10月 October

第50話 『スノージャスミン』 一宮けいさん

〇作品 『スノージャスミン』

 https://kakuyomu.jp/works/16816700426433840059

 

〇作者 一宮けいさん


【作品の状態】

 完結済。長編(12万字程度)です。


【作品を見つけた経緯】

 作者さんが元々、当紹介文を読んで下さっていた方ということもあり、いつか一宮さんの作品も読んでみたいなと思っていたところ、『スノージャスミン』と出合いました。


【ざっくりと内容説明】

 主人公は、中国・黒竜江省こくりょうこうしょう出身の範浩然ファン・ハオラン。両親が仕事を求めたのをきっかけに、幼かった浩然も兄と共に来日し、現在日本の大学に通っています。


 幼いころから日本で生活し、日本語が話せる浩然ハオラン。その一方で中国は話せません。聞いて理解は出来ますが、話せないのです。


 しかし、日本に住んでいたらそんな悩みは些末なこと。中国語で話す両親の話は分かるし、日本にいれば日本語で話せれば問題はありません。さらに彼には気のいい友達もいて、大学生活も順調!……のように思えたのですが、一歩社会に出てアルバイトをしてみようと思ったら、「中国人の名前」「在日中国人」というのがネックになっているようで、上手くいきません。


 そんな浩然ハオランに、大学で言語学の講義をしている和崎先生から、「中国語検定試験の試験監督補佐のアルバイトをしてみない?」という誘いを受けます。中々アルバイトが決まらなかったので、浩然ハオランにしてみればお金も稼げてラッキーだったわけですが、ここで出会った「酒村希」との出会いが、彼の大学生活を少しずつ変えていきます。


【感想】

 一宮さんが書いていらっしゃる作品のなかで、特に『スノージャスミン』を読もうと思ったのは、単純に私が好きな言語がキーワードになる作品だったからです。


【ざっくりと内容説明】で作品のあらすじ的なものは書きましたが、これは「中国語」と「日本語」がポイントになっていて、それと絡んでミステリー要素も含んでいるのがとても面白いです。ミステリーといっても、人が死ぬようなものではなく、日常に起こった不可思議なことを、浩然ハオランの鋭い観察眼で解いていく、という仕立てになっています。


 主人公の浩然ハオランは、日本語を自由に使うことが出来ますが、中国語は聞いて理解できても話せません。それを「*1ッシブバイリンガル」と言うそうです。また、二つの言語を話すことが出来ても、どちらにも不自由さのある「*2ブルリミテッドバイリンガル」の人もおり、これに該当する人も物語に登場します。


「二か国語が話せるけれど中途半端」な状態が、意外にもお話の中を大きく動かしていきます。謎解きの能力としては不足しているかもしれませんが、浩然ハオランを始め、登場人物たちの「出来ない」部分を補う人たちが周囲にいますし、浩然ハオランも他者の不足しているものを支えています。それにより、中国語にまつわる謎が解けていくのがこのお話であり特徴であり、魅力的なところだと思います。


 また、この作品にはいくつかの要素があります。

「謎解きの面白さ」「言葉の不自由さ」「日本以外の国とのゆかりがあるが故の難しさ」などです。それらが上手く練られていているからこそ、様々な角度から楽しめるのだと思います。


 そのなかで私が特に共感したのは、「言葉の不自由さ」でした。

『スノージャスミン』に登場する人たちは、在日中国人や中国との関りがある日本人。彼らは子どもから大人へと成長する過程で、日本語と中国語に触れる環境にいます。一見「羨ましい」と思いがちですが、二つの言語を操るからこその不自由さも感じているのです。


 それは日本にいて、日本語だけしか話さない人には関係なさそうにも見えるのですが、案外似たような不自由を感じている人もいるのではないかとも思うのです。


 私は日本人で、母語も日本語ですが、だからといって必ずしも自分の言っていることが真っ直ぐに伝わるとは限らないことを、経験を通して知っています。

 それは日本でも住んでいる文化や、育った環境によって受け取り方が違うからではないかと思います。また、言葉は多面的な面を持ち合わせているので、人によって微妙にニュアンスが違うと、一方では「良く」捉えられるのに、もう一方では「悪く」捉えられることもあるでしょう。


 日本語で話しているけど上手く伝わらない。

 上手く言えない。

 どういったらいいのか、どういう言葉を当てはめたらいいのか分からない。


 言葉に対してもどかしい気持ちを抱いたことがある方や、そういう経験をしたことがある方なら、浩然ハオランたちの「言葉の不自由さ」について共感できる内容なのではないかなと思います。


 また、「中国語」と「日本語」という言語の違いがあるということは、その奥には当然育って来た国の違い、文化の違い、考え方の違いなどもお話の中で絡んできます。よって、ご自身が外国文化に興味がある場合は、特に楽しむことができるのではないでしょうか。


 気になった方は、是非読んでみて下さい。


 今日は『スノージャスミン』をご紹介しました。

 それでは次回、またお会いしましょう。








【言葉の意味】

*1「パッシブバイリンガル」……二言のうち、一つは母国語として流暢に使いこなせ、もう一つは聞いて理解することはできるが、話すことのできない人のことを指す。(「バイリンガルは一つじゃない!【種類を程度別に解説】」を参照。URLは文末に添付)


*2「ダブルリミテッド」……二か国(以上)の話者であるが、その双方とも年齢相応に使いこなせない状態のこと。また、そのような人のこと。[既存の同義語セミリンガルについて否定的ニュアンスがあるとする立場から用いる言葉](『大辞林4.0』より)


【参考URL】

 バイリンガルは一つじゃない!【種類を程度別に解説】

 https://pinnapo.com/bilingual-types#toc7

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る