令和僧想比喩異聞
僧職系男子KEIJO
第1話 宝石商の息子
宝石商には息子がいた。
彼もまた、宝石商になるだろう。
父も、祖父も、その前も。ずっと宝石商をやっていた。
彼らはダイヤモンドを売っていた。
裕福な女性が、幸福なカップルが、何か必死な男性が。
長い間、様々な場面で様々な人が彼らからダイヤを買ってきた。
みんながみんな買えるようなものではないし、欲しくない人もいるだろう。
だが、欲しがる人はみんなこの店から笑顔で帰っていった。
ある日、息子はダイヤはどこで産出されるのか気になった。
店のダイヤはすべて国内の鉱山から採れたものだが、近くの国ではもっとダイヤで有名な国があるらしい。
これはぜひとも見て見たい!
もっといいダイヤで、もっとお客様を笑顔にできるかもしれない!
一念発起。
父の許しを得て、息子は旅人となった。
ダイヤを算出する国はさほど遠くない。
“行こうと思えば行ける”そんな程度の国だ。
「ダイヤ鉱山を見に行きたい」
若き旅人の言葉を聞いた現地の案内人は喜んだ。
「それはそれは!光栄でございます!ダイヤ鉱山は我が国の誇り!ぜひとも見て行ってください!」
辿り着いた鉱山は壮大であった。
その威容に興奮していると、ふと目にとまる“透明な石”
「なんだい?これは」
旅人の言葉を聞いた案内人は目を丸くして驚いた。
「なにって、これがダイヤモンドですよ!ご存じなかったのですか?」
あざ笑うかのような表情にカッと頭に血が上るのを感じた。
「バカを言いたまえよ。この石がダイヤだって?小さいし、何よりちっとも“黄色くない”じゃないか」
旅人は帰国の途に就く。
意外にも、その足取りは軽かった。
確かに、我が国以外でダイヤとはあの透明な石のことを言うらしい。
店で扱っていた石が、ダイヤとは似ても似つかないクズ石だった、と本当のことを知った時、まさに採鉱用のハンマーで頭を殴られたような衝撃だった。
だがそれはそれとして、“間違っていた”ことがわかったのだ。
扱い方も、輸入ルートもしっかりと手に入れた。
これからはいつでも店で“本物のダイヤ”を提供できるではないか!
大々的に発表して、過ちを償おう。
そして、新しい一歩を踏み出そう!
きっと父たちもわかってくれるはず。
だってこちらが“本物”なのだから。
「ダメだ」
息子は再びその頭をハンマーで殴られるような衝撃を受けていた。
父の言葉は短く、明快で、息子にとっては絶望の色をしていた。
なぜ?どうして?
目の前にある石はどれもこれもダイヤなんかじゃない!
偽物なんかじゃ及びもつかない本物の輝きが手に入るチャンスなんだ!
なんでわかってくれないんだ!
息子の胸からあふれ出た感情をひとしきりただ受け止めた父は、そのまま黙って一冊の手帳を出してきた。
そこには、何百、何千に上る人の名前が記されていた。
「これは、初代から伝わる顧客帳だ。
これは、連綿と続く我が家の歴史。
そしてお客様の笑顔の軌跡だ」
それがどうしたというのだ。
そんなもの、ただの記録じゃないか!
「そう。
お前の言う、“偽物”を欲しがった人たちの記録でもある。
だが、この人たちの笑顔も偽物だろうか?
それに、私たちは一度も“無理やり売った”覚えはない」
バカなことを。
ダイヤでないものをダイヤだと売ったことに変わりはないじゃないか!
「それに、ここに書いてある全員を、
そしてお前に連なる先祖全員を、
“愚か者”とあげつらうのか?」
知らなかったことは残念だが仕方ないじゃないか。
知ってなお、これからも知らない人を増やし続けるのか?
「息子よ。私もかの国の“ダイヤ”は知っていた。
知っていて、黙っていたのだ。確かに、あの石は美しく、人を魅了する。
だが、この石だって人を笑顔にしてきたではないか。
あの人たち全てに『すみません、間違いでした』などと言えるものか。
言えたとして、どう責任を取ったらよいのだ?
何も言わなければ、皆が笑顔で、この店も安泰だ」
店の安泰!?
ここで私欲だと?恥を知れ!
「すまないが、息子よ。
私は“真実”とやらにちっとも興味がわかなかったのだ。
その不都合な本物よりも、自分と家族の人生の方が大切だった。
それに、真実が人を傷つけるものであったら、それでも知るべきだと?」
当然だ!
人をだます商売をしていいはずがない!
「そこまでの覚悟ならもう何も言わん。ワシとお前はずっと平行線だ。
自分のために続けてきた店でもあり、お前に譲るための店でもある。
好きにしなさい。
だが、息子よ。
人とはそんなに強いものじゃないよ?」
次の沈黙は長かった。
夜の帳が下りていく。
息子がいかなる決断をしたのか、
それはまた別の話…
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