病み上がり登校

 いつもより一時間早く目が覚めた朝。体温計で測ったらすっかり平熱に戻っていた。それもそのはず今日は寝覚めがいい。起きるのが苦だった朝が今日は気持ちよく、そのまま歩いていきたいくらいには元気になっていた。

 背伸びをして昨日に残ったご飯を親から仕送りされていた鮭フレークを乗っけて、静かな空間で朝ご飯をかきこむ。

 まだ家を出るには十分時間は残っていたが、遅刻するよりはいいと思い制服に着替えて家を出る。

 早朝はいつもより涼しく過ごしやすい気温で気持ちがいい。いつも乗っている電車には人が少なく、早起きは何とかの得とかあったが確かに得している気分になった。

 電車を降りると、見たことがない朝練で来た学生が何人かといつもこの時間に来ているのか平然と歩いていく人たちが居て新鮮な気分になった。

 足取り軽く昇降口までつき、そのまま教室へ向かう。


「お、雨宮。早いな」

「生天目(なばため)先生、お久しぶりです」


 廊下でばったりと会った生天目は透夜の高校一年生の時の担任だ。


「こんなところで何やってるんですか?」

「ちょっとした暇つぶし兼さっき遅刻者と掃除をしていたところだ」

「もう遅刻やらかしてる人居るんですね……」

「そういうのは大抵癖でもう抜けられないようなものだからな、世話が焼ける」

「はは、お疲れ様です」


 本当に疲れているのか顔にまで出ているので「では」と別れようと思ったが、引き留められる。


「ちょい待ち。こんな時間に登校するのはなんでって聞けてないぞ」

「えーただ早く起きただけです。昨日体調悪くて寝すぎたので」

「なるほど。ところでさ、今暇?」

「まぁ、早く来たので暇ではありますけど……」


 ああ嫌な予感がする、というかそれしかしない。よくある悪がらみパターンの今暇?ってやつだ……。そして恐らくだけど用件は。


「「話があるんだけど」」

「ですか?」


 声が協和したことに驚いたのか生天目は目を見開いていた。


「はぁ、付き合いますよ。先生との話は別に悪く思ってないので」

「我儘だったんだが。ありがとうこっちだ」


 誰も使っていなさそうな個室へと案内され、そこにあった椅子に座るよう指示される。


「で、何か話すことあるんですか」

「いや、昨日休んでいた話は聞いていたからね。それについて少し話そうかと。あ、コーヒー飲む? 高校だから別にバレないぞ?」

「なんでからかうように笑いながら聞くんですか、貰いますけど」


 了解と言いながらカップにインスタントコーヒーをセットし、既に沸かしてあったポッドのお湯を注いだ。


「それ、元々誰と飲む用だったんですか」

「別に誰とも。ただここの職員にカップ麺が主食の人が居るだけさ」

「うわ、食生活というかバランス悪そう」

「実際悪いからフォローはしない」

「生天目先生にまで見捨てられるとか……ちょっと想像したくないですね」

「そういわないでやってくれ。彼は忙しいんだ」


 生天目はふふっと笑う。その笑顔を見て透夜も釣られて笑う。


「本題に戻ろうか。確認だが雨宮は体調が悪くて休んだんだよな?」

「はい、昨日熱を出して寝込んで、証人ならいますよ」

「雨宮が嘘を吐くとは思ってない。ただ何か今抱え込みすぎていないか、そう思っただけだ」

「……鋭いですね。体調は正直言って関係ないけど」

「えー関係ないの!? また私の勘か~雰囲気台無しぃ」


 当てが外れたからか、机に突っ伏してしまう。ちくしょうと唸り声をあげているので去年から見続けていたが、本当に教師に思えなくなる。


「みっともないからやめてください先生。威厳がなくなりますよ」

「別に雨宮は誰にも言いふらさないって信じてるからいいし、ただちょっとショックだっただけだし……んで、何抱えてるんだ」


 生天目は姿勢を直してコーヒーを啜った後、透夜を見つめる。


「いや、別に大したことじゃないんです。ある時1人で頑張り続けていたらそうやって考えて動くのはすごいけど、時には人に頼った方がいいって言われて今までやってきたことは正しかったのかわからなくなっただけです」

「そうか、やっと言われたか」


 生天目がほっと溜息をつく。


「何ですかそれ、まるで言われるのが当然みたいに」

「そういうことだ。雨宮は確かに1人で頑張ろうとしてる、事情はちゃんと聞いたから知ってる。だからこそ、心配になる。それを言った人はきっと同じ体験をしたんだろうね、優しいな」


 誰がいったか名前を伏せるつもりだったが、この際はっきり伝えてみれば何かわかるかもしれない。


 透夜はコーヒーを啜って一息おき、口を開く。


「……天野です」

「え、今、アマノって言った? 嵐を作る方じゃなくて?」

「それは、今関係ないです。香織ですよ、天使様です」

「あいつが、へぇ……なんか意外」

「それは同感です。いつも1人で居るような人なのに」

「いや、もしかしたら。まさかね」

「どうしたんですか? 何か思い当たることでも」

「私の勘だから気にしないで。と言いたいところなんだが、その勘が正しかった時が怖いから雨宮には伝える。天野香織をちゃんと見ておけ」


 言葉の意味が分からず、透夜は小首をかしげるしかなかった。


「今はそれでもいい。だけどきっといつか意味が分かるはずだ、私の予想通りならだが」

「何ですかそれ、怖いですよ」

「ああ、言っている私自身怖い、そして気のせいであって欲しいけど念のためにだ。頭の片隅に置いてもらうくらいで構わないから」

「……わかりました。もしこれから天野さんと関わることがなかったとしてもですか」

「その時は今のことをなかったことにしてくれて構わない。あ、でも会話がなかったことにはしないでね、寂しい」


 両手を合わせて子供がおねだりするように「お願い!」と言ってくる。

 本当にこの人は教師何だろうか疑いたくなる。


「わかりましたからその子供っぽいのやめましょう。こっちが恥ずかしいです。評価が下がりますよ」

「お気に召さなかったか。最低限、雨宮からの評価は高い方だと思っているがね。だからこそ去年私は相談役になったわけだし」

「その自信過剰はどこから出てくるんですか……事実なので反論しませんが」


 うしっとガッツポーズをしてますます見ていられないと思った。

 コーヒーを飲み干し、時間を確認すると朝のHR(ホームルーム)が始まる20分前になっていた。


「おっと、そろそろお開きの時間だ。今日は話に付き合ってもらってありがとね」

「まぁ、先生の頼みですし、疲れてそうだったので役に立てたのなら良かったです」

「よく見てるな~よしよし。今度、そっちから何かあったらいつでも相談に乗るから。忘れないでよ」


 生天目先生が透夜の頭を優しく撫で回して最後に肩をポンと叩かれた。

 心の底から自信が満ちるように感じた。もしかしたら溢れた自信をもらったのかもしれない。

 今日は頑張っていこうと思い、個室を後にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る