第84話 『世界の車窓から殺し屋日記3 マレーシア編』 久里 琳さん

〇作品 『世界の車窓から殺し屋日記3 マレーシア編』

 https://kakuyomu.jp/works/16816927861792045842

 

〇作者 久里 琳さん


【作品の状態】

 完結済。3万字程度。


【セルフレイティング】

 残酷描写有り。


【作品を見つけた経緯など】

 以前当作品でも紹介しました、『世界の車窓から殺し屋日記』シリーズの続編です。


【ざっくりと内容説明】

 主人公は、とある特殊能力を持った殺し屋です。今回の舞台はマレーシア。

 いつも通りおいしい料理の話もありますが、マレーシアにある三民族の関係や歴史、言語、宗教等々、なかなか普通の会話では触れられないことについても語られています。


【前作から比べると、ふりがなが少ないかもしれません……(個人的感覚)】

『世界の車窓から殺し屋日記』シリーズは、旧字体での表記が多いです。そのため漢字へのふりがながふってあるのですが、今作は特に少ない印象です。前作までは辞書なしでも問題なく読めましたが、マレーシア編は難しいかも……です。

 そのため、もしかすると人によっては読む際のハードルが少し上がるかもしれません。


【感想】

『世界の車窓から殺し屋日記3 マレーシア編』は、通して二回読みました。

 一度目はさらりと。二度目は辞書片手にじっくりと。難しい言い回しもありますが、ボキャブラリーを増やしたい人には良い教材でもあると思います。


 さて。

 とはいっても、この作品の魅力は主人公の殺し屋が向かった国の、様々な場面に触れられることです。

 私はこのシリーズを読むたびに、毎度料理の話に目が行ってしまい、今回もスパイシーな内容を読みながら、辛いものが食べたくなってしまいました(笑)


 しかし、マレーシア編では料理以上に興味深かったことがあったので、それを感想に書こうと思います。


 私の興味が赴くところといえば大抵言語なのですが、マレーシア編では「タミール語」が出てきます。

 インドの公用語の一つであり、インド南東部のタミル・ナード州やスリランカの北東部で話されている言語で、日本では「タミル語」と言われることもあります。

 何故私の言語レーダーに「タミール語」が引っかかったかといえば、「言語だから」というのもあるのですが(笑)、日本語の源流として考えられている言語の一つでもあるからです。


 研究者曰く「日本語の文法に似ている」「日本語の対応語」があるとのこと。

 対応語というのは、英語を学んだ人がフランス語やドイツ語を習うと単語が似ていることに気づくと思いますが、それのことです。そして対応語があるということは、言語の系統が似ているということになり、言語の源流を掴む手掛かりになる――ということだけ、ここでは押さえれば十分です。


 日本は確かに中国語からの影響が強いですが、それにしても「似ていない」と言われていて、ある研究者が「タミル語」(私の考えについては「タミル語」と表記します)に辿りついたのです。私もまだ調べている最中なのでそれほど詳しくはないのですが、例えば対応語も多いですし、最近短歌の人気が高まっていますが、その韻律と同じものが約2000年前のタミル語の歌集のなかにあるなど、似ているところがあるようなのです。


 ここまでのことを踏まえて、「インドの公用語の一つであり、スリランカでも話されている言語」に話を戻しますが、私はある小説で、スリランカに住むタミル人がタミル語で話している場面を読みました。スリランカの公用語はシンハラ語で、タミル語を話す人たちは少数です。それも雇わられる側で、あまり待遇は良くありません。


 小説の主人公の目を通して読んでいるので、フラットな感覚ではないかもしれませんが、このときタミル語を話す人たちの地位が低くく見られているのだと知り驚きました。それと同時に、以前研究者が出した「タミル語が日本語の源流だ」という結果に、「日本語は高級言語なので、低俗な言語と同じにするな」とケチをつけていた人がいたのですが、その理由も何となく分かった気がしたのです。

 つまり言語にも差別があって、「この言語は地位が高い」とか「高級言語だ」と言われ、片一方では「低俗な人間が話す言語」などと思われているということ。


 言葉にはそれを使ってきた人たちの歴史が詰まっています。その土地でしか起こらない現象は、その土地の言語にしかありません。しかし、言語の価値を知らない人たちにとっては、ただの人間のレベルを測る一つの手段としか捉えていないように思います。


 そしてマレーシア編で特に印象的だったのが下記の一文。


******

>周りのインド人たちは一様に黒いはだ。彼らの故郷はインド南部、話す言語はタミール語だ。嘗ては北部出身の膚白いインド人もいたそうだが、富裕な彼らはマレー連邦成立後次第に他の地に移り住んだ。残されたのはそれだけの財も伝手つてもなかった南部インド人たちだ。

>インド亜大陸から離れて二世紀を経ても、南北格差とカーストの呪縛は容易に解けないらしい。

******


 スリランカのことを含めインドの格差社会のことは何となく知っていましたが、マレーシアに住んでいても似たようなことがあるとは思ってもおらず、複雑な気持ちになりました。(言語の差別があるかまでは作中では語られなかったので、作者さんに聞けばよかったんですけど、そこまで聞いていいのか分からず、結局勇気が出なくてできなかったのが、ちょっと心残りです)


 日本にいると、英語の授業がありますが、英語の点数が悪くともあまり問題にはなりません(点数がいいに越したことはないでしょうけれど……)。それは日本語だけで社会が成り立っているからですよね。


 でも、マレーシアは違います。三つの民族が住んでいるので、どこか共通言語を持たなくてはいけない。ですから、いくつかの言語が話せるのが当たり前です。

 社会を作っているのは、もちろん文化も歴史も宗教もありますが、言語もとても大きいと思います。言語はコミュニケーションツール。つまり通じる言葉、使っている人口の数が多いほど強い。それが格差にもつながる。先程小説の話で出したスリランカでタミル語しか話せない人は、立場の弱い人になってしまうのです。


 全然作品の感想になってない……ですね。すみません。

 でも、私にとってはマレーシア編に出てきた「タミール語」には大きな意味がありました。そこから、さらに歴史、宗教、文化を知ることができるのは、興味深かったです。

 違うものがあるからこそ世界は豊かなのだと思いますが、違いがあるせいで争いが生まれるのは皮肉なものだと改めて感じる作品でした。

 旅の楽しさ、おいしそうな料理の文章に舌鼓を打つだけでも十分魅力的ですが、一歩奥に踏み込んで、その国にある背景に目を向けてみるのも良いと思います。


 今日は『世界の車窓から殺し屋日記3 マレーシア編』をご紹介しました。

 それでは次回、またお会いしましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る