第2話 分身を出せる能力
あいつは僕だった。
25年間、鏡の中にいたものが、目の前に現れたのだ。
そう思わされるほどに、僕だった。
あいつは右手から出して、左手で消せる。
こんな簡単に超能力的なものが使えるようになるもんなんだな。
しかし、出来るようになるにしたって、もうちょっと他になかったのかね。
僕は自分の顔を見るとげんなりする。
“パッとしない”を人の形にしたような容姿。
曲がった背筋、落ちた口角、濃い隈。
上司だの、
ノルマだの、
モテないだの、
陰キャだの、
とにかくいろんなものを抱えて抱えて、抱えきれないって男の顔。
でも、世の中には自分よりたくさんのものを平気で抱えているヤツが沢山いることも知ってる卑屈な顔。
なんでだよ。
僕はなにかしたか?
死ぬほど頑張ったわけではないけど、全然頑張らなかったわけじゃない。
それなりの大学からそれなりの会社に入ったじゃないか。
なんで毎日鏡を見るたびにいやな気持にならなきゃいけないんだ。
しかもそれがガラス越しじゃなく実物になってしまった。
ただまあ、冷静になったら自分が二人いるというのは妙な気分であるということを差し引いてもそんなに悪くはなかったよ。
まず、出勤が半分になった。
寝られる時間が増えたというのは嬉しい限りだし、嫌な上司や話の合わない同僚の顔色を気にする時間が減る。趣味のゲームに避ける時間も無限に感じられた。しかも対戦相手にも困らない。
あいつも僕だから、お互いやりたいことがわかってしまうのはちょっとマイナスなんだけどな。
あいつが帰ってきたら会社で起こったことを聞く。持ち帰っていい仕事は気分が乗った時に僕が家でやることもある。ある程度用事が済んだらあいつは消す。
でも、あいつは僕だから、消えるのは嫌だろうなってずっとわかってたんだ。たった一日でも、僕と違う思い出を持った存在だ。毎回消すってのもちょっと気分が良くなかった。
だから、ふと出勤を面倒に感じた日に
「消えたくないか?」
って聞いたら、すごく何かを言いたそうな顔をするから、
「今月の営業ノルマ達成してきたら消さないでいてやるよ」
って言ったら、本当に達成してきたんだ。
俺は親からも教師からも、やればもっとできるって言われてきたし、自分でもひそかにそうは思ってたけどちょっと驚いた。自分じゃ絶対できないと思ってたことを、自分がやったんだから。
約束通りその日はあいつをそのままにして一緒に飯を食った。
あいつは急に、
「ありがとう」
と礼を言ってきた。
「そんなに消えたくなかったのか?」
「消えなくて済む道もあるって言われたら、急に消えたくないって思ったんだ」
想定外に自分の重荷が消えたのと、気まぐれであれ、自分の選択に感謝されるのは悪い気分ではなかった。
しかし次の日、やけに上機嫌な上司に称賛されるのはあまりいい気分ではなかった。何せ自分は何もやってない。いや、自分がやったと言えばやったんだけど、他人の手柄を横取りしてるような気分になる。
毎日毎日、営業先の引継ぎをするのも手間なので、消さないことを条件にあいつに出勤してもらうことが増えた。
あいつは、もうずっと同じあいつだ。
そんなことをしたら、辛いことを全部あいつに投げるようになるまで三カ月とかからなかった。あいつは時々、少し悲しそうな顔をしたが、何も言わなかった。
部屋にこもる時間が増えた。
今までやれなかったことをやる時間だ。
あいつの帰りが時々遅くなるのは、もちろん知っていた。
営業先との会合らしい。
仕事を頑張ってくれるのはこちらとしても好都合。
同僚に誘われた合コンへ行ってきたって聞いたのは意外だった。
僕は嫌いだから。同僚も、合コンも。
まあ、僕には関係のない話だ。
あいつのノルマの達成は当たり前になってきた。
驚いたのはボーナスが見たこともない額になった時だ。
消されたくないって思うだけで頑張れるもんだな。
ところで、あいつってあんなに顔色明るかったかな?
小さな違和感が転げ落ちる雪玉のように膨らんでいく。
あいつは僕より、背筋が伸びて、背が大きい。
あいつは僕より、声が聞き取りやすく、よく通る。
あいつは僕より、話が上手で、要点がわかりやすい。
あいつは僕より、気遣いが細やかで、要領がいい。
あいつは僕より、表情が豊かで、顔色がいい。
誰だ、お前は?
令和僧想比喩異聞 僧職系男子KEIJO @gamon1109
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