに冷えきった卵焼きを食べてしまうと握られた方しか味が想像出来ない。

 分かっていた結果だったけれど、透夜は肩を落としてしまう。


「卵焼きが好きなんですか?」

「好き、お弁当には入ってて欲しいくらいには好きだよ」

「それなら、私が作ってきましょうか? さほど手間は変わりませんので」

「天野さん……ありがとう。お弁当作るの頑張ってみる」

「そこまで好きなんですか。なら、私もちゃんと恥ずかしくないよう美味しいの作りますね」


 これから学校の日は香織の卵焼きを食べられると想像すると、早くそうなって欲しいと思ってしまう。


「楽しみが1個増えたところでお腹空いてきた。夕食はどうする? ここで食べていく?」

「いいんですか」


 香織が鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、きょとんとしている。


「別に俺はひとり暮らしだから迷惑かけることないし、天野さんだって今日は両親家に居る訳じゃないんだろ?」

「そう、ですけど。でも、雨宮くんには……それに食器は」

「食器はお母さんが友達と家で食事することがあるかもと1人分余計にもらってるから大丈夫。俺は別にいいんだけど……そうだ、ならちょっと手伝って。メインは決まってるけど卵焼きを今食べてみたい。1人の時はたまには頼った方がいいんだよな?」

「は、はいもちろんです! 腕によりをかけて頑張ります」


 ■■■■


「「ごちそうさまでした」」


 今日の夕食は今までひとり暮らしをしていた中で1番美味しかった。透夜が作った残り物の野菜の味噌汁とは比べ物にならなかった。

 本日のメインはどちらかというと鶏の唐揚げなのだが、透夜にとってのメインである卵焼きがなんといっても美味しかった、ほんのりとした甘みにとろっとした食感。自分好みにピッタリだった。


「うん、見てただけでも美味しいだろうと思ってたけど。実物は全然予想を超えるね、すごい美味しい」

「気に入ってくれたようで良かったです……ちょっと緊張しました」

「自信持っていいよ。俺の好みと天野さんの好みが同じだったのは意外だったけど」

「それはたまたまですよ」


 正直に述べた感想はどうやらお気に召してもらえたようだった。

 食べ終わった食器を洗おうと透夜は椅子から立ち上がるが、香織に先を越されてしまい「私がお世話になったので」と1人で洗った。


 食器洗いが終わり、香織がソファに座る。それに続いて透夜もソファへ座る。

 そろそろ本題に入ってもいいだろう。


「今日、本当は弁当作りなんて関係なかったりする?」

「……どうしてそう思うんですか」


 かまをかけたつもりだったのだが、間違っていなさそうだった。


「どうして、それは今日が金曜日だから。明日は普通なら学校は休みだし、今日の放課後にしてくる理由は別にあると思ったから」


 部活の可能性もあったかもしれないが、無所属なのは自己紹介の時に報告済みだったので、興味がなくて覚えていない人以外は同じクラスの人には知られている事実だ。

 それなのに、にこだわる辺り何か別の話したいことがあるのではと思い、この案に乗った。


「弁当のことは本当に感謝してる。これから頑張ってみようと思うけど、もし、俺に何か話したい事があるのならそれもちゃんと聞く」

「……」


 香織は口にするのを躊躇うように黙り込む。


「無理にとは言わないけど、何もなかったら聞かなかったことにしてくれ」

「……雨宮くんは」

「うん」

「雨宮くんはなんで私の言うことを聞いたり、何よりどうして近くに居てくれるのですか……?」


 なんでどうして、その疑問の意味がわからなかった。

 なんで、それは香織がそう言うから。どうして、なるようになったから。

 違う、これは理由じゃなくて結果だ。


 香織の疑問に対する理由を考えても今の透夜には答えがなかった。


「ごめん、それにしっかりとした答えを出せる自信がない。俺は今までなるようになればいいって思って生きてきて、今もそう。だけどこれは理由じゃないから答えにできない」

「つまり私が関わったから」

「今はそうとしか言えない。でも、結果は理由じゃないから。この答えが出るまでもう少し待って欲しい」

「わかりました、それまでしっかり待ちます。待つので、それまで雨宮くんの近くに居てもいいですか……?」

「断る理由はないし、その方が納得できるのならどうぞ」


 時間も時間なので話はここまでにして、香織を玄関まで見送った。

 疲れからか透夜はソファへダイブする。

 この土日に考えても答えが出るとは思えなかった透夜は親友にメッセージを送る。


『相談があるから月曜日に会えますか?』

『お久、透夜。わかった、お昼休みに話そ』

『了解』

『透夜が相談をして欲しいって珍しいね。恋でもした?』

『俺の事わかってるくせにからかうなら相談キャンセルする』

『久しぶりだったから弄りたくなっちゃった、ごめん。それじゃ、月曜日に』


 二年生になってから会わなくなっていた親友に弄られて、少し放置しすぎたかもしれないと反省する。

 それでもきっと、対面したらまた弄られるような気がした。







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