4:この世界の魔術 その2
「坂城さんは動かないで。多分、人が殺されてる」
真二郎の言葉に美姫は息を飲む。そして、勢い込んで言う。
「だ、だったらなおさら民間人を先に行かせるわけにはいかないでしょ」
「でも、坂城さん武器持ってないでしょ」
「それは……」
「それに外交官が相手国の民間人と戦うのは問題あるでしょ」
「う……」
「それよりロープの用意して、呼んだら来てください」
答えるヒマを与えず、真二郎は足早に歩き出した。向かったのは後方の馬車だ。シャリーグがいないなら、残りはふたり。
警戒しながら2台目の馬車に近づくと、ふたりは積み荷をあさっていた
御者は御者台の上で殺されていた。血まみれの死体は見ないようにして荷台の後ろから近づく。
足音に気づいたか、ふたりは背中越しに声をかけてきた。こんな状況なのに警戒していないのは、傲慢さの表れだろうか。
「遅かったね、ジール」
「取り分なくなるよ」
「残念。あいつは気を失ってるよ」
真二郎が代わりに返事すると、ふたりは弾かれたように振り向いた。
「なんで、ジャチクが!?」
「逃げてきたんだろ。さっさと片づけろや」
面倒そうに舌打ちした盗賊が術を使おうとする。やはり、術式はいい加減で、ノイズ混じりの呪文。真二郎が悠長に待ってるわけがない。
「セラ・アエル=バキューテ・ビルド」
片方が喉をかきむしるのを見ながら、
「リピダス・デュ」
二人目は指を軽く振って繰り返しの呪文で一瞬。呆気ない。
とはいえ、真二郎も余裕があったわけではなく、それは術式を操る腕の震えでわかる。ゲームで叩き込まれた動きが反射的に出てきているだけだ。
我に返った真二郎が美姫を呼ぼうとすると、すでに美姫とミーナは荷台に上がろうとしていた。
すかさず手慣れた様子で後ろ手に縛っていく美姫。ミーナをそれをサポート。すでに連携が出来ている。
真二郎はその間に術を解く。これで残ったのは先頭車両のシャリーグだけのはず。
こっちは大丈夫だろうと、真二郎は後を任せて先頭へ向かう。
二台目にもベルゼルのパーティがひとりいたはずだが、荷台には姿が見えない。そのまま先頭に行くと、進行方向を塞ぐように別の馬車が止まり、4人がこっちに向かってくるところだった。
やはり、ここで仲間が待ち伏せして襲撃、積み荷を奪う手はずだったのだ。
御者台から転げ落ちているベルゼルはどうやらナイフで斬られたらしい。血が結構流れてる。もうひとりもこっちに来たところを襲われたみたいで昏倒してる。隊商の責任者は馬車の中にいるみたいだ。治癒も出来るかもしれないが、気づかれる可能性もある。先にこいつらを片づけた方がいい。
シャリーグが御者台から身軽に飛び降り、ベルゼルに唾を吐きかけ、仲間の方に歩いて行く。
あー、こいつ敵認定だな。
真二郎は内心でつぶやくと、ベルゼルに忍び寄る。上手い具合に陰になって強盗からは見えない。
「大丈夫ですか、ベルゼルさん?」
「逃げ……ろ……」
「そういうわけにもいかないでしょ。ちょっと待っててください」
見たところ、もう少しは大丈夫そうだ。5人で一気に攻撃されたら厄介だし、一緒になった時を狙おう。ミーナがやって来るまでまだ少し時間がある。
真二郎がそう思った時、
「おまえらーっ!」
怒鳴り声を上げながら馬車脇を走り抜けていく姿。姿が見えなかったもうひとりの護衛だ。
5人が一斉に振り返える。視界には真二郎も入ってしまった。しかも、突っ込んでいった男はあっさり魔術を食らって斬られてしまった。
このボケーっ!
内心で罵りながら、真二郎は立ち上がった。
「こうなりゃ先手必勝だ!」
「おい、ジャチクがほざいてるぞ?」
「手加減してる余裕はないからな! セラ・アエル=ヤケーレ・ナルド・フィラミオ!」
「なっ!?」
5人はバカみたいに同じ形に口を開けたまま、吹っ飛んだ。威力を抑えてなかったせいもあって、全員ひっくり返った馬車の裏に叩き付けられ、反動で跳ね返って顔面を地面に打ちつける。
「くそっ! てめ――」
「あー、もう寝てろって。デュ・テラル=ヤケーレ・フォルテオ・ヴァルド!」
地面から石つぶてが浮き上がって容赦なく5人に襲いかかった。
「うわっ、マズい!」
思わず真二郎が声を上げたのは、石つぶての威力を甘く見ていたからだ。大昔には戦争で使われ、石打の刑があるほど簡単で威力のある武器だったのを忘れていた。あっという間に血みどろになったのに驚き、慌てて術式解除すると、飛んでいた石が次々に落ちた。放物線を描いて落ちたのではなく、ストンと真下に。
「慣性の法則はどうなってるんだよ?」
つくづく世界が違うなと呆れながら、真二郎は後方に声を上げた。
「ミーナ! 坂城さん!」
すぐにふたりがやってきた。坂城さんは不機嫌そうに真二郎に詰め寄ってくる。
「どうしてミーナは呼び捨てで、しかも先に呼ぶの?」
「へ? いや、なんか雰囲気が」
「……あ、そう。ミーナ、やっちゃうよ」
「はーい、ミキさん」
ふたりの連携はさらに素早くなっていた。
テキパキと、いや、かなり荒っぽく5人を縛り上げていく。ミーナは最後のひとりを縛ると、怪我したベルゼルの手当てに取りかかった。
「盗賊連中は診なくて大丈夫?」
「あんなの殴られたのと同じだよ?」
真二郎が訊くと、ミーナは素っ気なく応じて振り返りもしない。仲間を襲った犯罪者には冷酷というより、これがこの世界での倫理観なのだろう。
ミーナが治癒の魔術を使う様子を、真二郎は後ろから覗き込んだ。基本的にゲームと同じなのがわかる。水の精霊で傷を塞ぎ、火の精霊で体力を戻す。
勝手に治っていくわけではなく、負傷部位の細胞を活性化させて、治癒を速めていく。体力を戻すのも弱ってる部位を探ってエネルギーを送り込んでいる。
真二郎も勝手に突っ込んで斬られた男の治療を試してみた。
傷口に手を添え、術式を行いながら呪文を唱える。
「メル・アクラル=キューレ・ロントゥ・フィラミオ、ラ・フラマル=バーレ・ロントゥ・フィラミオ」
とにかく早く治せばいいだろうと、真二郎は最大速度のオプションをつける。その力をコントロールすれば治るはずだ。
「凄い……。そんなに簡単に」
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