第10話 吟雨詩人と太陽の踊子

「ボクは捜してるんだ――≪太陽の踊子≫を」


 大きなつばの帽子を被った詩人がそう言った。つばを右手でクイと上げ、天頂にギラギラと輝く太陽を愛おしそうに見上げながら。


 ここは太陽に愛された街――≪サンテラス≫。樹都ユグリアから東回りの大陸円環鉄道に乗ること幾昼夜、西エウロパ大陸の南東に位置する≪カラン大砂漠≫に囲まれた街だ。


 黄金色の砂にまみれた石造りの建物が建ち並び、通りという通りには露店や大道芸人が所狭しと場所を取って街を賑やかしている。


 この辺りは、珍しいことに灰が積もっていない。1000年前からすでに砂漠で、紅蓮の魔女に燃やされる物が無かったからだ。そのためか、灰海からいずる魔獣はサンテラスに現れることがない。


 魔獣の脅威が無い代わりに自然環境は厳しく、常に水不足で貧しい街だったが、によりその問題は解決され、近年は樹都にも勝る歓楽街として急激に栄えてきている(……と、車中で読んだ枝の巻に書かれていた)。


 そんなサンテラスに、私は2つ目の依頼を受けにやって来た。その依頼人が、今目の前にいる男――≪吟雨詩人≫レイニー=バードだ。依頼内容は人探し、報酬は自作の詩だという。


 単純な知名度では≪英雄≫トルネードに並ぶほど有名な異能者のレイニー=バードに興味があり、私はこの依頼を選んだ。彼は自分の異能について、どう思っているんだろう……。


 そんな訳で、石造りのカフェのテラス席でナッツミルクを飲みながら依頼内容を確認したところ言われたのが、冒頭の台詞だ。


「……太陽の踊子?」


 グラスに差したストローからぽんと口を離し、レイニー=バードに問う。


「そう、太陽の踊子さ。ギラギラと照りつける太陽の下、ボクのうたで踊る素敵なレディ……思い浮かべるだけで最高じゃないか、そうだろ? ずっと……ずっと夢なんだよ、それが」


 そう言うレイニー=バードの顔は、とても寂しそうだった。普通の吟遊詩人なら、それは簡単に叶う夢かもしれない。でも、彼にとって、それは……。


「……ああ! ボクはこんなにも太陽を愛しているのに! この気持ち、歌わずにはいられない」


 レイニー=バードはガタンと立ち上がり、テーブルに立て掛けていた大きなリュートをひっつかむ。


「あっ! ちょっと待ってってばッ!」


 その制止は聞き届けられることなく。私は急いでカフェ店内に駆け込み、窓から彼の様子を見守った。


 リュートをジャンジャン掻き鳴らし、

 レイニー=バードが歌い出す――


◆――――……

 君を歌えば 歌うほど

 離れ離れて 隠れゆく

 空には灰雲 立ち込めて

 溢れる雨は が涙

      ……――――◆



 それは、悲しい詩だった。

 

 レイニー=バードの歌声が天に響くと、あっという間に灰雲が立ち込め、まるでバケツをひっくり返したような豪雨が街中に降り出す。


 これが、レイニー=バードの異能――≪吟雨詩人≫……!


 ざんざんと降る雨音で、じきにレイニー=バードの歌声は聞こえなくなった。その身幅より大きなつばの帽子の下、濡れるはずの無い頬に雫が伝うのが見える……全てをかき消す土砂降りの中、彼はリュートと共に鳴き、泣き、哭いていた。


 一方、店内の客達は沸き立つ。


「おお、我らがレイニー=バード!」

「恵みの雨だ!」

「世にも名だたる≪吟雨詩人≫! サンテラスの救世主よ!」


 ……太陽に愛され過ぎたこの街に起きた≪ある変化≫とは、レイニー=バードの出現だった。彼の力によりサンテラスは水不足から解放され、魔獣の脅威も自然の脅威もない、この灰の世の楽園オアシスとなったのだ。


 だから人々は彼に感謝し、崇め、沸き立つ。


 しかし彼等の耳にレイニー=バードの歌声は聞こえない。ざんざん降りの雨音にかき消されたその詩は、屋根の下で囃す者達に届くはずもない。


 つまり人々は、レイニー=バードの魂の叫びに心寄せることなく、ただ彼の≪異能≫に沸き立っている――……


 ――そのことに気付いてしまった私の足は、もう立ち止まってはいられなかった。ざんざん降りの雨の中カフェを飛び出し、リュートを掻き鳴らすレイニー=バードの正面に立つ。


「聞いて、レイニー=バード! ≪太陽の踊子≫――私がきっと見つけてあげるからッ!」


 雨に負けぬ私の叫びにレイニー=バードはリュートを弾く手を止めると、顔を隠していた大きなつばを右手でクイと上げた。その顔は、枯れるほどに泣き尽くし、藁にもすがるような弱りきった顔だった。


「……本当かい?」

「うんッ!」


 全身ずぶ濡れになりながら強く頷く私の言葉に、レイニー=バードは少し口元を緩めた。


 気付けばいつの間にか雨は上がり、空を覆う灰雲も段々と晴れていく。雲間から顔を出した太陽の光が街中を濡らす水滴にキラキラと反射し、レイニー=バードを柔らかに照らしていた――



……



「……つまり、太陽に愛されたこの街になら、あなたとは反対の異能――晴らす力を持つ異能者がいるはずだと。それを探してるってことね」

「そう、そのとおりさ」


 ギラギラと照りつける太陽の下あっという間に乾いていくカフェテラスで、濡れた灰髪をタオルで拭きながら依頼対象を確認する。レイニー=バードがあまりに可哀想で、勢いにまかせて見つけるって言ったはいいものの、そんな都合のいい異能者がいるものだろうか……?


 もし私が本物の紅蓮の魔女ならば、天を焼き払う炎で雨雲を晴らせるかもしれないが……そこまでの力はない。


「……そもそも君は、異能が何だか知っているかい」


 その言葉に私はどきっとした。……知りたい。この力が何なのか。ごくりと喉を鳴らす私を見て、レイニー=バードは語りだす。


「結論から言えば、確たる正解はまだわかっていてない。ある生物学者によれば進化の過程における突然変異だと言われているし、ある神学者によれば秩序と混沌の相克だと言われている。そして、ある≪英雄≫によれば、それは魂の輝きだと」


 生物学者や神学者は知らないが、この国で≪英雄≫と言えばトルネードしかいない。トルネードは私に異能の使い方を教えてくれたが、その知識を教えてはくれなかった。何か知っていて、あえて黙っていた……?


「でも、そいつらは皆異能者じゃない。他人事だからそんな風に言える……ボクに言わせれば、こいつは≪呪い≫さ。それ自体が意志を持つ、星が与えし運命さだめ……」


 私はその言葉が理解出来ないこともなかった。≪呪い≫――訳も分からず身の内に芽生えた特異な力に苦悩しているという意味で、レイニー=バードはもちろん、私にとっても……。確かに私も、炎自身が燃やしたい意志を持っているように感じる。


「異能は星の理、自然の摂理に干渉する力だ。≪紅蓮の魔女≫の炎、≪深緑の聖女≫の樹、ボクの雨……だから、太陽の力を使える異能者も、きっといると思うんだ」


 うーん、話が急に飛躍したな……とも思ったが、信じたいことを信じられるのは悪いことではないのかもしれない。そのお陰で、≪呪い≫に負けず歌い続けられるのなら。


「……うん。きっと、そうだね。よし! じゃあ私探してくる!」

「ああ! 頼んだよ!」


 そう言って私はグラスを飲み干し、笑顔で手を振りレイニー=バードと別れた――


……


「さあて、とりあえず聞き込みからかな」


 結局、レイニー=バードの話からは何の手がかりも無かったので、手当たり次第に聞き込みをして回ることにした。


……

「さあ、知らないねえ。この街は人の出入りが激しいから、人探しは難しいと思うよ」

……

「ヤツの雨を止めるなんてムリムリ! こないだ酒場で歌ってたけど、まさかの天井に雨雲が出来てさ、室内なのに土砂降りが起きたんだよ! 信じられないだろ!? ホント、スゲーんだから」

……

「雨を晴らす異能? そんなんいてたまるか! 商売のジャマだ、冷やかしなら帰んな!」

……

「彼の詩で踊りたい娘っているのかしら。うるさい雨が降るから聴こえないし。あ、それよりアンタ、こんなとこ女一人で歩くのはやめな。夜雨に紛れて人さらいが出るって噂だ。この街も物騒になったもんさ」

……


 街行く人、屋台で昼間から飲む客、通り沿いの露店商、裏通りで客引きする踊子などなど……半日聞いて回っても全く手懸りなし。うーん、これは困った……考えてみれば、レイニー=バード自身この街に来て何年も経つ。その間探し続けているに違いない相手だ、そう簡単に見つかるはずもない。


 ――ぐうぅ~……


 日の傾いた砂の街に腹の音が鳴る……と、とりあえず腹ごしらえしようっと。


 サンテラスのトランクにも宿と酒場食堂が併設されており、私はそこで夕食を取ることにした。店の名前は≪食い倒れの幹パンクトランク≫……何だかどっかで聞いたことのあるような名前だ。兄弟店みたいなものだろうか。


 窓からオレンジの灯りが漏れるその石造りの建物からは、賑やかな声が聞こえる。繁盛してるみたいだし、味も期待できるかな。


 大きな木の扉を開け中に入ると、所狭しと並ぶテーブルに人、人、人……流行ってるなあ! 入り口で面食らっていると、うさ耳を着けた給仕のお姉さんが声をかける。さすが国一番の歓楽街、あざと可愛い。


「いらっしゃいませー! 只今満席でして……相席ならご案内できますが、いかがですか?」


 そう言ってうさ耳給仕さんが示したのは、壁際の2人掛け席だった。そこに座る先客は、私の身の丈程もある巨大な両手剣を壁に立て掛け、人混みの中でも威圧感を放つ大柄な黒尽くめの剣士……あ! 前に大陸円環鉄道で相席した人だ! まーたあの人の席空いてるのね、もうちょっと威圧感抑えたらいいのに。私は気にしないけど。


「いいですよ」

「ありがとうございます、1名様相席ごあんなーい!」


 うさ耳給仕さんの後についてぎゅうぎゅうの客席の間を何とか通り、席に着く。


「メニューはあちらの黒板にありますので、ご注文お決まりになりましたらお呼びください」

「あ、今日のお奨めとかってあります?」

「でしたら砂ブタの香草焼きはいかがでしょう?」

「じゃあそれでお願いします」

「かしこまりました! オーダー、砂ブタ一丁!」

「あいよ」


 給仕さんがカウンター奥の厨房に元気よくオーダーを伝えると、中から筋肉質なシェフが顔を出した。樹都の酔いどれの幹ドランクトランクの主人にそっくり! 兄弟店っていうか、ホントに兄弟だったりして。


 正面に座る黒尽くめの剣士はこちらを気にも止めず、私の顔ぐらいありそうな巨大ステーキにかぶりついている。一応この人にも聞き込みしとこーかな。軽ーく挨拶から……


「お久しぶりです、前に大陸円環鉄道でご一緒したアーシャです。偶然ですね!」


 剣士はちらりと私を見るとすぐに視線をステーキに戻し、食べながら低い声で返す。


「……前置きはいらん、用件は何だ」


 うわー愛想のないヤツ! でも話は聞いてくれそう、そっちがそのつもりなら遠慮なく……


「じゃあ単刀直入に。レイニー=バードの依頼で、雨を晴らす異能者――≪太陽の踊子≫を探してるの。何か知らない?」

「レイニー=バードだと?」


 レイニー=バードの名を出した途端、剣士はステーキを食べる手をピタと止め、私を見る。何か思い当たる節があるのか、考えを巡らせているような目だ。


「そう、あの≪吟雨詩人≫レイニー=バード。太陽の下で踊子の踊りと一緒に歌うのが夢なんだって。だから彼の歌うと雨が降る異能を打ち消すような異能者を探してるの。何か知ってる?」

「知らんな、そんな異能者は。だが……もしそんなのがこの街にいりゃあ、殺されるだろうな」

「え……?」


 剣士は何でもないことのようにさらりと恐ろしいことを口にし、再びステーキを食べ始めた。思っても見ないその返しに、私は言葉を失う。


「ヤツの降らす雨が止めばこの街がどうなるかぐらいわかるだろう……レイニー=バードはただ歌いたいだけかも知らんが、その異能を利用する奴等が影で蠢いてやがる。精々お前も殺されないよう気を付けるんだな」

「何それ、ちょっと待って――」

「――砂ブタの香草焼き、お待たせしました!」


 食べ終わり立ち上がろうとする剣士を制止したが、ちょうど私の料理が来てしまい、その間に剣士は立ち去ってしまった。


 私が殺される――? そればっかり考えながら食べたので、砂ブタの香草焼きの味は全く覚えていない。たぶん、砂を食べててもわからなかったかも……それぐらい私は頭の中がグルグルしていた。

 

 食い倒れの幹パンクトランクを出ると、すっかり日は落ちていた。この街の≪宿り木≫に向かう途中、急に雨が降りだす――きっと何処かで、レイニー=バードが月夜に歌っているんだろう。


 私は帰りの足を早めながら考えを巡らせる。この雨が降らなくなったら……サンテラスは再び水不足に陥るだろう。雨を止める異能者を探す私は、邪魔者に違いない。今日さんざん聞き込みして回ったから、もしかして誰かに目をつけられているかも――?


 そこに思い至った時には、もう遅かった。


 ――ゴッ!


「――ッ!?」

 

 音も視界も全てをかき消す夜雨の中、後頭部に鈍い衝撃が響き、濡れた地面に水飛沫をあげて倒れ込む。突然の激しい痛みに、私は何が起きたか知る間もなく気絶した――

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