第3話 宣告と覚悟

 翌朝――


 夢であれば……そう思いながら目を開ける。「おはよう皆、朝よ」――いつもの様にそう言ってママが入ってくるのではと、願わずにはいられなかった。


 ――しかし、昨日の出来事は夢ではなく。


 ママは、起きてこなかった。


 ……でも、トルネードは、ママは3ヶ月で包帯が外せると言った。トルネードは嘘をつかない。絶対、治るはずだ……!


 私は寝巻きから着替え、生まれて初めて自分で髪を編んだ。ママと同じ大きな一束の三つ編み……上手く編めなくて、不恰好になってしまった。


 ――ガチャリ


「アーシャ、話がある。来い」


 戸を開けて入ってきたのは、トルネードだった。気のせいか、少しやつれて見える。あまり眠れなかったのだろうか。ママの看病で、あるいは別の何かで……。


「うん」


 トルネードの後について、ママの寝室に入ると、先にダニーが丸椅子に腰掛けていた。


「おはよう、アーシャ」

「おはよ、ダニー」


 ダニーはいつになく優しい挨拶をした。いつもなら必ず一言私をからかうのに……。ダニーも落ち込んでいるんだろう。それか、私に気を遣っているのか。


 ママのベッドの脇机の上には空の瓶が増えており、ゴミ箱には古い包帯が捨てられていた。新しい包帯の丁寧な巻き方に、トルネードの愛情が感じられる。でも……治ると信じていても、包帯姿のママを見るのは辛かった。


「話ってなに? 昨日考えるって言ってた、これからのこと?」

「そうだ」


 トルネードがベッド脇の丸椅子に腰を下ろしたので、私もダニーの隣の丸椅子に座る。トルネードの表情は、いつもの余裕と優しさが消え、恐い顔をしていた。


「単刀直入に言おう。アーシャ、お前はこれから……≪紅蓮の魔女≫として生きていかなければいけない」

「え……?」

「昨日ダニーが言い淀み、俺が止めた言葉を覚えているか。あれはこう言うつもりだったんだ。アーシャ、魔獣や木々を焼き尽くすお前は、まるで≪紅蓮の魔女≫のようだと」

「……!」


 あれは、そういうことだったのか……! ……私が、世界を焼き尽くした魔女……一度は止めておきながら、何故今それを言うの? 私、私……!


 言葉を失い、引き攣った私の顔を見て、ダニーが叫ぶ。


「トルネード! 何で今それをアーシャに言うんだよ!」

「どうしたダニー。お前が言おうとしていたことだろう」

「そうだけど、でも……アーシャが傷付くじゃないかッ!」

「……アーシャは、普通の人間にはない炎の力でミーナを焼いた。それが紅蓮の魔女の仕業でなくて何という」

「ママの火傷は魔獣のせいにするんじゃなかったのかよ! それにわざとじゃないッ、オレ達を守ろうとしてやったんだ! そうだろ、アーシャ!」


 ダニーの言葉に、私は頷く。守りたいと願ったのは確かだ、でも――


「今回の件は隠す。だがもしまた同じ過ちを犯してしまったら……わざとじゃないとか、守ろうとしたとか、そんなものは関係ない。人を焼いた、それをもって人はお前を紅蓮の魔女と呼ぶ」

「そんなわけないじゃないかッ! アーシャは違う! 世界を焼くような恐ろしい魔女なんかじゃ――」

「――ダニー、お前は1000年前の魔女が何故世界を焼き尽くしたのか知っているのか? それはわざとだったのか?」

「……!」


 ……トルネードの言いたいことがわかってきた……それがわざとだったとしても、そうじゃなかったとしても、同じなんだ。それが悪くて、怖くて、許せないのは。


「アーシャ。炎の力のように、普通の人間にない力――≪異能≫を持つ者はお前だけではない。その最たる者が1000年前の≪紅蓮の魔女≫と初代≪深緑の聖女≫だ。どちらも強大な異能の持ち主だったが、前者は世界を焼き尽くし、後者は世界を復興した――」


 そこでトルネードは一呼吸置き、一層真剣な眼差しで私を見つめた。



「――いいか、アーシャ。常に想い、果たせ。その炎で何をくのか」



 力のこもったその言葉に、私はゴクリと息を飲む。


「……うん……でも、私、どうすれば……! ママを焼きたいわけじゃなかった! 炎が、勝手に……!」

「その答えは一つだ。力を我が物にするしかない」

「どうやって……?」


 トルネードは、ちらとママを見てから話す。


「ミーナが回復するまでの3ヶ月、俺がお前を鍛えてやる。俺自身炎の力が使える訳じゃないが、力をモノにするコツは教えてやれる。俺に出来るのはそこまでだ。その後は俺も別に為すべきことがある」

「ありがとう、トルネード……! 私、頑張る」

「加えて最低限の剣術も教えてやる。相当厳しい修練になるだろう、覚悟しておけ」

「うん……!」


 もう二度と、悲劇を起こさないために。


 どんな辛い修練だろうと、乗り越えてみせる……!


 そう強く決意した私の表情が、ダニーには思い詰めているように見えたのか、慌てて割り込む。


「で、でもさ、トルネード、アーシャ……! もう炎の力を使わないようにするっていう考えはないのかな……これ以上辛い目にあわなくても……。言いたくないけど、例え魔獣を倒すためだけに炎を使ったって、アーシャは紅蓮の魔女って呼ばれるよッ! 炎が出せるってだけで……! オレ、そんなの嫌だ……」


 ダニー……。ダニーは、本当に私のことを想って言ってくれているんだ。ありがとう……でもね――


「ダニー、トルネードは最初に言ったわ。私はもう、≪紅蓮の魔女≫として生きていかなきゃいけないって。誰が知らなくても、私自身はもう知ってしまった……私が炎の力を持つことを。……もしもよ、もしダニーがまた魔獣に襲われたら、私はまた炎の力を使って守ろうとする――。だから、使えるようになりたいの、炎の力が」

「アーシャ……」


 ダニーは、私を心配そうに見る一方で、自分の無力さを悔やむように拳を握った。私の言葉にトルネードが続く。


「いいかダニー、いま世界では魔獣は日に日に増えてきている。この世に灰のある限り、そこから無限に生まれ出る……もう魔獣に会うことは無いなどと思わないことだ。力はあるに越したことはない。ダニー、お前もだ」

「え……?」

「これから3ヶ月、お前にも俺の剣術を教える。お前も守りたいものがあるのなら、アーシャと共に自らを鍛えるんだ」

「う、うん……! オレ、やるよッ!」


 トルネードはパンと膝を叩き、立ち上がった。その顔は、いつもの優しく、強気で、カッコいい≪英雄≫トルネードに戻っていた。


「よし。そうと決まりゃあまずは朝飯だ。悪かったな、試すような言い方をして」


 ……! トルネードは、わざと厳しい言い方をしたんだ。昨日と全然違ったもんね……。多分、昨夜考えてくれたんだ。私にどう話すべきか。


 お陰でちゃんと向き合うことが出来た――ママを焼いてしまった過ちに。昨日のままでは、ずっと後ろを向いたままだったろう。


「いいの。ありがとう!」

「オレも。ありがとう、トルネード」


 3人の顔は、昨日より幾分か明るくなっていた。その時包帯の下で、ママが私達に微笑んでくれた気がした――


……


……


 それからの3ヶ月は、文字通り血の滲む日々だった。孤児院の世話は麓の村のベンおじさんの奥さんに任せ、私とダニー、トルネードは山奥の川沿いで修行に専念した。


 始めの1ヶ月、私は炎を出すことすら儘ならなかった。2か月目には何とか炎を出せるようになったものの、私の炎は何度も暴走した。その度にトルネードは私を手刀で気絶させ、川の水で起こす。おかげで私の体は酷い青アザだらけになった。幸い、濡れた体は炎ですぐに乾く。


 ――バシャアッ!


「起きろアーシャ、力をモノにするには、使って、使って、使いこむしかないんだッ! 何度でも俺が止めてやる、存分に力を解放しろ!」

「うん……ハア、ハア……もう一回ッ!」


 一方ダニーは、日が昇る前から沈んだ後も、ひたすらに剣に続けた。川の浅瀬に腰まで浸かり、回転しながら両手で握った剣を横に凪ぐ。

 2か月目に入ってからも、投擲や二刀流の技術を学びながら、内容はひたすらに川中で≪旋回≫することだった。足も手も擦れに擦れ、皮膚は何度もめくれあがり、ダニーはいつも血だらけの包帯を巻いていた。


 ――ザバッ! ザバァッ!


 旋回の度に水がダニーの体にまとわりつく。


「ダニー、人間の筋力など魔獣の前では赤子に等しい。剣を腕だけで振るうんじゃない、ことわりを利用するんだ。大地の反発、腰の捻転、腕の振り、全ての動きが生む速度と重さを剣先に乗せる≪旋回≫を、体に叩き込めッ!」

「おう! ハアッ! でやッ!」


……


 3か月目。ほぼ暴走することなく炎を出せるようになった私は、いよいよ炎を操る修行に入った。炎の出力や動きを意のままに操り、その使を考えていく。同時にダニーが受けていた剣とナイフ投げの訓練も始まり、私の手の平も血豆だらけになっていった。


「動きをパターン化しろ! 型、技として名付けることで整理するんだ。確かなイメージを抱くことで精度が上がっていく。炎の動きが想像しにくければ、ナイフに纏わせて投げてみてもいい。実体があるとイメージしやすいからな」

「うん、私これなら出来る……!」


 途中、トルネードは一週間だけ孤児院を空けたが、それ以外は付きっきりで私達を鍛え上げた。日々国中を飛び回る英雄が3ヶ月も一所に居て教えてくれることがどんなに貴重なことかは、子供の私でもわかる。私はトルネードの教えに、必死に食らいついていく――


……


 こうして懸命に修行を続けるうち、あっという間に3ヶ月が過ぎた。そしていよいよ、皆が切に待ち望んだ、ママの包帯が外せる日がやってきた――

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