バッド・イヤーエンド⑤

 あれから、わたしたちは、持っていった銃弾全部を撃ちまくって大立ち回りを演じ、挙句、渡し船をハイジャックして命からがら〈どぶため地区〉を脱出した。やっとの思いで対岸にたどり着くと、わたしは祭戸に電話をかけ、迎えに来てくれるように頼んだ。

「あ……あ……あんたら……」たちまち10歳も老け込んだような顔つきになった宮下が言った。「あんたら、無茶苦茶すぎる。い、いつもああなのか?」

「ここまでひどいのはそうない」わたしは答えた。

「でもだいたいいつもこういうことになるでしょ、ボス」グエンが言った。

「頼む……助けてくれ……助けてくれ……神様……」宮下はうわごとのように繰り返していた。

「情けねえ野郎だな。しっかりしろや」サンダウナーのハンドルを握る祭戸が言った。「それから、神の名をみだりに唱えるんじゃねえ。ぶっ飛ばすぞ」

 ――事務所に戻ったわたしたちは、床の上に伸びて、泥のように眠り込んだ。真っ先に目を覚ましたわたしは、宮下を叩き起こし、尋問した。

「頼む……もう少し……もう少しだけ寝させて……」

「甘えるな」わたしはぴしゃりと言った。「そもそも、お前さんと梶原の関係は何だ? そいつを教えてもらおうか」

 宮下は全てを白状した。

 その内容は非常に興味深いものだった。

 わたしはスマホを取り上げ、ある番号に電話を掛けた。

「もしもし? おはようございます。灰田です……」


 それから3日後。

 わたしは梶原を事務所に呼び出した。

「さすが灰田さん。噂通りだ」梶原はにやにや笑いながら言った。「こうも早く宮下を捕まえてくれるとはね」

「少々てこずりましたがね」わたしは言った。「彼が盗み出したものも無事に取り返しましたよ」

「ほほう! それはそれは……ありがたい限りです。で、ところで、宮下のやつはどこにいます?」

「すぐそこにいますよ。おーい、宮下くん。入ってきてくれ」

 事務所の扉が開き、ぶかぶかのパーカー姿の宮下が入ってきた。

 そのすぐ後ろから牧田警部補がついてきた。

 愕然とした顔になった梶原に対し、牧田は左手の警察手帳と右手のH&Kの9ミリを同時に突き付け、冷酷な口調で言った。

「梶原ヒロキことガブリエル梶原! 銃刀法違反の容疑で逮捕する」

「な――なんだと」

「この宮下がすべて白状したぞ」牧田は言った。「お前、こいつの設計した銃を量産して売りさばこうとしていたな。大したビジネスじゃないか、ええ?」

 悪鬼のごとき形相になった梶原が叫んだ。

「宮下――貴様あ」

「お前のせいだ!」宮下はわめいた。「おれは――おれは、あれはほんの遊びのつもりだったんだ。ちょっとした腕試しのつもりで設計しただけだ。それをお前が、くそ、おかげでおれは」

「黙れ、死ね!」

 梶原は絶叫するや、懐から抜き出した、例の妙ちくりんなピストルを抜いて、二発ぶっ放した。

 宮下はぐえっと呻き、その場にへたりこんだ。

「てめえも死ね、このクソババア!」

 梶原はあろうことか、牧田にも銃を向けようとした。

 牧田のH&Kが火を噴いた。

「ぎゃお」

 肩を一発で撃ち抜かれた梶原はその場に転がり、ものすごい悲鳴を上げてのたうち回った。わたしは梶原に飛びつくと、ピストルを奪い取り、それを振るってめちゃくちゃに梶原をぶちのめした。ピストルはたちまち壊れた。わたしは拳骨に切り替え、さらに殴って殴って殴りまくった。梶原は顔をぐしゃぐしゃに歪めて泣きわめいた。

「ぎゃああ! やめろ! やめろ! やめてくれ!」

「誰がやめるかこのクソ野郎!!」わたしは咆哮した。「おれも始末しようとしただろうが! なめてんのか! 殺してやる! おまけにおれの事務所の床まで血で汚すたあ、どういうつもりだ! 死ぬよりひでえ目に遭わせてやらあ!!」

 いやほんと、牧田や、後からなだれ込んできた機動捜査隊キソウの連中が止めてくれなかったら、わたしは本当に梶原をブッ殺していたかもしれなかった。

 

 それからまた数日たった。

 わたしは上機嫌の牧田からいろいろ話を聞かされた。

 宮下は順調に回復しつつあるとのことだった。防弾チョッキを着ているといっても、あの距離の銃撃はなかなかきつかっただろうが、死ななければどうとでもなるものだ。回復し次第裁判にかけられるとのことだが、自首したことを考慮されて、多少は刑は軽くなるだろうとのことだった。

 あの、コンビニでの一幕のとき、宮下を追いかけていたのは、梶原の手の者だった。梶原がわたしに仕事を持ち込んだのは、実のところ、あれが原因だったらしい。宮下の追跡をわたしに邪魔されたので、わたしにその落とし前をつけさせた挙句、始末しようと考えていたらしいのだ。いやな野郎だ。ちなみに、わたしを始末させるために、梶原が配置していた仲間は、残らず機動捜査隊キソウに逮捕された。どいつもこいつも余罪はたっぷりだから、長いこと食らいこむのは確実だ。

 宮下が設計したピストルについては、売りに出されたものはそれほど多くなかったらしい。しかし、梶原のアジトからは、組み立て途中のものや部品も含めて、数百丁ぶんの銃が見つかったとのことだ。これらが売りに出されていたらどうなっていたことか、と組対ソタイの連中は震え上がったらしい。そりゃまあ、当然だろうな。

「ま、なんにしてもさ。これはわたしの手柄ということで、上の覚えもめでたくなったし、ありがたい限りよ。ねえ、灰田? なんだったら、報奨金の件、上にいろいろ掛け合ってあげようか?」

 牧田はにやにや笑った。

 くそ、実に面白くない。牧田め、おれの足元を見くさってやがるな。しかし、金欠なのは間違いないし、今度の仕事は実質ただ働きだから、報奨金をちっとでもふんだくらないことにはそれこそお足が出てしまう。ええくそ、ほんとに面白くないぞ。

 ほんとにもう、ろくな年の瀬じゃねえ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こちら、灰田探偵事務所 HK15 @hardboiledski45

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ