二年生の始まりと噂の人
春の日差しが暖かく眠気を誘われる朝。およそ二週間ぶりとなる登校日。久しぶりの登校は体が鈍く、思うように動かない。
重い体に鞭を打ちながら歩き続け、昇降口までたどり着く。壁にはクラス表が張り出されてあり、何処のクラスかみんな必死になって探している。集団から一歩引いて遠目にクラス表を見つめて、自分のクラスを見つける。残念ながら前と同じクラスの人は誰も居らず、周りは知らない人ばかりだった。
去年だったら初めては嫌だな、そう思っていただろうが、今では違う。この学校でも仲良くなれる人が居るし、最悪仲良くなれなくとも別になるようになればいい。
自分のクラスに入り黒板に書かれていた席を確認して、その場所に座る。前から二番目の窓側の席だった。机が太陽に照れされていて気持ち良く、そのまま眠ってしまおうと目を閉じるが、周りが騒がしくなり顔を上げる。
「なぁ、噂の天使様がうちのクラスに来るんだって」
「それマジ? 俺らラッキーじゃん、この一年間眼福に会えるとか考えるだけで最高」
どうやら話題はこのクラスに来る天使様について盛り上がっているそうだった。
天使様はこの学校に居る人なら誰もが耳にするであろう噂の有名人。天使様というのは勿論ただの比喩である。本名は
聞いているだけなのはこの学校に入って香織と会話を一切していないので、わからなかったからだ。手の届かない存在とは一体どういう人なのか、やっぱり他の人たちなんて眼中にないのか、もしかしたら案外面白い人かもしれない。
想像を膨らませて勝手に楽しむのもつかの間、別の声が耳に入る。
「でも、あの人って基本無表情というか……感じ悪いらしいよ。落とし物を拾って渡した時、表情ひとつ変えずに頭だけ下げてその場を去ったとか」
「なんかそれ遠ざけられてるみたい」
前言撤回。やっぱりそのような人と関わるべきではない。その人にはその人の事情があり考え方がある。香織には人と関わりたくないような事情が何処かにあるのだろう。
再び顔を隠し意識を暗闇に投げた。
新しい先生から自己紹介が始まり、今後の予定について話された。特にこれといった内容のものはなく、いつも通りの退屈な学校生活が始まるのだろうと思っていた。
「この次の月の後に席替えをします。」
そう突然言われた。席替えは学校でしかない唯一の一大イベントとされるもの。それが次の月の後、すなわち5月になったら席替えをするということだ。
今日は4月の27日で、5月になるのはあと4日後となる。そんないきなりと騒ぎになる人やここが嫌だったと言わんばかりに歓喜する人など居たが、透夜にとってはどうでもよかった。
全部がどうでもいいわけじゃなく黒板が見えずらい位置は嫌だな、そう思うくらいで人の位置を気にするほど席にはこだわりがなかった。
先生の話が終わると放課後となった。周りの人は席替えの話で持ちっきりで、誰かと一緒にその話をしながら帰っている。
「席なんて別にどこだって変わらないだろ」
つい、思っていることが口から零れてしまう。人が少なくなってきたせいなのか思わず口を塞いだ。幸い、誰かに聞かれている様子はなくそれぞれお喋りをする声が廊下から響いてくるだけだった。
「何言ってるんだろ……。帰ろう、とりあえず」
荷物を持ち、教室から出る。廊下から階段への曲がり角で人が見え、立ち止まる。
「っ!?」
「……ごめんなさい」
相手も透夜が居るとは思わず立ち止まり、小さく頭を下げながらか細い声で謝罪してその場を後にした。誰だかわからない女子高生の後を目で追い、頭の中であの顔が思い浮かぶ。
「もしかして。あの時の」
「あの時の……?」
声が聞こえたのか、女子高生はその場で止まる。
「一年生の時の最後に見えた顔が妙に印象的で……もしかしてと」
「あっ、もしかして昇降口の……ねぇ?」
さっきの消極的そうな雰囲気から静かで冷たい雰囲気になって透夜に近づく。
「その事、誰にも言ってない?」
「言ってない。これ言わない方がいいよね」
「その方が助かるから。これからもそうして」
強い口調で注意され、気圧されて言葉を詰まらせる。
「じゃあ、私は行くから」
そう言って今度こそ、その場を離れると透夜のクラスに向かっていく。
「嘘だろ……?」
念のため彼女の後を追うと透夜のクラスに入っていった。名前を必死に思い出そうとしても、その時は眠気にやられていた為あまり記憶にない。
見た目はストレートロングで他の人とあまり変わりないよく見る髪型で、消極的そうな雰囲気、頭を下げて立ち去る……待てよ、ひとりだけ心当たりがある。
まさか、彼女が天使様。天野香織。
噂と今の現状を照らし合わせても殆ど一致している。噂通りの人で、他人と関わることを避けているのも予想通りだった。
面白そうなんて思った今日の自分を殴りたくなった。面白半分で人に近づいて痛い目にあったのをもう忘れたなんて思いたくなかった。もしかしたら、新しい学年になったせいで気が緩んでいたのかもしれない。
心で誓った自分の考えを思い出し、透夜は帰り道を歩いた。
帰り道を歩いている途中にまたあの儚い顔が思い浮かぶ。あんなに冷たく他人とは関りを持たなさそうな人なのに、どうしてそんな顔をするのか。言わないで欲しいのはそれが秘密だからなら、言わないでいたい。秘密を喋ってもいいことは何一つとしてないのはもうわかっていることだ。
ますます天野香織について疑問が増える日となった。
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