4:この世界の魔術 その3

「凄い……。そんなに簡単に」


 不意に背後からミーナの感嘆の声が聞こえ、気づかなかった真二郎は驚いて振り返る。意識していなかったが、かなり集中してたらしい。


「そうか?」

「だって、もう治っちゃったじゃない」

「ミーナの方も終わっただろ?」

「ベルゼルは出血がやっと止まったくらいだよ。クーラはもう傷が塞がってるじゃない」

「じゃあ、ベルゼルを診ようか」


 真二郎が治していたクーラとかいう男は傷跡が残る程度。対してベルゼルの傷はまだ癒着しきってない。ちょっと引っ張ればまた出血しそうだ。

 真二郎はさっきと同じように傷口に手を近づけ、術式を囁く。攻撃魔術を唱える時よりも、なんとなく優しく小さな声になるのは気分的なものだろうか。


「よし、こんな感じか」


 完全に傷は塞がり、出血がなければ怪我をしたかどうかわからない。初めてにしては上手くいったと、真二郎は傷口をポンと叩く。


「いてっ!」


 ベルゼルが小さく悲鳴を上げて跳ね起きた。


「あ、悪い」

「いや、助かったよ。痛みが感じられるってのは、ありがたいね」


 傷をさすりながら、ベルゼルは立ち上がった。そして、縛られた盗賊連中を見て、真二郎を見る。


「こいつら、どうして殺さなかった?」

「え?」


 意味がわからず、真二郎は問い返した。


「それだけの魔術が使えるんだから殺すのも簡単だろ?」

「殺すこともないだろうと思って」

「いや、確かに殺さずに済ませたのが凄いのか……。圧倒的な力の差だからな」


 真二郎にはようやくベルゼルの言いたいことがわかった。盗賊が捕まればどうせ死罪とかそんな結果しかないのに、生かした理由がわからないのだ。

 ベルゼルは勝手に納得したようだが、真二郎にはまだ人を殺す覚悟がなかっただけだ。なんと言っても、この世界の人間ではないし、この世界の常識も知らないのに、そこまでかかわるつもりもなかった。


「えーっと、で、申し訳ないんだけど……」

「その力だろ?」

「内緒にしといてくれませんか?」

「なんかわけありなんだろうな。ぜんぜん魔力が見えないのに、これほどの魔術が使えるんだからよ」

「やましいことはないんですけどね。色々ありまして」

「そっちの彼女は?」

「私は魔術はまったくダメです」


 ベルゼルに話を向けられて、美姫は慌てて首を振る。


「でも、奴隷ってのは嘘だろ?」

「それもわかるの?」

「額に隷属印がないからな」

「ああ、やっぱりそういうのがあるんだ。どうすればいいんです?」

「マオ、あんたが隷属の契約魔術を使えばいい」

「隷属……なるほど。それは限定的な内容でも効果ありますか?」

「限定的というと?」

「例えば、秘密を漏らさないとか」

「ああ、できるが……待て! まさか、俺たちにやろうってのか?」


 ベルゼルが身構えると、真二郎に詰め寄る。


「そうじゃなくて、あそこで寝てる連中」


 真二郎は慌てて縛られた盗賊を指さした。


「ああ、そりゃいいや。隷属印がありゃ誰も相手にしなくなるしな」

「隷属印は見えなくてもいいんですけどね」

「ああ、額以外でも大丈夫だぞ。奴隷の場合は所有者をわかりやすくするために額にしてるだけだから」

「なるほど」

「しかし、そんな基本も知らないで魔術使ってるってどういうことだ?」

「ん~、まあ、わけありってことで」

「わかった。命助けてくれたんだ。訊かねぇよ」

「助かります」

「でも、彼女には額に隷属印つけといた方がいいぞ? 美人は誘拐されるぞ」

「やっぱり危険ですよね」と美姫は嘆息する。

「否定はしないんだ」

「これまでも色々な目にあってきましたから。遺伝的な形質は否定しても仕方ないでしょう。というわけなので、間生クンの奴隷にしてください」

「改めて言われると、緊張するな~」


 真二郎は困ったように強ばった顔で笑う。

 美姫と真二郎を交互に見たミーナが不思議そうに首を傾げた。


「ねえ、ミキって本当に奴隷じゃないなら、マオの恋人?」

「い、いや、違うぞ」

「そうなんだ。だったら、わたしなんかどう?」

「お、おい、ミーナ。俺たちから乗り換えるつもりか? マレクが泣くぞ」


 ベルゼルが呆れ声を上げる。


「冗談だって。ミキの視線で殺されたくないもんね」

「ん? 視線?」

「な、なんでもありません! さあ、奴隷にして!」


 慌てて言う美姫に腕を取られて、真二郎は馬車の陰に引っ張って行かれた。

 その様子を見て、ベルゼルとミーナがささやき合う。


「ありゃぁ、尻に敷かれてるな」

「あはは。恋人はともかく、パーティに入ってくれたらいいなって思ったんだけど」

「まあ、確かに戦力にゃなるが、逆に面倒なことになるぞ、あいつは」

「やっぱりそうだよね、あの魔術は」

「ああ、普通じゃないからな。あれじゃまるで魔王だ」


 ベルゼルは盗賊団全員まとめて隷属の魔術をかけ始めた真二郎を見て呆れ声を上げたのだった。


    ◇


 さあ奴隷にしてなどと威勢よく言った美姫だが、実際のところ心臓がバクバク言っていた。


 すすす凄いこと言っちゃった!


 美姫が内心パニックになっている間に、真二郎は一列に縛られた盗賊団に呪文を唱えていた。先に問題がないか実験ということだ。

 特に問題はないのを確認してから、美姫に向き合う。

 呪文と共に指を動かして術式を施す。慣れてきたのか、以前よりも動きが小さく、スムーズだ。

 魔術が終わった途端、美姫は額にぽわっと温かい物が乗っかった気がした。それもすぐに消える。それ以外は特に変わりはない。


「大丈夫ですか?」


 真二郎が心配そうに尋ねる。


「問題ないわ」


 落ち着いて応えた美姫だが、内心では舞い上がっていた。

 そんなの大丈夫なわけないでしょ! 今すぐハグしてキスして色々したいくらい! でも、奴隷だし、私のキャラじゃないし、マオくんに嫌われたくないから我慢する!


「特に行動の制限とか服従とかしてませんから安心してください」


 命令には絶対服従とか入れてくれてもよかったのに。どんなことでもしてあげるのに。

 美姫はそんなことを考えながらも、返事はいつも通り。


「当たり前です!」

「盗賊団の皆さんには僕たちのことを口外したら激痛が走る感じで制限を加えたけど」

「生ぬるくない?」

「大丈夫ですよ、あの様子なら一言も口をきけないと思うし」


 真二郎は口元を歪めて笑った。

 美姫にはそれがちょっと邪悪な笑みに見えてゾクッとする。マオくんってひょっとして危険な感じなのかな?


「これでやっと街に行けそうですね」

「そうね」


 そう答えて、美姫は気づいた。

 真二郎とふたりきりで町……。え? これって、デートなの? デートなの?

 また心臓がバクバクし始める美姫だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

VRゲー完クリしたら美女にスカウトされて魔王にゴリ推しされるんだけど、それより現実をコンプしたい 神代創 @sowkami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ