◆ 九
四月も半ばを過ぎると、もう首都圏の桜は散っている。まぶしい太陽光に照らされた新緑の木々を見ながら、僕はいつもの坂道を上っていた。
フリースクールに通うようになってから、四か月が経っていた。根がまじめな僕は、朝は七時に起き、九時には教室に入り、自主学習をしたり、小学生と遊んだりしている。午後には、中学二年生だけの英語講座を、友達と一緒に受けることもある。
ここに来て最初にできた友達は、タクヤだ。少し長めの髪に、眼鏡をかけた、オタク気質な男だが、将来は料理人を目指しているらしい。僕たちは、心を許せる仲になっていた。
夢を語る彼は、本当にカッコいい。
僕の夢は、なんだろう。きっと、いつか見つけられる。
彼と話していて気付いたのは、人間は誰しも、「人と関わりたい」という思いを根源的にもっているということだ。
僕は、通っていた中学校の同級生が、嫌いだったわけではなかった。おそらく、本能的に「恐れていた」のだと思う。
グループを作り、その輪からもれることを恐れて群れる、そんな集団の中を歩くとき、すでに一人になっている自分は、どうしようもなく無力な人間に思えた。校舎にいると、危険な迷路の中に迷い込んだような気持ちになっていた。
同調圧力で、硬直した空気の中で過ごすことに耐えられなかったのだ。
柴田中学校が、もっといろいろな人と、分け隔てなく関わろうとする雰囲気がある学校だったらよかったのに。まあ、自ら関わりを避けていた僕も悪いのだが。
ある日、僕はタクヤと一緒に、国語の一斉授業に参加した。将来の自分について、作文を書くという授業だった。
タクヤは、専門学校に進学し、料理人になるために海外に修行に行きたいと書いていた。
僕は正直、将来の自分の姿なんて想像もできなかった。だから、作文というよりも、自分への手紙を書くことにした。
僕が書いた作文はこれだ。題名は、『拝啓、僕へ。』
拝啓、僕へ。
羽賀 栄輝
成人した僕へ。今、何をしていますか。やりたいことは、見つかりましたか。
ぼくは、もうすぐ十四才になります。フリースクールに通い、前よりは楽しく過ごしています。友達ができなくて、学校に行かなくなったことを覚えていますか。そういう道を選んで、後悔していないことを願います。もちろん、後悔なんてしないよう、今の僕ががんばりたいと思います。
大人になっても、悩みはありますか。逃げ出したくなることはありますか。そんなときは、いつも同じことをくり返すのではなく、自分や、環境を変える勇気を持ってください。そして、だれかに自分の考えを伝えてください。自分の考えを伝えたら、その人の話をよく聞いて、さらに考えを深めてください。これは、大人になってからも、大切なことなんじゃないかと、中学生なりに思っています。えらそうでごめんなさい。
この前、田端さん(ずっと字が分からなかった)から、「自分らしさを見つけろ」と言われました。自分が得意なこと、好きなこと、夢中になれることを見つければ、人生は好転するそうです。たしかに、僕の友達のタクヤ(まだ字が分からない)は、いつも自分が好きな料理のことを楽しそうに語ってくれます。
将来の僕も、何か好きなことを見つけて、がんばってください。僕は、僕のために、「今」できることを、一生けん命やりたいと思います。
多分、大人の僕が読んだら、文章や内容の拙さで、赤面するだろう。それでも、いいと思った。これが、今の僕の気持ちだ。
これから、また苦しむことがある。悩むことがある。でも、そんな自分を否定するのではなく、認めていきたい。
いずれ、僕もここを去るときが来る。その時までに、自分らしさを見つけよう。
拝啓、僕へ。 いた @itabridge
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます