二年生でもスタートダッシュはこける

 5月に入った今日。つまり、席替えの日。透夜はベッドで寝込んでいた。

 学校には行けたら行きたいので遅刻、欠席ならお休みということにしてくださいと連絡を入れた。この感覚はどう考えても行ける体調ではなかったが。


 学校が嫌になってここに居るとかそういう精神的なものじゃなく、単純に熱を出して体調不良になっていた。昨日、特に無理をした覚えもないし、授業が二年生になって始まったくらいの進展で最初は復習ばかりのものだったので苦労はしていない。


 思い当たる節がないので、ベッドで横になりながら考えている。本当はしっかり寝ないといけないのはわかっていても、頭の思考を止めることはできない。原因不明の体調不良に戸惑うしかなく、一応市販薬を飲んではいるが一向に良くなる気配がない。


 誰かに頼ろうと思っても家には誰も居ない。なぜなら透夜はひとり暮らしだからだ。自分で考えて行動すると決めた透夜は高校生からマンションでひとり暮らしを始めていた。


 他人に流されやすい透夜は誰かがじゃなく自分がどうしたいかを考えるために自立の意味を込めてし始めた。親からはいい機会だからと送り出してくれたから感謝している。


 この状況を1人でどうにかするのは流石に厳しいと思うけど。


 そうこう考えているうちに時間は昼過ぎになる。このまま横になっていても眠れる気がしないのでベッドから立ち上がり、水分補給のために冷蔵庫に入ってある水を飲む。熱のこもった体が冷えて視界が鮮明になっていく。寝巻が汗でびっしょりとなっていたのを思い出し、緩めのダボっとしたシャツ、下は半ズボンに着替える。


 汗の気持ち悪さから解放され気持ちよくなったが、やはりまだ熱っぽいというか体が重い気がした。


 確認のために体温計で測ったところ微熱だったので、まだ熱が残っている。動けるくらいにはなったから何か食べようかと思ったけれど、食欲は全然湧かない。

 動ける間に自炊の準備をして炊飯器にセットする。これから悪化することはないだろうけど体が急に食べ物を欲するかもしれない。


 まだ意識ははっきりしていて眠れる気がしないので、テレビを点けて暇をつぶす。特に見たいものがあったわけじゃないが、あのままぼーっとしていたらまた何か考えだしそうだった。


 時刻は学校が終わり、放課後になる頃。相変わらずお腹は空かないまま過ごしていた。段々テレビを見ることに飽きてきて、このまま夜中まで眠ってしまおうと思い、ベッドに向って立ち上がるが、呼び鈴が鳴った。


 こんな時間に一体誰なのか……?


 呼び鈴とつながっているモニターを確認すると、そこには香織が手荷物を持って立っていた。この時間に透夜の家に香織が来る、どうして? もしかして、1個部屋を間違えた……とか。


 よくわからないままモニターから話しかける。


「はい、何か」

「あの、ここ。雨宮透夜さんで間違いないでしょうか?」


 ああ、そっか。この前会った人が雨宮透夜自身だと香織は気づいていないのか。


「そうですけど……」

「今日配られたプリントと明日の連絡をしにきました」

「わかりました。少し待っててください」


 モニターとの通信を切り、ほっと安堵する。


 学校からの連絡だけか、それなら良かった。けれど、それなら余計に香織にやらせる理由がわからない。一年生の時に仲良くなった人も居るからそっちへ頼めばいいはずなのだが。不思議に思い、スマホを取り出すと1件通知があり「悪い。今日休むから先に飯食ってていいから」とメッセージがあった。


 なるほど、それで頼れる天使様及び香織に先生は協力を頼んだのか。


 やっと理解できた透夜は外で待たせていた香織が居る扉を開ける。


「お待たせ。ちょっと連絡が混みあっててごめん」

「いえ、学校からや親から心配されるのはよくあることだと思うのでこれくらい大丈夫ですよ。はい、これが今日の分のプリントです」

「わざわざありがとう……。んっ」

「どうかしましたか?」

「ああいや。何かこの前会った時とは別人みたいだなって」


 態度もそうだが、雰囲気があの時とは全然違う。むしろ最初に見たような雰囲気に近いものを感じる。酷く落ち着いている、そんな感じに。


「あ、あの時はその……いえ、まごまごしていても仕方ありません。ごめんなさい、あの時はあんな物言いをしてしまって」

「天野さんが謝る必要はないよ。むしろこっちが勝手に他人のプライベートの部分を覗いちゃっただけだし。怒られて当然というか」

「あれは確かに見られて嫌なものですけど、そうじゃなくて本当はあんな言い方するつもりなかったんです。ただ言いふらさないでくださいと注意するだけのつもりだったんです」

「怒る気はなかったのに怒ってしまった、ということ?」


 香織は小さくこくりと頷く。


「そっか、あれは別に怒ってたわけじゃなかったんだ。よかった」

「でも、実際に怒ってしまったから謝りたいと」

「いいよ、気にしてないというと嘘になるけど怒ってたわけじゃないならそれで充分。ほら、あの時が実質初対面だからさ、顔は見たけど。あれで怒られてそれが同じクラスに居るってわかったら気が沈んじゃって。でも、そうじゃないってわかったからもう大丈夫」

「優しいんですね」

「ま、ある程度にはだけど……」

「何か言いましたか?」


 いやと透夜は首を横に振る。


「それじゃあ、また明日」

「ありがとう、わざわざ来てくれ、て」


 視界がぐにゃりと歪み、立っていられずその場で座り込む。


「だ、大丈夫ですか!?」

「あーくっそ、まだ治ってなかったか。やっぱ飯抜いたのがまずかったか」

「まさか今日何も食べてなくて……」

「食欲無かったんだ。だから動ける内に自炊だけ準備したんだけど……無理にでも食えばよかった。悪い、ベッドで横になる」


 透夜は座り込んだ低い姿勢のまま足を引きずるように歩こうと後ろを振り向くと、香織が透夜の顔を香織の方に向き直される。


「何するんだよ……はぁ」

「息は少し荒い。熱は……ある。駄目です。このまま横になっても悪化する一方です。寝苦しいだけで終わります」

「んっならどうするって」

「私がおかゆ作ってあげます」

「は、いいって。俺は俺の考えで動くって決めたんだ放っておいてくれ」

「嫌です。そう言って崩壊する人を知ってるんですから。家、入りますね」


 香織は無許可で透夜の家へ入っていく。その姿を目で追い、止めようとしたが苦しく声が出ない。


「大人しくベッドで横になっていてください。おかゆの具材で何か欲しいものはありますか?」

「……梅干し?」

「いまどき梅干し好きな人居るんですね」

「それしか、知らないだけだ……他に何かあるのか」

「私のところだと、かき卵とか。お雑煮でよくあるじゃないですか、あんな風に」

「なら、そっちで頼む。まだ卵の方がいける」

「わかりました。あとはゆっくりしていてください」


 もう駄目だ。そろそろ倒れる気がする。


 意識が朦朧する中、なんとかベッドまでたどり着きそこで倒れ伏せる。

 自分で考えて動こうと決めていたことがたった1年で破られてしまい、現状をよく確認しても自分じゃどうしようもなかったのは事実。

 もうどうにでもなれと透夜は無理やり目を閉じた




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