CASE.39 検挙率百パーセントである必要はない。間違っていたならしっかりと謝罪し、再度真実を追及する――それができない人に、私は捜査官を名乗る資格はないと思います! by.ロベリア

<Side.ロベリア/一人称限定視点>


 ローレンスは王国刑事部門の総監としての正義を貫き、わたくしを排除した。

 王国刑事部門という共同の幻想を守るために。


 ローレンス個人がわたくしをどう評価していたのか分からないし、そんなことは関係ない。

 わたくしの持つ正義感を危険視した、ローレンスという形をした王国刑事部門という共同幻想が牙を剥いた。

 それが、今回の事件の全てだったんだと思う。


 貴族の中にも悪事を重ねる者は居る。ハーバー伯爵はその代表例と言えるかもしれないわね。

 王国刑事部門の総監は総監である前に一人の貴族。貴族である以上は貴族同士の繋がりに雁字搦めにされるし、時には忖度も余儀なくされる。

 また、王国刑事部門内部にも捜査官であるという特権の発生、捜査官が起こした不祥事を王国刑事部門内部で内々に処理するということが頻繁に行われる。


 時には貴族同士の戦いの道具として総監の権力は悪用された。

 捜査官である前に一人の人間――その外界への繋がりが王国刑事部門を腐敗に導いたのは間違いない。


 上に立つ人間は、わたくしのように即断即決で動くことはできない。多くのものに雁字搦めにされ、様々な利権や思惑に翻弄される。

 ローレンスの正義はいつしか組織の正義へと塗り替えられた。彼がそれを望んでいたかは分からないけど、組織の正義を守るためにわたくしという異分子は排除された。


「……皆様が思っているほど、わたくしは正しくないのですけどね。わたくしが捜査官を目指したのは、ただ推理に飢えていたからという個人的な欲望を満たすために過ぎませんでした。事件が起きることを願っているようなどうしようもない人間です。……それに、松蔭寺総監のように徹頭徹尾正義を貫いている訳でもありません。海賊や「影道化ジョーカー」――わたくしは彼らの生き方を肯定してしまいましたから。彼ならきっと、正義の名の下に全ての悪を断罪した筈です。そこに個人的な感情など入る隙はありません。……エドワード陛下もわたくしによって共同幻想が破壊されることを恐れているのでしょう。或いは、単に諫言を、耳の痛い言葉を聞きたくないだけかもしれませんが。……正直、わたくしは政治に興味も無ければ、何かを発言する権利はないと思います。松蔭寺総監もそれを本当に望んでいたかどうかは分かりません。治世を果たして誰が非難できるでしょうか? その政治が正しかったから間違っていたかは後の世にその時代を見直すことによってようやく分かることです。その歴史を糧とし、より良い治世を目指していく……政治は答えのない問いの連続に思えます。まあ、わたくしは政治に関しては素人ですから、ただの妄言だと聞き流してくださって構いません。……ただ、事件の捜査は違います。ところで、総監は何故わたくし達捜査官は事件を捜査するとお思いですか?」


「……殺された者の無念を晴らすためか?」


「まあ、確かにそれもあります。ですが、全ての事件でそれが当て嵌まるということはありません。例えば、保険金目当ての自殺――真実が追求され、明らかにされてしまったら殺された人は目的を達成できなかったことになります。死に損ですわよね? わたくし達は誰かのために事件の真相を追っている訳ではありません。殺された人の無念を晴らすため? 遺族の無念を晴らすため? 冤罪を掛けられた者を助けるため? 真犯人を裁くため? いえ、少なくともわたくしは違うと思います。捜査するということは部外者が事件に首を突っ込むということです。他人のプライベートに土足で足を踏み入れ、手前勝手にこの人が悪いだの、この人は犯人では無いなど決めていく。そうして、お給金を貰ってわたくし達は生きているのです。……だからこそ、誰よりもわたくし達は誠実に事件に向かい合わなければならない。真実を詳らかにすること――それが、起きてしまった事件に土足で踏み入れるわたくしができる最低限の礼節だと思います。ましてや、事件を歪めて冤罪を作り出すなど言語道断。……わたくし達は慎重に様々な面から事件を復元し、その背景をしっかりと捉える必要があります。勿論、罪を犯した者は適切な処罰を受けなければなりません。王国刑事部門に間違いはあってはなりませんが、それは結果論です。検挙率百パーセントである必要は無い。間違っていたならしっかりと謝罪し、再度真実を追及する――それができない人に、私は捜査官を名乗る資格はないと思います!」


 それだけは、私も譲れない。人を裁き、人間の一生を左右してしまう捜査官という職に就くのであれば、それくらいのことはしなければならないと思う。中途半端なんて許されない。


「もっと早く君に会えたら、私は変われたのかな? ……君の言う通りだ、何も反論ができない。捜査官失格か……そうだな、私は総監に相応しくない。君や松蔭寺総監を冒涜し、正しい君達の正しさを踏み躙った間違いだらけの私には。ロベリア、君の捜査官の地位剥奪の取り消しを正式に認める。ロベリア二等捜査官、君のような人が総監になってくれたら、この国は良くなるかもしれないな」


 ローレンスは一つの宝珠をリーブラに手渡すと、大法廷を去っていった。

 そこにはこれまでのわたくしとローレンスのやり取りが全て記録されていた。これをエドワード国王陛下に提出すれば、捜査官の地位は今度こそ正式に地位剥奪の取り消しが認められる。


 ……まだ、エドワード国王陛下の貴族の地位の取り消しがどうなるか分からないし、『魔女』認定の方もどう転ぶか分からないけど。

 ローレンスにこの後、どのような処分が下るかは分からない。総監の地位の取り消しだけで済めばいいのだけど……秋津洲では教唆罪は実行犯正犯と同じ罪が科せられると、刑法第六十一条に定められているのよね。


 さて、事件そのものは解決したけど、まだやることは山積みだわ。……特にある意味わたくしが元凶となってしまったこの戦争、一体どうすれば終戦させられるのかしら?



 ◆◇◆◇◆



 ユウリ達と合流して一先ず学園に戻ったわたくし達。


 わたくしは目を覚ましたラインハルトにローレンスから受け取った宝珠を手渡した。

 ラインハルトをこの宝珠の記録を根拠にわたくしの無実を訴えるために王宮に戻った。これで後はみんなが頑張りに期待するしかない……と思っていたところで、予想外の出来事が二つ起きた。


 一つ目はわたくしの『魔女』認定の撤回を求めに至高天エンピレオ教団の総本山に戻っていたアレキサンドラとアウローラの帰還。

 そして、告げられたのは至高天エンピレオ教団の枢機卿以上の上級聖職者達が礼拝堂で惨殺されて居たという壮絶な事件だ。


 犯人は……まあ、なんとなく分かるわ。間違いなくそこで知らぬ存ぜぬを決め込んでラウンジで食事をしているユウリね。

 父親であるベルナルドゥス筆頭枢機卿を殺された息子のアレキサンドラは辛いと思うけど、今回の惨殺事件は悲しんでばかり居られる内容ではない。

 犯人によって残された告発文――もし、これが事実なら至高天エンピレオ教団の女神ベアトリーチェの正体は至高天エンピレオ教団によって過労死させられた大聖女様で、死後も教団の求心力集めのために使い潰されてきたということになる。……アレキサンドラとアウローラにとってはベルナルドゥスを殺された以上に辛い事実よね。


「ユウリさん、あの告発って本当なのかしら?」


「ん? なんで自分に聞くの? その事件初耳やし、自分が知る訳ないやろ? それに、そこに聖女様が活躍する以前から生きとる転生者がおるんやから、彼女に聞ったらええんちゃうかな?」


 ……犯人は間違いなくユウリだと思うけど、やっぱり知らぬ存ぜぬか。犯行に使われたの鋭い糸だし百パーセントこの人が犯人で間違いないと思うんだけど。まあ、彼女には彼女なりの理屈があったと思うし、咎めることも告発することもしないけどね。……きっと、わたくしの断罪を許せなくて行ったってところもあったと思うから。


 彼女と、ユウリが指差した先にはデルフィニウムの姿があった。

 羽衣姿からメイド服に着替え、ロッテンマイヤー達に警戒の視線を向けられる中、淡々と我関せず本を読んでいる。


「デルフィニウムさんってそういえばいつから生きているの?」


「お嬢様、女性に歳を聞くのはマナー違反だと思いますが。……そうですね、俺も数えるのが面倒になってから数えてませんが、松蔭寺初代総監と現世こっちでも前世あっちでも話をしたこともあります。まあ、この世界の二番目の転生者と言えますね。ちなみに、ベアトリーチェさんが聖女になったのも時代的には変わらない位置ですが、王国統一の過程で起こった戦乱によって生じた七体の強大な力を持つ魔物――七罪魔天の最初の一体が封印されたのは松蔭寺捜査一課長が転生してから五年後になります。俺が転生したのは七罪魔天の最初の一体が封印される二年前、その頃に聖女となったばかりのベアトリーチェさんと会ったことがあります」


 ……得体の知れない人だと思っていたけど、まさか初代国王の時代を知る人だったとはね。びっくりだわ……その頃から姿が変わらないって不老不死だったりするのかしら?


「デルフィニウムさん、ベアトリーチェさんってどういう方だったの?」


「そうですね……ど天然の阿呆の子でした」


「「「「「「「「「「「「「「「阿呆の子!?」」」」」」」」」」」」」」」


「えぇ、普通の村娘でしたが、少し抜けていて、必要以上にみんなのために頑張っちゃう子で、優しい女の子でした。自分に魔物を浄化する神聖魔法の力が備わっていると知った時、みんなのために危険を消し去るために浄化の旅に出たそうです。その力を当時の人々は恐れ、罵詈雑言を投げ掛けることもありましたが、それでも彼女は笑顔で浄化の旅を続けました。七罪魔天――王国統一のために滅ぼされた国の人々の怨念や弾圧に遭って消滅した宗教の神、そういった者達の負の感情が権化――その膨大な負の感情をベアトリーチェの神聖魔法だけでは抑え込み、封印するのが精一杯でした。そんな彼女を次第に支える人々も現れます。彼らは後の至高天エンピレオ教団の原型となる方々ですね。しかし、当時からその中には聖女を使って利益を産もうと企む者や、私腹を肥やそうと企む者も居ました。そういった方々が、ベアトリーチェの神格化を行っていくことになる訳ですね。その力を恐れる者、魔物と渡り合うベアトリーチェを化け物だと恐怖を抱く者――そういった人々の負の感情が、悪意が、魔力と混ざり合い新たな魔物を生み出します。そんな魔物と戦い続け、彼女の神聖魔法も力を失っていきます。長い間悪意に触れていれば、その輝かしい力にも影が落ちる――それでもベアトリーチェは笑顔を絶やさず頑張りました……本当の意味で彼女の仲間が居ない中、孤立無援で彼女は最後の七罪魔天を封印し……そこで限界に達しました。どれだけ取り繕っても、彼女の心は限界でした。あの陽だまりのような笑顔も、もう浮かべることはできませんでした。そして、彼女の神聖な力は反転し――闇に堕ちました」

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