第7話 樹都ユグリア

「――アーシャ、起きろ! 着いたぞ!」

「……ぇえ?」


 ダニーに揺さぶられ、眠い目を擦りながら起きると、機関車は駅で停車していた。着いたってまさか――


「――樹都!?」

「そうだよ、早く降りるぞ! つーかもう昼だぞ、よくそんなに寝れるなあ」


 見るとコンパートメントには既に剣士と優男の姿は無く、窓の外のホームでは大荷物を持った乗降客がごった返している。ダニーは荷物を詰めた大きな鞄を背負い、降り支度を済ませていた。


「ご、ゴメンッ! 降りよっ!」


 私も慌てて鞄を背負い、ダニーとともにホームに降り立つ。立派な赤レンガ造りの駅舎はざわざわと人が行き交い、まるで年一回の大きなお祭りでもあるみたいに賑やかだ。


「すっごい人……都に来たって感じするね!」

「何言ってんだ、まだ駅ん中だぞ。早く出ようぜ、突っ立ってると邪魔になるし」


 ぎゅうぎゅうの人混みを縫って改札を抜け、駅舎を出ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。


 駅から真っ直ぐに延びた石畳の通りには蒸気自動車が白い煙を上げて行き交い、その先にまるで天を支える御柱の如くそびえ立つ巨大な幹が見える――≪世界樹≫だ。


 その幹は何百人と手を繋いでも周りきれないほど太く、その枝葉は上空で横に広がり、街の空を覆い尽くしている。見上げれば雲のあるべき高さには七色の葉が暖かな光を放ち、木漏れ日のように柔らかく街を照らしていた。


 時々パラパラと七色の葉が舞い落ち、少しずつ街に降り積もっていく。樹都を行く人々はそれが当然とばかりに、葉を払うこともなく通り沿いに建ち並ぶ石造りの店々を回り歩いていた。


「うっわあ……! トルネードから聞いてはいたけど……これが、樹都ユグリア……!」


 街の外に広がる灰野とは対照的な、まるで世界中の色が集まったかのような色彩と活気に、私は思わず声を上げて感嘆する。


「世界樹に抱かれた街……本当にその通りだな。お、案内板がある。見てみよーぜ」


 駅出口の正面には樹都の案内図があり、同じ様な上京者がこぞってそれを見ていた。私とダニーも首を伸ばし、何とか互いの目的地を探す。


 案内図によれば、この街は世界樹を中心に円形に広がっており、今いる駅はその南端に位置しているらしい。中心部には王城や教会があり、そこから放射線状に延びる通り沿いに商店街や住宅街、外縁部に農工地区が立地しているようだ。


「えーっと……≪トランク≫はどこ……?」

「見つけた、トランクはメイン通り沿い、このまま真っ直ぐ行けばいいみたいだ。俺の目的地、樹士団の基地は……東側か」

「そっか……じゃあ、ここでお別れだね」

「……ああ」


 案内板から目を離し、私より頭一つ高いダニーの顔を見上げると、ダニーも私の顔を見つめ返す。物心着く前からひとつ屋根の下で暮らし、ずっと一緒に育ってきたダニー。孤児院を出ても寂しくなかったのは、ダニーと一緒にここまで来たからだ。ママを焼いてしまったあの日からここまで来れたのも、ダニーが一緒に歩んで来てくれたからだ……。


「ダニー……ありがと」

「何だよ急に」

「ううん……何でも。ね、またすぐ会えるよね? 同じ街にいるんだし」

「ああ。樹士団は寮制で見習いのうちは街に出られないらしいけど……すぐ正式な樹士になってみせる。そしたらまた飲もうぜ!」

「私もそれまでに一人前の≪ブランチ≫になるね! お互い、頑張ろっ!」

「おお!」


 再会を誓い固く握手する。手を放すとダニーはくるりと背を向け、右手を挙げて「じゃあなっ!」と言ったきり振り向かずに歩いていった。――すごいな、ダニーは。まるで迷いが無かった。真っ直ぐ私を見つめ、そして今は真っ直ぐ≪誓い≫を果たしに向かっている。私も行こう。いざ、≪トランク≫へ――!


……


「……あった、きっとこれだ」


 メイン通りを中程まで進んだ所で、世界樹と剣が描かれた看板を掲げた大きな2階建ての建物を見つけ、私は足を止めた。中からはざわざわと話し声が聞こえる。よーし、入るぞ!


 槍を立てたままでも入れそうな背の高い木製の扉を開けると、中は集会所のようだった。斧を担いだ厳ついオジサンや全身鎧で身を包んだ重戦士、見るからに熟練の老剣士に、大きくスリットの入った黒のロングドレスを着た妖艶な槍使いのお姉サマ……老若男女、様々な人が壁の掲示を見たり、卓につき数人組で話し込んだり、思い思いに過ごしている。


 部屋の奥にはカウンターがあり、受付らしき女性が数人座っていた。私がカウンターに近付くと、そのうちの1人――栗色の髪をアップにまとめた眼鏡のお姉さんが、私に気付き優しい笑顔で話しかける。


「初めての方ですね、ご用件は依頼の発注でしょうか」

「いえ、≪世界樹の枝ブランチ≫の登録をお願いしたくて来たんです」

ブランチ登録ですね。では少々お時間いただきますので、そちらにお掛け下さい」


 受付のお姉さんは穏やかな物言いで、カウンター前の椅子へ座るよう促した。私は背負っていた鞄を足元に置き、背もたれのない丸椅子を引いて座る。お姉さんはガサゴソとカウンター下から書類を取り出し、私の前に並べた。


「それでは登録手続きに当たり、いくつか説明事項がありますのでお話しさせていただきます。ご存知の事も多いかと存じますがご容赦下さいませ。改めましてわたくしティエラと申します、よろしくお願いいたします」

「私はアーシャです、こちらこそよろしくお願いします!」


 うわあ、大人のお姉さんにこんなに丁寧に話しかけられるなんて初めてだから、ちょっと緊張する! ティエラさんの真摯な対応に、こっちも余計きちんとしなきゃって気持ちになる。


「まず≪ブランチ≫の心得として、我々の成り立ちからご説明させてください。≪ブランチ≫及びそれをまとめる互助組織≪トランク≫とは、初代深緑の聖女様が立ち上げた植樹ボランティアに端を発します」

「へえー……」

「紅蓮の魔女の炎により荒廃した世界を復興するため、かつて聖女様は世界中に植樹なさいました。それを補助したのが互助組織≪トランク≫であり、参加した人々は≪ブランチ≫と呼ばれました」


 私はティエラさんの顔と目の前の資料とを交互に見ながら説明に聞き入る。ブランチの歴史、初めて聞いた……元々は魔獣退治がメインじゃなかったんだ。


「やがて植樹が進むにつれ、復興に求められるものが変わってきました。生命を脅かす魔獣の討伐や、炎の百日により失われた歴史を取り戻す為の遺跡発掘などです。そこで我々≪トランク≫はこれらの依頼を取り纏め、皆さん≪ブランチ≫は人々を襲う苦難を打ち払う≪世界樹の枝≫として活動するよう変わってきたのです」


 そこでティエラさんは一呼吸置き、言葉を強めて続きを話す。


「我々の理念は、世界の復興と人々の幸福です。決して魔獣を倒すことだけが目的ではありません。これをよくご認識いただきますようお願いします」


 なるほど、それを伝えたくて成り立ちから教えてくれたんだ。世間の認識ではブランチは魔獣退治を生業とする何でも屋、悪く言えば荒っぽくて柄の悪い、腕っ節で一稼ぎしようって人が多いイメージだ。登録者には、そうではないと、まず理念から教えることにしてるのね。


 実際、どこまでそれが浸透しているかは怪しいけど……ティエラさんの目は真剣そのものだ。私はちゃんと受け止めたい。


「ええ、わかりました!」

「ありがとうございます。続いて依頼の流れをご説明します。依頼は個人、団体、時には国からも持ち込まれ、国中の各地域に設けられた≪トランク≫でこれを受付けています。受け付けた依頼は聖女様の奇跡≪通信樹≫によって全トランクで共有され、それぞれの掲示板に貼り出されます」


 ティエラさんは壁の掲示板を指し示した。なるほど、ブランチがこぞって掲示板を見てるのは、依頼を探してるのね。


「なお、この依頼とブランチの適正なマッチングを図るため、階級制度を設けさせていただいております」


 そう言いながらティエラさんが差し出した紙には、階級表が書かれている。


……


ブランチの階級表


白金等級(枠に収まらぬ者)

 金等級(特に優秀で数々の功績を収めた者)

 銀等級(優秀で下位等級の範となる者)

 銅等級(一般的な依頼がこなせる者)

 鉄等級(修練の中途にある者)


……


「初めは皆"鉄等級"として活動していただき、依頼の達成具合を見て適宜等級を設定させていただきます。依頼の難度によっては、銅等級以上のブランチのみ受け付けるなど制限を設けています。これは、依頼者の利益とブランチの安全のための処置ですのでご了承ください」


 確かトルネードは一番上の白金等級プラチナだったはずだ……あらためて階級ごとの説明を見ると……規格外ってことね。さすがトルネードだ。


「概要は以上です。詳細はこちらの≪えだまき≫にありますのでご参照下さい。枝の巻は制度概要のほか、代々のブランチの知識――魔獣や動植物、各地域の情報など、皆さんからの依頼報告をもとに纏めたものも記載しています。アーシャさんもご活用いただき、また情報提供にご協力下さい」

「はいっ!」


 それは大きめの手帳で、中は辞典のように文字がびっしり書かれている。依頼達成に役立ちそうだ、なるべく見るようにしようっと。


「それでは登録手続きに移ります。まずはこちらに必要事項をお書き下さい」


 差し出されたのは一枚の紙と羽根ペンだった。私はスラスラと空欄を埋めていく――


……


ブランチ登録申請書


氏名 アナスタシア・ストラグル

性別 女

年齢 17歳

住所 未定

所属 なし

配置 前衛、中衛

武器 短刀二刀流、投げナイフ

etc...


……


 よーし、こんなとこかな。炎の力のことは書くと面倒になりそうだから、とりあえず伏せておこう。


「書けました! お願いします」

「確認いたしますね……おや、まだ住む所がお決まりでないのですか?」

「はい、今日初めて樹都に来て、真っ直ぐこちらに来たので……」

「それでは当面の間は、トランク併設の宿泊施設≪宿り木≫をご利用下さい。宿り木はブランチの為の宿ですので」


 そう言いながらティエラさんは奥の扉を指し示す。あそこの奥が宿になってるんだ。助かったー、この広い樹都でどうやって宿を探そうかと思ってたんだよね。


「ありがとうございます! じゃあとりあえずそこに泊まりながら家を探しますね!」

「ええ。それでは申請書をもとに認識票を作成致しますので、また明日取りにお越しください。認識票の交付をもってブランチ登録は完了になります。長くなりましたが本日の手続きは以上です、お疲れ様でした」

「ありがとうございました!」


 私は立ち上がって深々とお辞儀し、ティエラさんに感謝の言葉を伝えた。とっても丁寧に教えてもらえて良かったー!


 足元に置いていた鞄を背負い、ティエラさんに教えてもらった≪宿り木≫の入り口へと向かう。早速一部屋借りる手続きをしよう。


……


 案内してもらった部屋は、2階にある簡素な一人部屋だった。机やクローゼット、ベッドなど必要な家具は一通り揃っており、不自由なく暮らせそうだ。


 長い汽車旅と慣れない街に少し疲れた私は、いつの間にかベッドで眠ってしまっていた。気付いた時にはすっかり夜になっており、私はふと窓の外を眺める。


 街の上空を覆う世界樹の葉は星のように瞬き、石畳の通りはオレンジの街灯に照らされている。昼はひっきりなしに行き交っていた蒸気自動車も眠りについたのか、とても静かだ。そこへ時々、柔らかに明滅する世界樹の葉がゆっくりと舞い落ちる――それは雪景色のような、でも暖かさを感じる、不思議な光景だった。


「綺麗な夜景……」


 今日からこの街を拠点に暮らすんだ……初めて一人部屋で寝る寂しさと、明日への期待と不安を胸に抱き、私は再びベッドに潜り込んだ――

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