バッド・イヤーエンド④
その日の夜。
宮下友樹は、一日中歩き詰めで痛む足をひきずって、〈
フロントとして使われているプレハブ小屋に近づいた宮下は、椅子に座って舟をこいでいる、小太りの中年男のフロントマンを起こし、自分の部屋のキーを出してもらった。それから、足を引きずるようにして、ホテルの階段を上り、自分の部屋へと向かった。
カプセルホテルをさらに簡素化したようなやつだ。適当な足場を組んで、そこに一人用の宿泊モジュールをずらりと並べただけ。宿泊モジュールはもともと、ホームレス向けの簡易シェルターとして開発されたのだが、当然こういう用途にも転用できるのだった。〈
階段を上るにつれて、吹きつける風が冷たさを増すように感じられた。宮下は小柄な身体をぶるりと震わせて、重い息を吐きながら、無言で階段を上っていった。やっとの思いで最上階に到着すると、人工芝が敷かれた通路を歩き、いちばん端にある自分のモジュール、番号505の前に立った。
カードキーをポケットから取り出し、
モジュールのハッチがゆっくりと開く。
宮下はハッチを開け、中に入ろうとした。
中には先客がいた。
ピンク色のメッシュに髪を染めた若い女。
女が言った。
「ヤッホー。待ってたよ、宮下さん」
宮下は愕然とその場に凍りついた。
なぜ、なぜおれのモジュールに女が?
焦りと恐怖が一時の硬直を溶かし、宮下はウインドブレーカーのポケットに手を突っ込み――
「おっと。そこまでだ」
声がした。
上のほうから。
振り返る宮下に、自分のモジュールの屋根から滑り降りてきた影が飛びかかってきた。
わたしは、銃を抜きかけている宮下の腕を、抜き出した特殊警棒で痛烈に打った。鈍い音。宮下がうめき声を漏らし、ポケットから銃が転げ落ちた。わたしはそれを蹴飛ばした。奇妙なかたちの銃は、手すりの隙間をすりぬけ、下へと落ちていった。
「畜生!」
宮下はあきらめなかった。やけくそじみた絶叫を上げて、わたしにタックルを仕掛けた。足を払おうとする。意外に根性のあるやつだ。しかし、まだまだ甘い。
わたしは宮下の背中に肘鉄を何発も打ち下ろした。
ぐうッとうめき声をあげて、宮下はその場にへたりこんだ。宮下はやせっぽちだから、この攻撃は相当効いたにちがいない。すぐに立ち上がることはできないだろう。
モジュール505から這い出たグエンが、崩れ落ちたまま苦悶する宮下の腕をつかみ、乱暴に後ろへとねじり上げた。宮下は悲鳴を上げたが、グエンは構わず腕をねじ上げ続ける。そのまま、流れるように膝を宮下の背に押し当て、床に押さえつけて制圧。懐から取り出した結束バンドを使い、素早く宮下の両手を締め付けて拘束する。
「お見事」
わたしはグエンをほめつつ、宮下の前にしゃがんだ。
「よう、兄ちゃん。顔を上げて、おれの方を見てみな」
言われるまま、わたしの顔を見た宮下は、両目を大きく見開いた。
「あんた――」
「そうだよ」わたしは笑った。「こないだ、あんたのせいでちょっとばかし迷惑をこうむった男さ。妙な縁だな、ええ?」
「このおっさんに迷惑かけちゃうとはね」グエンがにやにや笑いながら言った。「ついてないね、あんたもさ」
「……くそ、くそっ、離せ、離せよっ」宮下はじたばたもがいた。「離してくれよ! 頼む! 見逃してくれ……」
「そいつはできない相談だね」わたしは言った。「こいつは仕事なんだ。あんたを探してる人がいてね。頼むなら、その人に頼めば……」
「梶原だろ?」宮下は言った。
「ああ、そうだが?」
「だったらなおさらだ! 離してくれ! あんたらのためにもだ! おれを連れてのこのこ帰ったら、あんたら二人とも殺られちまうぞ!」
なに?
「へえ。そいつは――興味深いね。いったいどういうことだ? 教えてくれないかね?」
「教えてやるよ! けど、その前に、この手錠を外してくれ! この姉ちゃんに言ってくれ!」
わたしはグエンに目で合図した。グエンはうなずくと、懐から取り出したバタフライナイフを一閃させ、結束バンドを切断した。
「さて、それじゃ話を聞こうか?」
荒い息を吐いていた宮下は、ごくりと唾を飲み込んでから口を開いた。
「いいか、あんたらはたぶん騙されてるんだ。梶原は恐ろしいやつなんだよ。おれもあいつに騙されて、のっぴきならないところに追い込まれたんだ。おれがあいつから逃げ出したのは本当だけど、あいつから大して盗んじゃいない。当座の逃亡資金だけだ。一方、あいつときたら、おれからありとあらゆるものを……」
そのときだった。
下の方が騒がしくなった。
何だ?
すぐにその理由は分かった。
「てめえら!」
「
「ぶち殺すぞ、ゴラァ!」
殺気だったチンピラどもが、手に手に銃やらナイフやらを持って向かってくる。くそ、あのフロントマンめ。口止め料を払ってやっただろうが!
「話はあとで聞く」わたしは立ち上がった。ジャケットの内側からケルテック380口径を抜き出し、グエンに放った。グエンはそれを素早くキャッチすると、スライドを引いて初弾を薬室に送り込んだ。そのあいだに、わたしは脇の下に吊るしていた、レミントン12
わたしはにやっと笑った。
「オーケイ。それじゃ、ロックンロールといこうか?」
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