第46話 『モグラの穴』 柊圭介さん

〇作品 『モグラの穴』

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054907806023

 

〇作者 柊圭介さん


【作品の状態】

 完結済。4万5千字程度。


【セルフレイティング】

 性描写あり。


【作品を見つけた経緯】

『モンマルトルはお好き』を読んだあと、『モグラの穴』のキャッチコピー「14歳の帰国子女が見た日本という『祖国』」が気になって読んでみることにしました。


【ざっくりと内容説明】

 主人公は、日本の中学校に通うことになった紘一。

 フランスのパリで9年間生活していた彼は、父親の転勤で日本へ帰り、地方の中学校へ編入することになったのですがそこでは様々な問題が起きます。

 外国暮らしが長かったことに対するいじめや、「言葉の壁」問題、紘一が同性愛者であるが故の葛藤。中学二年生という多感な時期であるということがさらに拍車をかけ、それらの問題が大きくなっていきます。

 その一方で、紘一を支える存在も現れて……?

 心揺さぶられ、涙なしには読めない作品です。


【感想】

『モグラの穴』をつい先ほど読み終え、その流れで今この文章を書いています。

 鉄は熱いうちに打てと言いますから、今胸の内にある、この何とも言えない感情を書き記しておきたいと思って書き始めたのですが、どうも私はこの感情を持て余しているようです。


 感動したといえば感動しましたし、紘一の恋心には寄り添ってあげたくなるような、優しい気持ちにもなりました。

 しかしその一方で、紘一に酷いことをした人たちに対し、怒りと苛立ちが沸々と湧きあがって、どこかにこれをぶつけたい気持ちにも駆られています。彼が向かった将来のことを思うと、この過程がなければ辿り着かなかった未来なのでしょうけれど、「もしそうでなかったら」と思わずにはいられず、複雑です。


 一人称で語られるこの物語。

 よって、読者は主人公の紘一の目線で彼に起こる出来事を見ていきます。私は彼に共感する一方で、いくつもの困難から「守ってあげたい」という気持ちになって読んでいましたが、人によっては紘一に共感できなかったり、悲惨な出来事に心が痛んで最後まで読めない読者の方もいらっしゃるかもしれません。本当は色んな方に読んでいただきたいですが、読む人を選ぶ物語なのは否めないと思います。


 さて、ここで少し物語の内容について語りたいと思います。

【ざっくりと内容説明】でもご紹介しましたが、紘一はフランス帰りの日本人。いわゆる「帰国子女」です。「帰国子女」というと 海外の素敵なイメージを持っている方からすれば、憧れのようなものがあると思いますし、実際テレビなどで活躍している人たちが「帰国子女」ですと、大きく取り上げて「すごい」とか「出来る人」のように表現することがあります。


 しかし、ある種そういうイメージのせいで紘一は苦しめられることになります。特にフランスのパリで生活していた、なんて言えば、お洒落なところで生活していたんじゃないか、とか、人が羨むような生活をしてきたのかもしれない、という想像が膨らむことでしょう。しかし、フランスはそういうところではない、と紘一は心の中で呟きます。


 国籍も日本、両親も日本人の紘一ですが、人生のほとんどをフランスで過ごしているせいで、いくら日本人の血を引いていると言えども、日本の学校生活に慣れません。

 特に言葉の壁が問題になっていて、フランス語なら何不自由なく過ごせるのに、日本語を使わなくてはならないというだけで億劫になるだけでなく、分からない言葉は和仏辞典を使わなければなりません。

 日本語が母語で、英語を勉強したことがある方は分かると思いますが、他言語を理解しようとする者にとっては、「辞書で調べること」は当たり前のことです。

 しかし日本人の姿をしながら「フランス語」という馴染みのない言語を扱い、日本語は話せるけど書くのが苦手という紘一の一つひとつの行動が、クラスメイトにとって「異質」に見えてしまうのです。

 こうして紘一はいじめの標的にされ、次第にエスカレートしていくのです。


 彼にとって、この状況がさらに悪化したのは、両親にも担任の先生にも相談できなかったことでしょう。彼らに言うことも大きな勇気が必要でしたが、言ったとして現状が変わらないかもしれないことを、紘一は分かっていました。


 紘一が苦しんで痩せているのに、それに気づかない父親。

 フランス語を話すなと言う母親。

 辞書は破られ、内履きがなくなっているのに、クラスでいじめがあることに気づかない担任。


 彼に味方してくれる大人はいなかったのです。

 後に一人、紘一の友人になってくれた素敵な人がいるのですが、今度は彼の恋心が自分を追い詰めていきます。


 紘一は同性愛者です。物語の中で彼が恋する相手は、本当に素敵な人です。

 苦しい状況のなかで、彼とフランス語で会話することができ、心を許すことが出来る優しさを持った優しい人ですから、恋心を抱くのも当然だと思います。


 しかし、世間は「同性愛者」に対し寛容ではありません。私は「BL」という分野の作品を読んだことがあるので、彼らが抱く「好き」という気持ちに対しては応援してあげたい気持ちになります。そうはいってもそれはやはり物語のなかのことであって、それらに理解がない人たちに彼らがどう映るのかという本当のところについてはよく分かっていないかもしれませんが……。


 それでも、紘一の切なる恋心をギタギタに傷つけるような人(それは大人も子どもも関係なく)に対しては、堪らなく悲しくなってしまいます。


 紘一に起こる一つひとつの出来事は、きっと他人事ではありませんし、似たような経験をしている人たちも沢山いると思います。

 よって読みながら紘一の気持ちとシンクロする方もいると思いますし、「もし、紘一のような人がいたら……」と想像を膨らませて、彼の傍にいたらどんなことができるかを考えるのもいいと思います。

 テーマが重いので結構きつい内容かもしれませんが、読んだあと何かしら考えさせられる作品です。


 今日は『モグラの穴』をご紹介しました。

 それでは次回、またお会いしましょう。

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