隣の席は昨日助けてくれた人
生天目との長い会話を終えて教室へ向かう。
廊下はすっかり活気に満ちていて、慌ただしく廊下を走り抜ける教師や階段を誰かと一緒に駄弁りながらあがっている人も居る。
教室へ入ると朝練を終えて休憩してる人、誰かと喋って暇つぶししてる人が居るが見たことがない場所に居る。どうしてかと思ったが、先日に席替えしていたことを忘れていた。
元あった透夜の席の場所にはまだ名前が覚えられていない人の席がある。自分の席は何処かと周りを見渡すが、わからない。こういう時のための座席表はと張り出し物の中から探すが席替えしたばっかでまだ作られていなかった。
どうしたものかと思い、いっそのこと直接担任に聞くかと教室の扉を開ける前に肩に手が乗る。
「おはよう、雨宮くん」
後ろから聞こえてきた軽やかな鈴の音。優しい、家で聞いた時のあの声。
間違いなく香織だ。
「ああ、おはよう天野さん」
「もう体調は大丈夫なの?」
「すっかり良くなったよ。天野さんのおか……」
おかげと言おうとしたところで周りからの視線に気圧され、言葉が詰まる。
別にただの会話をしているつもりなのにクラスの視線をひとつに集めている。噂の人の存在感は改めてすごいと思った。けれど、その視線ひとつひとつが見守られているというより警戒されているみたいで痛い。
「いや、荷物ありがとう」
「はい。どういたしまして」
「あ、そういえば昨日休んだから席わかんないんだけど。どこかわかるか?」
「私の隣です」
「そっか、天野さんの隣か。なんだ……はい?」
「私の隣ですよ。席は窓際の一番後ろです。改めて、新しく隣になった天野香織です。よろしくね」
やっと視線の理由が分かった気がする。
透夜は香織の隣の席、天使様の隣の席になっていた。
注目の的、噂の人の隣にいる人を気にする必要なんてないと前までは思われていただろうが、恐らく透夜が話しかけられていることで事態が急変したのだろう。何故なら、学校が始まったときには確かに香織の隣に人は居たが、刺さるような視線がひとつも飛び交っていなかったからだ。
「雨宮くん、顔色が優れない気がしますが本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫ではないが慣れることを目標にする」
「……ごめんなさい、でもありがとう」
香織から小さく掠れるような声で謝辞の言葉が聞こえた。
香織もこの視線には気づいていたのか。でも、別に謝る必要はないのに。
チャイムが鳴り響き、香織の隣の席へと座る。
意識するつもりがなくても、助けてくれた人がすぐそばに居る。それは気恥ずかしくてむずがゆいけれど知っている人が近くに居る安心感が同時に押し寄せてきて頭の中がめちゃくちゃになりそうだった。
授業中は静かになり、何とか透夜だけの空間を作れた。
窓から入り込んでくる風が優しく体の熱を奪い去って気持ちいい。
落ち着いてもう一度横を見る。綺麗に整った髪が風で靡かれている。そんなのは気にせず授業のプリントを集中して解いている香織。この姿に見惚れない方が難しいと思った。
けれど、誰も近づかない。こんなに美しく綺麗だと思っても普通の学生であることには変わりない。それは誰であっても同じことであるはずだ。
「どうかしましたか」
「あ、いやその。昨日会った人がすぐ近くに居るのって恥ずかしいなと思った」
「そんな意識しなくても別にいいですよ」
そう言われても目の前に居ることと昨日の出来事がある以上気にしない方が無理な話である。いつも学校で感じる冷たい雰囲気じゃない落ち着いた雰囲気で喋られると余計に意識してしまう。
「もしですけど、お昼休み良ければ屋上に来れますか」
「……なんで屋上?」
「いいから嫌なら大丈夫なので」
その言葉を最後に香織は授業に戻ってしまった。
それ以降話すことなく、時刻はお昼となる。
隣を見ても、香織の姿はなく教室はグループを作って賑わっている。
確か、香織は屋上で待っているんだよな。なら、とりあえずお昼ご飯の為に食堂に行かないと。
他の誰かと食べる約束をしていない透夜は香織のお誘いを断り理由がないのでとりあえず食堂へ行くが、お腹があまり空いていないので近くの購買でやきそばパンと無糖の紅茶のペットボトルだけを買って屋上へと向かう。
屋上への階段をあがっていくと廊下からは教室でお昼にしている人達が騒いでいる声がここまで響いてくる。賑やかでいいなと思うも、自分にはもう縁がない。
最上階までたどり着き、重い扉を開ける。
ぐっと力を入れて押し開けた扉の先には胸の辺りで手を重ね合わせて、まるで何かに祈っている香織がベンチに座っていた。
「ん、本当に来た」
透夜の足音に気づいた香織が少し驚いて話しかける。
「待ってるって言ったのはそっちだろ」
「そうは言ってももう噂のせいで来ないと思ってました。無駄だと思っても言ってみる意味はあるものなんですね」
「噂って天野さんが天使様と呼ばれていることだろ」
「いえ、それもですが、別でもうひとつ。ここが私の居場所。酷くいえばテリトリーになっている噂です。知ってましたか?」
疑問に対して聞き覚えがなかった透夜は首を振る。
「そうですよね、じゃなきゃここに言われたまま来ないですし。内容はそのままの通りここが私の縄張りになっているという話ですが、別にそういうつもりはなかったんですけどね。ここがフリースペースなのは知ってました?」
「それは一応。高一の時に言われた覚えがある。あまり使っている人は居ないけどって生天目先生から聞いた」
「本当は私以外にも利用する人が居たんですけど、面倒になったり私が居るせいでどんどん居なくなって私だけになってしまって、ついにはここが私の場所だって勝手に言われてて気が付いた時にはもう噂になっていました」
それは初めて聞いた内容だった。香織が居るせいで今まで屋上に居た人たちはいなくなってしまったのは何かやらかしたのだろうか。
「それは天野さんが何かやったわけではないよな?」
「はい。気が付いたら私しかいなくてどうしてこうなったのか、私自身知りたいくらいで」
「なるほど。やっぱり天野さんは関係ないか、確認とはいえ疑ってごめん」
「いえいえ。一応私は当事者だから大丈夫」
「隣、座ってもいいか」
「どうぞ」
香織からの許可をもらい透夜は隣に座る。買ってきたものを側において紅茶のペットボトルを開ける。
「紅茶が好きなんですか? 男子なら炭酸とかが好きなんだと思ってました」
「偏見だけど間違っちゃいないのがな、別にそういうわけじゃないよ。ただ今日のお昼に合う飲み物は〜と探したらこれになった。俺は基本炭酸とか好きじゃないんだよ」
「じゃありんごジュースとかのくだもの系はどうです?」
「それ系好き。中学の頃はよく炭酸飲んでたけど今はそっちかな」
側においてあった焼きそばパンを開封し、一齧りする。しつこくない濃いソースの味でパンとよく合う。
「男子なのにお昼はそれだけなんですね」
「これで事足りるからね、あとは家に帰ってきて足りなかったら家で夕飯にしちゃう」
「食欲を夕食まで持っていく食生活をしていたんですか……昨日倒れそうになった理由もしかしたらそういう不健康な食生活が関係しているかもしれません」
「うっ……でも、俺はあんまり料理得意じゃないからどうしようもなくて。人並みには作れるつもりだけど、出来るなら楽したいなと」
後は朝に弱いせいで弁当を作って食事バランス整えるみたいな高等テクニック出来ない、というのが本音である。
「人並みには出来るけどやる気が入らないと……それなら私が弁当を楽に作る方法教えます」
「何それそんな裏技みたいなのあるなら知りたい。いや、もしかしてそれは秘技冷凍食品詰めだよね」
「ふふ、それテレビで見る時短テクニックですね。違いますよ。教えるのはいいんですけどそうなるともう一度雨宮くんの家にお邪魔することになるんですがよろしいですか?」
「えっ、ここで教えてくれるわけじゃないの」
「物は試しとよく言います。口で説明するよりも実際に体験した方がわかると思います」
「それつまり実物がないと駄目だろうって事だ……わかった、別に用もなければやることも無いし」
「それじゃあ今日の放課後、早速やりましょうか」
意気揚々と宣言した香織は膝の上に置いてあった弁当箱を広げて、卵焼きを口に加える。
「今日!? いいけど、準備とかは」
「食材が欲しいくらいですけど、今回は私が持っていきますので大丈夫ですよ。雨宮くんは普通に待っていてください」
2日連続でお世話になるとは思わずため息が出る。屋上にいるせいで太陽に照りつけられたからかそれとも別の何かなのか、体が熱くなっていて紅茶と焼きそばパンを無言で交互に口した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます