第14話 盗掘者の行く先は

「どこまで行くんだろ……もうかなり線路から離れたよ」

「ああ、こいつぁ期待出来るかもな」


 私の呟きに、ニドはニィっと口角を上げた。


 盗掘者を追い、蒸気自動車ジープで起伏の多い灰野を駆けること数刻。すでに日は天頂を過ぎ、高度を落とし始めている。


 運搬車は大陸円環鉄道の線路から逸れ、丘越え谷越え、浮島のように繁る小樹林を越え、より内陸部に向かっていた。


 当然のことだが、西エウロパ大陸の街々は基本的に線路沿いに発展している。線路から離れれば樹都との往来が難しくなる――それは魔獣の闊歩する灰の大地においては、死も同然だ。物資はまだしも、樹士団もブランチも助けに来れない街は、いずれ魔獣の群れに喰われてしまう。


 逆に言えば、線路から離れるほど、人目は無くなるという事だ。悪事を働く者にとっては都合が良い。つまり、線路からどんどん離れていく運搬車は、ますますもって怪しい……そういう意味で、ニドは期待出来ると言ったのだろう。


「おや、どうやらもうすぐ目的地に着くようだよ」

「え、どこ?」


 運転するユウリイは、いつの間にか右目の片眼鏡モノクルを外していた。私は目を凝らし米粒のような運搬車を見るが、尾行がバレぬよう距離を取っているためあまりに遠く、その目指す先までは見えない。


「そいつぁからな、先が見えてんだろ。まあ焦んな、直に俺達にも見える」


 ニドの言う通り、数分も走った所でその目的地が見えてきた。


 奥の三方を崖に覆われた窪地にそびえるそれは、高い石塀に囲まれた閉鎖的な建物で、中を窺い知ることは出来そうにない。地形といいその壁といい、強固な秘密要塞そのものだ。


「……これ以上近付くとバレるかな」


 ユウリイはその窪地の遥か手前、こんもりとした灰丘の影に隠れるように車を停めた。ダッシュボードから2つ双眼鏡を取り出し、私とニドに渡す。


「どうぞ、僕は見えるから」

「ありがとう」


 車を降り、灰丘に伏せ身を潜めて双眼鏡を覗き込むと、要塞の門が開き運搬車が中へ入っていくのが見えた。門の中から、胸に緑十字、肩に小さく紫の葉の紋章が入った全身鎧を着た門番らしき者が出てきて、何やら運転手を詰問している――


「おい、ありゃあ――」

「――樹士団だね。それも紫葉隊しようたいだ」

「そんな……! 樹士団が……!?」


 ニドとユウリイは冷静に観察しているが、私は驚きを隠せなかった。樹教国を守るはずの樹士団がルクレイシアと手を結んでるなんて、信じられない……一体どうなってるの……!?


 私が驚いている間に、門の中からはさらに別の男が出てきた。鎧に、同じ緑十字と紫葉の紋章……間違いない、あの男も樹士団だ。その男は偉そうに門番を叱りつけているように見える。


「また樹士団……この施設が樹士団のものであることは間違いないようだね。いや、紫葉隊のものか」

「ねえ、紫葉隊って……」

「樹士団は、世界樹の七色の葉――赤葉、橙葉、黄葉、緑葉、青葉、藍葉、紫葉を冠した七つの隊で構成されている。紫葉隊はその中でも特別、独立した部隊でね。ガヴリル王子を隊長とする王貴族護衛部隊……実質の所、ガヴリルの私兵みたいなものだ」


 ガヴリル王子……幼少の頃に兄王子を亡くした、この国ただ一人の王位継承者だ。ダークブロンドの長髪で体格も良く、剣の腕も一流なんだっけ。


「……ニド。灰人化に必要な≪粉≫の生成には――」

「ああ。使。金に困らねえ紫葉隊がわざわざ闇ルートで赤炭を仕入れるたあ、完全にクロだぜ」


 念のため確認するように問うユウリイの言葉に、ニドは双眼鏡を覗いたまま頷いた。それってつまり……あの施設で、人を灰人にする粉が作られているってこと……!?


「最悪のシナリオだ。ルクレイシアの秘術≪灰人≫と紫葉隊が繋がっているということは――」

「――ガヴリルが聖女排除のため、帝国の魔女と手を組んだ。そんな所か……ったく、馬鹿が……」


 私は2人の会話についていけず、思わず聞いた。


「えっ、なんで王子様が聖女様を排除するの!?」

「聖女が樹士団やブランチを率いて民を守る一方で、王は税を取り内政に勤しむ。地味な役割さ……どうしても民心は聖女に傾く。一部には現ゴードン王を≪ハリボテの王冠≫と呼ぶ者すらいる」


 ユウリイは言葉の端々に悔しさを滲ませる。王が蔑まれることが許せないようだ。


「ガヴリル王子はそれが気に入らない。日頃から『ハリボテの王冠は要らない』と豪語している。……邪魔なんだよ、力と民心を一手に握る聖女の存在が。おそらくルクレイシアにそそのかされたんだろう。『灰人を使えば真の王冠が手に入る』……とでもね」


 ユウリイは一転して軽蔑の目を浮かべ、ニドはそれに共感するように舌打ちをした。


「ちっ……敵に与えられる王冠なんざ、よっぽどハリボテじゃねえか」

「本人は利用してるつもりだろう……が、ガヴリルがルクレイシアより上手うわてだとは思えないね」

「違いねえ」


 なるほど……ユウリイとニドが、ガヴリル王子を評価していないことは良くわかった。でもガヴリル王子は本当に『ルクレイシアと手を組んで聖女様を排除しよう』なんて考えているんだろうか? そんなことするなんて、私は信じたくないけど……。


 その時だ。偉そうな男に叱られた門番が、兜を脱ぎ頭を下げた。何やら謝っているようだ。その門番の横顔を見て私は驚き、息を飲む――


「……! ダニー……!?」


 間違いない。ウエーブがかったショートの茶髪、長年一緒に育った兄弟の顔を見間違えるはずもない。何度目を凝らして双眼鏡を覗いても、紛れもなくそれはダニーだった。何でダニーがここに!?


「何だ、知ってるヤツか」

「……うん。でも……」


 ダニーが盗掘や聖女様の排除に加担するはず無い。きっと知らずに利用されてるんだ……!


 私が戸惑っている内に、ダニーは中から出てきた別の蒸気自動車に乗り込み、施設を出ていった。方角的には樹都の方向だ……樹都に戻るのかも知れない。


 うろたえる私の様子を気遣ってか、ユウリイが切り出す。


「……今日の偵察はここまでにしようか。場所は確認できたし、相手が紫葉隊じゃ、無策で乗り込んでもこっちが悪者になるだけだ……裏を取る必要がある」


 ニドは双眼鏡を覗くのを止め、応える。


「……で、どうする」

「僕は聖女に話をするよ。樹士団のことだからね。彼女が何も知らないとは思えない」


 簡単そうに言うユウリイに、私は驚く。


「そんな……何か伝手でもあるの? 聖女様は多忙で、謁見すらできないはず――」

「手段は色々あるものさ。とにかく、それは問題ない。次にアーシャ、君はあの門番に接触し、内情を聞き出してくれないか」

「うん……やってみる」


 言われずとも、ダニーには会って話を聞きたいと思っていた。何とかして会わなくちゃ……!


 私が力強く頷くと、ユウリイは真剣に頷き返す。一方ニドは、灰丘の上に堂々と立ち、要塞を眺めて言った。


「俺は偵察しとくぜ。あの崖に上れば中が見えるかもしれねえ」

特攻しないでくれよ、ニド」

「さあな……待てる保証はねえ。俺ぁ悪者になろうが知ったこっちゃねえんだ……精々早く戻って来いや」

「やれやれ……」


 早く攻め込みたくてウズウズしているのか、ニドはニィっと口角を上げ、ユウリイは呆れたように首を軽く横に振った。


「それじゃあ、僕達は樹都へ戻ろう」

「うん。……ニドはこんなとこで一人残って大丈夫なの?」


 今日はたまたま魔獣に会うことは無かったが、灰野で野宿となれば魔獣の襲撃は避けられない。まして紫葉隊の偵察をするとなれば、見つかる危険もある。


 が、そんな私の心配をよそに、ニドもユウリイも笑う。


「くはっ、誰を心配してんだてめえは。さっさと行け」

「この男は殺しても死なないよ、恨み晴らすまで。何なら、飲まず食わずでも怒りを糧に生きる男だ。さあ、行こう」


……


 こうして私とユウリイは、蒸気自動車で灰野を駆け樹都へと戻った。樹都に着く頃には日はすっかり沈み、いつものように街の上空を覆う世界樹の葉が星のように瞬いている。宿り木の前で降ろしてもらいユウリイにお休みを言うと、ユウリイは何が可笑しいのか、ふふと笑いこぼし、オレンジの街灯に照らされた石畳の夜道を車で走り去っていった。


 2階の部屋に上がると、もう着替えるのも面倒で、そのままベッドにパタンと寝そべる。


 明日、朝イチで樹士団の基地に向かおう。ダニーはあそこで何をしているのか……話を聞かなくちゃ。ダニーのことは信じてる。でも――……


 胸にざわつく嫌な予感を押さえつけるように、私は顔を枕に埋め、ぎゅっと目を閉じた……。

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