CASE.43 歩く厄災! 天変地異!? どう考えてもコイツの討伐の方が優先でしょ!? by. アイリス

 一瞬にして地面を十回以上蹴って移動する俊身を駆使して空中を歩く空歩の技術を駆使してデルフィニウムは《色欲の大罪アスモデウス・シン》と《怠惰の大罪ベルフェゴール・シン》が封印された旧フェゴ王国領と旧ツィノーバァロート王国領を目指した。


 かつては隣国同士だったこの国はどちらもアダマース王国の原型となったアダマース君主国に滅ぼされた地に縁があり、封印場所も互いに近い位置にあった。


 魔物は神聖魔法に引きつけられ、穢れを与えて闇堕ちさせようと行動を起こすとされている。

 一方で、より強い闇の力に惹かれあい、七罪魔天クラスでは互いに互いの位置を本能で感じ取り、徒党のようなものを組むこともあるのだが……。


 今回デルフィニウムが狙う二体の七罪魔天のうちの一体は巨体こそ持たないが、デルフィニウムの記憶では一番厄介な存在であった。

 ベアトリーチェは最後に封印したこの《色欲の大罪アスモデウス・シン》相手にかつてないほどの苦戦を強いられ、メンタルを大きく削られ、彼女を封印するとほぼ同時に反転して魔人と化した。


『あら、久しぶりね。あの時の剣士様でしょ? 会った時からその身体、ずっと奪いたいと思って楽しみにしていたわ』


 淫靡なオーラを周囲に撒き散らし、魅了によって洗脳した男達を侍らせた《色欲の大罪アスモデウス・シン》に、デルフィニウムは不快感を滲ませる。

 佩刀した「倶利迦楼羅」は抜かない。浄化の力を持つこの剣であっても、《色欲の大罪アスモデウス・シン》の能力「淫魔導入インストール・サキュバス」を無力化することはできないのだから。


「俺は不愉快です。あの戦いで俺は大切な人を失うことになりましたから」


『それは、あの子一人で戦わせていたからじゃないかしら? ……あの子が浄化されたということは、貴女がしたのでしょう? その神聖魔法で彼女に助力していたら運命は違ったでしょうに』


 《色欲の大罪アスモデウス・シン》に同情され、デルフィニウムの表情が不快感に歪む。


 あの日、ベアトリーチェは淫魔化された大切な人々を消し去らなければならなくなり、一人一人神聖魔法で消し去る度に涙を流した。

 《色欲の大罪アスモデウス・シン》から出自を聞かされ、彼女に何の罪がないことを知り、本当に浄化するべきかと思い悩んだ。


 この世界の誰よりも人間らしい《色欲の大罪アスモデウス・シン》を目の前にし、大切なものを踏み躙ってきた人間と、踏み躪られてきた者達の無念の集合体である魔物――どちらが正しいのかを見失ってしまったのだ。


「そうですね……あれは俺の前世と今生を含めて唯一の失敗です。……俺は貴女にも同情していますよ。攻め込んできた兵士達に慰み者にされて殺され、その強烈な色欲を浴びて《色欲の大罪アスモデウス・シン》となった貴女は、ただ彼らに求められたことをしているだけでしょうから。……ただ、貴女を倒すという苦行をお嬢様やそのご友人にさせたくはありませんから、お仕事だと割り切って浄化させて頂きます。恨みながら消えていってください、アイリス・フルールドリス・ツィノーバァロート王女殿下」


『久しぶりに呼んでもらった気がするわね。……でも、全力でお断りさせて頂くわ。私は浄化されたくないから……うふふ、下僕達……私を殺しなさい』


 《色欲の大罪アスモデウス・シン》に洗脳された男達が一斉に《色欲の大罪アスモデウス・シン》を持っていた武器で突き刺した。

 《色欲の大罪アスモデウス・シン》が喀血すると同時に地面に倒れる。


 すると、男達に異変が起こった。男達の衣服が溶けるように消え去る。代わりに瘴気が黒光りするエナメル質の淫靡な衣装へと変わり、その衣装に合わせて妖艶な淫魔へと変貌を遂げていく。

 その顔つきは妖艶な女のものとなり、化粧が施され、身体つきも豊満な女性のものへと変化し、黒々とした尻尾が生えた。


 髪色や背丈など素体となった男の影響を残しているところもあるが、最早彼らが男だったなどと一目見て気づく者は居ないだろう。


「はぁ……相変わらず面倒極まりない能力ですね。鼠算式に自分を増やしていくとは……貴女達のお相手をする前にまずは邪魔な小鳥から始末してしまいましょうか?」


 想像を絶するほどの水の魔力がデルフィニウムから立ち上り、手を振り下ろすと同時にデルフィニウムの背後から大量に飛んできていた灼熱の使徒マッハを猛烈な豪雨が襲った。

 降り注いだ雨は地面に流れ、一帯を水浸しにすること無く物理法則を無視して跳ね返り、幾度となく灼熱の使徒マッハの身体を打つ。雨に濡れた炎の翼は火力を失い、混沌の炎そのものである灼熱の使徒マッハは慈悲無き豪雨の前に一体残らず消滅した。


「…………水の魔力で津波だか大海嘯だかを引き起こして丸ごとアダマース王国を海の底に沈めてやれば、《怠惰の大罪ベルフェゴール・シン》を秒殺できましたが、力を加減しないといけないというのは面倒で仕方ありませんね」


『貴女ってもしかして化け物!? 私達のような魔人や魔物よりも絶対に厄介な存在じゃないかしら? 歩く厄災! 天変地異!? どう考えてもコイツの討伐の方が優先でしょ!?』


「そういえば、俺を危険視した者達に暗殺され掛けたこともありましたね。適当にその場に落ちていた棒切れ一本で鏖殺してやりましたが?」


『……鏖殺って?』


「つまり、皆殺しです。ちなみに一緒に暗殺者を派遣した豚貴族共は屠殺しておきました。出荷には向きそうに無かったので……あんな脂ぎった肉は双脚羊両脚羊としても売れませんから?」


『よく分からないけど、貴女がこの世に生きていちゃいけない類の人だってことは分かったわ。……ここで私がこの人を殺さないと世界がとんでもないことになってしまうッ!?』


 別の《色欲の大罪アスモデウス・シン》から混沌の魔力を分けてもらい、傷を癒した《色欲の大罪アスモデウス・シン》が決意を固める。

 どちらが悪でどちらが善の陣営か分からなくなりつつあるが、まあどちらも善とは言い難いのでタイプの違う悪同士の戦いということになりそうである。


 ――フュィィィィィィィン!


「五月蠅いですよ? そんなに浄化して欲しいなら先に浄化して差し上げます」


 背後を向きもせず「倶利迦楼羅」を鞘から抜き払い、遥か遠方にいる《怠惰の大罪ベルフェゴール・シン》に向けて大気を擦過してキラキラ白い輝きを放つ不可視の斬撃を連続して浴びせた。

 「倶利迦楼羅」の元となった迦楼羅焔と呼ばれる浄化の炎を伴った斬撃は《怠惰の大罪ベルフェゴール・シン》を一瞬にして斬り刻み、浄化してしまった。


『…………嘘っ、《怠惰の大罪ベルフェゴール・シン》を一撃で……』


「さて、次は貴女達です。浄化の邪魔をされては困りますから、そこで這い蹲って居てください」


 猛烈な超重力が《色欲の大罪アスモデウス・シン》達に伸し掛かり、地面に縫い付けられる。

 必死に抵抗しようにも身体は一ミリも動かせない。


『こうなったら……魅了の魔眼サキュバス・アイズ


「俺に効かないことはご存知でしょう? 《色欲の大罪アスモデウス・シン》、貴女達に俺をどうにかすることはできません。……それでは、大人しく浄化されなさい。多重神聖浄化魔法【除夜の御柱セイクリッド・ピラーズ・ピュリファイ】」


 《色欲の大罪アスモデウス・シン》一体一体の足元に金色の魔法陣が展開される。


 ベアトリーチェの「浄化の光聖ピュリフィケーション」や「魔穿つ月光の破魔矢ムーンライト・ストライク」、「封魔の光明聖域ディヴァイン・サンクチュアリ」などといった上位神聖魔法だけでなく、最上位神聖浄化魔法「慈愛円環廻帰聖法陣アフェクション・ホーリー・サークル」すらも魔法陣一つで凌駕する神聖な魔力を湛えた規格外の連続浄化魔法を前に、《色欲の大罪アスモデウス・シン》達の顔が恐怖に染まる。


『嘘でしょ……私はまだ消えたくないのに。まだ、何も成し遂げられていないのに』


「貴女の事情に興味はありません。それでは、その身体にお別れの挨拶をしてください。――発動」


『いやぁぁぁぁぁぁ――ッ!!』


 無慈悲なデルフィニウムの声が響き渡り、その魔力の高さ故に氾濫し掛かっていた魔法陣から一斉に浄化の光が吹き出す。

 断末魔を上げながら《色欲の大罪アスモデウス・シン》達は浄化されていく。






























 浄化の光柱が消え去り、その場には《色欲の大罪アスモデウス・シン》化した筈の男達が倒れていた。

 その中でボロボロのドレス姿の少女を見つけ出したデルフィニウムは少女――アイリスをお姫様抱っこする。


 戦いの最中に編み出した新たな転生特典「任意で浄化術によって浄化した者に取り憑いた混沌の魔力のみを取り払い、魔人化のみを解除する」を行使し、アイリスに取り憑いた《色欲の大罪アスモデウス・シン》のみを浄化したのだ。

 幸い、アイリスは死後すぐに魂諸共 《色欲の大罪アスモデウス・シン》に取り込まれ、《色欲の大罪アスモデウス・シン》として転生を果たしていた。そのため、肉体と魂がパスで繋がっていたのだが、この繋がりの再構築は魔人化の副次的な要素であり、魔人化を解除されたアイリスにも浄化術によって繋がりが消滅するといった事態にはならなかったのである。


 つまり、一度死んだ筈のアイリスは魔人化による転生と転生特典を用いた特殊な浄化魔法によって擬似的な完全蘇生を果たしたのだ。

 しかし、神の御業と呼ぶに相応しい異業を成し遂げたにも関わらず、アイリスを抱えるデルフィニウムの表情に達成感の色はない。


「…………本当に助けたい人を助けるために力を行使できなければ、その力に何の価値もありません」


 デルフィニウムは脳裏にかつて救えなかった大聖女と呼ばれる一人の少女の姿を思い描き、血が滲むほど唇を噛んだ。

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