余り物には天使様という福がある。

常朔

一年生の終わり

「この一年、よく頑張った。まだこれからだけど本当によく頑張ったと思う。この経験を生かして次の二年生もやっていこう! では、日直はいいや私が言う。起立、気を付け、礼!」


「ありがとうございました」


「うん。お疲れ様みんな。また春に会おう!」


 春に入り始める三月。雨宮透夜あめみやとうやは高校一年生は幕を閉じた。

 今年の担任は熱意があり突っかかりにくい人だと思ったが、個人を尊重する人らしく決して他人の意見を侮辱しない優しい先生であった。担当は現代文で人によっては眠くなりやすい教科を工夫して寝ないようにさせたり、教科書を元に作ったプリントを使って飽きさせない授業をしていた点がすごかった。


 個人面談などでも先生の力が発揮され、相談役としてはこのクラスにとって人気者になっていたのは間違いなかったので、素晴らしい、その一言に尽きるだろう。

 もう一度この先生のクラスになりたい、そんな事を思ってしまうくらいにはちょっと別れが名残惜しい。


 冬の季節が過ぎ去ってもまだ空気はほんのり冷たい。セーターを着こむほどの気温じゃなくなったのは嬉しいが時折ふく風が体を震わせてくるので勘弁してほしい。

 放課後となった教室には人があまり居らず、居ても楽しかったと感傷に浸る人が殆どで邪魔したら悪いなと思い、その場を後にする。


 やっぱり、風が寒い。


 思わず手をポケットに突っ込みたくなるほどの風が不意に吹く。周りを見渡すと春に近づいているからか梅の花咲き乱れている。空も冬の時とは違って綺麗な青空が見える。


 お疲れ様、そう言われたのを思い出してリラックスするために背伸びをする。まだ一年だけど確かにこの一年を頑張ってきたことには変わらない。これからやってくる春休みは準備期間だと聞いて、身構えていたがそんなに難しく考えず気楽にやろうと思った。

 下駄箱から靴を取り出す。もうこの場所を使うのは最後だと思うと感慨深いものがある。思わず上履きを下駄箱にしまいそうになりながらもリュックサックにしまう。


 靴を履いてその場を後にしようと足を一歩踏み出すと別の下駄箱から音が聞こえる。誰かと驚き振り返るとそこに居たのは別のクラスの人だった。人が少ない中の昇降口の音は案外響くのだと実感して同じ時間に帰る人が居るという安心感で胸を撫で下ろした。


 ただその人の顔は感傷に浸るような寂しさやようやく終わったとうんざりするような清々しい顔でもなく、儚い顔だった。そっとしておかないと本当に消えてなくなってしまうのではないかと思うくらいだった。


 女性はこちらに気づいて目を合わせるが、じっと見ていたことが恥ずかしくなり目を逸らしてその場を後にした。


 電車に揺られながら帰宅する。リュックサックに入った上履きが教科書のように平らで真っ直ぐじゃないため背中がごつごつしていてかなり違和感がある。人が少なくなってきたのを見計らってリュックサックを床に置き、扉に背中を預ける。平らな方が違和感がなく、しっくりくる気がした。


 スマホを取り出して、現在時刻を確認する。電車が到着する時間はとうに頭の中に入っているのに一学期の頃の癖でついスマホをいじってしまう。電子画面のカレンダーで春休みの予定を考えることにする。


 一週間はごろごろと家で過ごすのもたまには悪くないのかもしれない。その後からもっと具体的に決めつつ、春休みの宿題をやろう。スマホを閉じて、外の景色を見る。

 一年間見ても特に変わり映えのない景色だというのについ見入ってしまう景色。午前中の帰宅だからか、いつもより人が見える気がする。


 誰がどうしているのかなんて関係ないけれど、見ていて飽きないから不思議なものだ。みんながみんな目の前のことで必死になったり、明るい天気だからか笑顔を見せたりと色んな顔が見える中、またあの儚い顔が印象的で思い出す。酷く絶望したから……そんな感じじゃなかった。


 通っている学校は少なくとも、悪いイメージはない。全て憶測でしかなく、答えなんか出るはずもないあの顔の意味が妙に気になってしまう。

 気が付けば電車は降りる駅に停車していて慌てて電車から降り、名も知らない人の顔は忘れて帰宅した。

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