CASE.44 わたくしはリナリアに……わたくしの相棒になってくれた日畑さんに最高の相棒だと思ってもらえるような、日畑さんに相応しい相棒になりたい。 by.ロベリア

<Side.ロベリア/一人称限定視点>


 突如王都近郊に現れた《憤怒の大罪シャイターン・シン》。

 アンとメアリの情報によれば、外には肥大化した瘴気の沼から現れた大量の魔物が溢れ返っているようだし、他にも七罪魔天が復活しているそうだから状況は過去最悪と言って良いわね。


 他の七罪魔天はデルフィニウムとユウリが対処に当たっている。あの二人が負けることはまずないから、問題はわたくし達の方ね。


 ディル君、ヴァリアン、スピーリア、アン、メアリの五人にはクヮリヤート家の二人と共に王都の避難誘導をお願いして、ナーシサスには避難民を受け入れる学園のサポートをお願いした。

 魔法学園では学園の教師達が総力を結集して結界魔法を張っている。ここにいれば安全だから、ザフィーア、アレキサンドラ、アウローラの三人には学園に残ってもらおうと思ったのだけど、三人ともわたくし達に同行すると言って聞かなかった……アレキサンドラもアウローラも戦い慣れていないし、ザフィーアも見習い騎士という立場だから戦力にはならないと思うんだけど。まあ、その気持ちは嬉しいし、何もできないことが歯痒いという気持ちは痛いほど分かるから面と向かって言えないのだけど。


 わたくし、リナリア、ロッテンマイヤー、ザフィーア、アレキサンドラ、アウローラの六人でまずは状況を確認しようと王都の正門に向かったのだけど……。

 運がいいのか悪いのか、そのタイミングで馬車を走らせてマリーゴールド公爵領からヘリオドール、アクアマリン、スカーレットの三人が帰還した……四、五体の二足歩行する飛べない鳥のような魔物を引き連れて。

 ……途中でこの魔物達に発見されて振り切ろうにも振り切れず、馬も涙目で限界を突破して全力疾走させられて散々な目に遭ったようね。

 王都の砦のところに馬車が突っ込んできた瞬間に、この飛べない鳥が全力疾走で王都を蹂躙し始めたから、わたくしの鬼斬の技とリナリアの浄化術で速やかに浄化した。


 この三人と情報交換をするためにわたくし達は一旦魔法学園に戻ったのだけど。

 そこでスカーレット達からもたらされたのは《強欲の大罪マモン・シン》がマリーゴールド公爵領で復活を遂げたという情報だった。……まあ、大凡予想通りではあるのだけどね。


「……あんまり時間は掛けられそうね。《憤怒の大罪シャイターン・シン》はこのままだとかなり早い段階で王都に到着されてしまうし、有象無象の雑魚もチマチマ削っては居られないわ。こっちを早く片付けて《強欲の大罪マモン・シン》の浄化もしないといけないし」


「そもそも、月村さんって対空戦闘が難しいわよね。巨大な蜘蛛型の《強欲の大罪マモン・シン》はともかく、《憤怒の大罪シャイターン・シン》はあたしがどうにかしないといけないわね」


「……ごめんなさい、鬼斬の技に対空技が無くて」


「月村さんが謝ることじゃないわよ」


「そうですわよ! 大体、神聖至高天サンクトゥス・エンピレオ教団だって他力本願する気満々でしたわ。自分達では何もせず、リナリアさんに全てを押し付けようとして。それに、ロベリアさんの浄化の力にも頼ろうという話も上がっていましたわ。あの人達はこの戦いを終わらせるためなら二人を犠牲にしたって構わないと思っています。……あんな連中のことは後回しにしたって良いと思いますわ」


「……でも、マリーゴールド公爵領にはお父様とお母様も居るのよね。二人には沢山お世話にはなったから……」


「それもそうよね……ごめんなさい」


「スカーレット様が謝ることではありませんわ」


 神聖至高天サンクトゥス・エンピレオ教団の本質はベアトリーチェを使い潰した至高天エンピレオ教団と何ら変わらないのかもしれないわね。

 まあ、自分達じゃ何もできない連中のことなんてどうでもいいわ。そんなことよりも、今何をするべきか……わたくし達に何ができるか。


「デルフィニウムさんは『一人では心が折れてしまうかもしれません……でも、二人なら支え合えます』って言っていたわよね。でも、あたしと月村さんでこのまま力を合わせてもデルフィニウムさんじゃあるまいし、とても七罪魔天を浄化できるとは思えないのよ」


「確かに、あのベアトリーチェ様ですら浄化することができずに封印せざるを得なかったのよね。……最低でも覚醒レベルの魔法が必要になると思うけど、とてもそんな力はないし。……せめて桃上流の始祖、桃太郎が扱えたとされる霊力を極めた先にある神霊力があれば話は変わるのだけど」


「……このままの神聖魔法じゃベアトリーチェ様と同じ結果にしかならない。或いは、それ以下かもしれないわね。……何か、神聖魔法を増幅する力があればいいんだけど」


「「…………あっ、転生特典」」


 この乙女ゲームを基にしたという異世界のルールを逸脱した埒外能力。

 これなら、この状況を変えられると思ったのだけど、リナリアも全く同じ結論に達したようね。


「転生特典というと、ロベリア様とリナリア様が転生した際に獲得した力ですわよね。でも、既にお二人は一つずつお持ちですよね。新しい転生特典を、それもこの状況に即したものを本当に用意できるのでしょうか?」


「アクアマリン様以外にもきっと皆様、そんな都合の良いことがある訳がないと思っているわよね。……でも、わたくしはそれが可能だと思っていますわ。前にユウリさんと転生特典について話す機会がありまして、その時は憶測レベルだったのだけど、ユウリさんの『転生特典は物語の外側の人間にのみ与えられた願望を顕在化する能力の総称』という見解は案外正しいのかもしれないのよね。……もし、それが正しいのなら望むものを望む能力として顕在化できる筈」


 あの日、『犯罪心理学全書』を手に入れた日のことを思い出す。あの時は無意識だったけど、わたくしは捜査に使える資料を心の底から渇望していた……何故、あの本だったのかは分からないけど、もしかしたら心の底で犯罪者の心理がどのようなものかを知りたかったのかもしれない。


 リナリアは「好きな人の力を限界を越えて引き出す力」という転生特典を手に入れた。

 これは、自分の願望の顕在化を意識的にやって手に入れた力だと思う。……きっとわたくしよりもリナリアの方が転生特典を編み出す感覚を掴んでいるわね。


 リナリアは間違いなく転生特典を完成させる。

 わたくしはリナリアに……わたくしの相棒になってくれた日畑さんに最高の相棒だと思ってもらえるような、日畑さんに相応しい相棒になりたい。そのために――私は絶対に転生特典を完成させないと。


 願望を脳裏に浮かべる。鮮明に、鮮明に、鮮明に、鮮明に――。


 そのイメージの果てて、わたくしは唐突に理解した――あの時と同じように心で、その転生特典の効果を。


 つまり、わたくしは――転生特典を編み出すことができたということね。


「……できたわ、月村さん。あたしの転生特典は、「神聖系統魔法の範囲を増幅し、限界を超えて広げる」という力よ」


「わたくしも完成したわ。わたくしの転生特典は、「霊力を神霊力の領域まで濾過する」という力よ」


 これで、全てのピースが揃った。わたくしの神霊力にまで至った霊力によって色眼は空眼の領域に至り、リナリアはこの大陸全土の魔物の浄化することも可能な力を得た。


「さあ、行きましょう! この騒動を終わらせに」


「ええ、行きましょう。あたし達の日常を取り戻すために」



 ◆◇◆◇◆



 魔法学園の中庭に出て、王都に迫り来る《憤怒の大罪シャイターン・シン》を睨め付ける。たったそれだけで《憤怒の大罪シャイターン・シン》は一瞬にして蒸発した。


「……凄い力ね。それが、空眼」


「日畑さん、本番はこれからよ。二人で力を合わせてこの戦争に終止符を打ちましょう」


 リナリアの足元から生まれた金色の魔法陣は広がり続け、魔法学園の敷地を越えてなお広がり続け――大気中の膨大な魔力を吸い上げて肥大化していく。

 わたくしは練り上げた神霊力をその中に流していく。


慈愛円環廻帰聖法陣アフェクション・ホーリー・サークル」「武陵桃源」


 異口同音、長さも別々の不揃いな技の真名が告げられた瞬間――魔法学園の校庭に無数の桃の木が生え始め、金色の浄化の光が広がった。

 わたくし達の見えている範囲だけの話だけど、きっとこの現象は魔法学園の外でも起こっている。


 あらゆる魔を払う桃の樹――百上流の鬼斬の技はその力をどう扱うかという手法を纏めた技群。

 その力をどのように行使するか――その本質さえ分かっていれば、形に拘る必要はない。


 魔法陣が消え去った後、わたくし達は王都の外を確認しに行ったけど、魔物の影は一つ残らず消えていた。

 後にアダマース王国から派遣された調査団によれば瘴気の沼は一つ残らず邪念の一切存在しない魔力溜まりへと姿を変え、桃が豊かに実る森へと変貌を遂げていたそう。


 ……何はともあれ、これで一件落着。神聖魔法を目撃して慌てて王都に飛んできた空賊……じゃなかった、空飛ぶ海賊さん達とも無事に魔法学園の敷地内で合流し、後はラインハルトが引き出して来る結果を待つだけとなった。

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