お弁当作りは準備から

 部活に入っていない透夜は放課後になってすぐ学校から帰宅し、制服から着替えて普段着になる。

 待っていてくださいと言われたのでその通りに待つが、ただ待つのはなんだか落ち着かなかった。

 一応普段から汚部屋にならないようハンディモップを使って軽く掃除をしているので、埃はあまりないし、ゴミが散らかってもいない。

 帰ってきていつもの癖で部屋を回り、掃除しながら着替えて脱いだものを洗濯機に入れる。一年前から続いてるこの一連の流れは今も続いていて、これは母からの教えだった。


 ひとり暮らしで今までやってもらっていた事をやらなくちゃいけないのは億劫で、しかも疲れているから尚更。休憩をする前に何かをする癖をつけること、休憩する前に掃除をするでも、夕飯の支度をするでもいいから。そうすると自然と体が動いて考えずに出来るようになる、人間考えながら動くと体力使うから。だそうだ。


 確かに、最初の方は嫌で嫌でゴミ袋をまとめてはいたが捨てに行かないで半端なゴミ屋敷みたいになっていた。流石にそれではいけないと思い、片付けをして今後ゴミをためないように掃除用具を必要だけ買った。


 それからは掃除がすぐ済むようになり、次は料理に手を出すようになっていた。

 母からある程度料理の基礎は教わり、形にはできても味はイマイチで料理には奥深さがあることを思い知ったのは今でもよく覚えている。

 今はまだ母の味に辿り着けてはいないものの、それなりには美味しいと思う。

 表現するのは難しいが、大体小中学校の給食以上、母の味未満といったくらいだ。


 考え事をしていたらいつの間にか暇だからと思って洗い始めていたお風呂掃除が終わってしまった。


 本格的に暇になり、ソファに腰をかける。

 事前に交換しておいた連絡先にあとどれくらいで透夜の家に着くのか聞こうと、スマホを手に取る。けれど、その前に軽快な音でスマホが通知を知らせた。


『聞くのを忘れていました。メインはお肉と魚どちらがいいですか?』


 端的に短くメッセージに書かれていた。


『今朝は魚だったので、お肉でお願いします』

『わかりました。もう少ししたらそちらへ行きます』

 メッセージで送る文はいつも喋っているものとは違い、癖で丁寧に書いてしまう。けれど、それを香織は気にする様子はなく返事が返ってきた。

 既読を付けてスマホの電源を落とした。


 意味もなくカーテンを開けて外を覗く。夕焼けより灰色の雲が一面にあり、これから雨が降りそうだと思った。

 窓を網戸にして外からの風を入れると、湿った空気が入り込んできて学校に居た時とは違いジメジメしてくる。


 窓を閉めようとした時、手の甲に水が見えた。

 臭いがない。ただの水……?

 疑問に思い、空を見上げるとまたポツンと水が今度は頬に乗る。


「冷たっ……。冷たい? まさか雨が」


 窓を急いで閉めた途端に雨は強くなり、窓を打ち付けている。


 香織は大丈夫なのかと思い、ソファに置いたスマホの電源を入れるが、特にメッセージは届いていない。さっきメインをどうするかと聞いてきたから無いものを買い出しに行っているのかもしれない。


『いまどこだ』


 手早く文字を打ち、変換なんて考えずそのまま送る。


『今は雨宮くんの家の近くにあるスーパーですけど。どうかしましたか』


 どうやら外の天気の変化には全く気付いていないようだった。


『今雨降ってるけど傘は持ってきたか?』

『……ないです』

『買い物終わったら待ってろ、そっち行く』


 メッセージを香織に送り、出かける準備をする。濡れてもいい用にパーカーを着て、家に一本だけある傘を持って出て行く。

 徒歩で5分くらいの場所だが、この雨の中で荷物を持ってここまで来るのを待っていられない。

 ポケットに入れたスマホが振動しているけれど、気にせず早歩きで歩いていく。


 スーパーの近くまで行くと出入口付近で、袋を持ってまっている香織の姿を見つけて手を振りながら香織のそばに近寄る。

 パーカーを着ていていつもと違う姿の透夜だったが、遠くを見つめていた香織が透夜に目を合わせてくれたので、気づいてもらえたようだ。


「お待たせ、雨に濡れなかった?」

「出ようとしたときにメッセージが来たので大丈夫でした。ただ出るときには暑くてブレザーを脱いでしまい、それで少し冷えました……」


 遠くからではわからなかったが、確かに香織の肩が少し震えている。


「それじゃあ、早く帰ろう。俺が頼んだばかりにこうなったわけだし、その場しのぎだけどパーカー着るか?」

「あの、それは雨宮くんが着ていて。寒くないんですか」

「走り気味で歩いてきたからちょっと熱いくらいだから平気。それとも、こっちにするか」


 冗談半分で透夜は腕を突き出す。


「ぱ、パーカーでお願いします」

「了解」


 流石に腕に抱きつくことはない、そうわかって自らやっておいてはなんだが安心する。

 透夜は着ているパーカーを脱いで香織に手渡す。少し熱がこもっていて申し訳ないと思ったが、香織に風邪を引かれてはいよいよ透夜の面目がなくなりそうだったので、我慢して欲しい。


 買い物袋と傘を持った透夜に香織が入り、並んで歩く。

 傘一つの下に二人居ると肩が時折濡れて冷たく感じるが、寒さに耐えながら待っていた香織に比べればどうということはない。


「ごめん、こんなことになって」

「なんで雨宮くんが謝るんですか。元はと言えば私が今日の放課後にやると言ったばかりに」

「いやいや、天野さんこそ。今日は別に雨降る予報なかったし、ゲリラ豪雨なんてわかんないよ。わかったとしても天野さんに教えて欲しいと思った結果、こうなったから申し訳なくて」

「それでも、こうして雨に濡れないようにわざわざ出迎えたり、ましてやパーカーまで着させる人なんてそうそう居ません」


 サイズがあってなくて、制服のスカートまで隠れるくらいにぶかぶかなパーカーを香織は袖口から手を出さずに手を合わせてほぉっと息を吹きかける。


「暖かくて私は嬉しいです」

「……そう」


 透夜のパーカーなのにまるでそれは香織のパーカーに見えてしまう。初めて見た時からは想像がつかないような仕草で見てくる香織を直視できず、透夜は目を逸らす。

 赤くなりそうだった頬を見られないようフードを被らせる。


「この方が寒くないだろ」


 声が震えていて、こんなのは嘘だと簡単に見抜けるくらいに下手くそな嘘を吐いた。

 それでも香織は「はい、そうですね」と共感してくれた。














 

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