CASE.40 わたしのぽやややや! で、みんなが元気になってくれたら嬉しいの。 by.ベアトリーチェ

<Side.身体臭穢/一人称限定視点>


「貴女が聖女のベアトリーチェさんですか?」


「うん、わたしはベアトリーチェだよ? 聖女っていうのは良く分かんないけど」


「ですが、神聖魔法の力で魔物を浄化しているんですよね?」


「うん、ぽやややや! ときらっきらの力であの黒い獣さん達を綺麗にしながら旅をしているの」


「……意味不明です」


 薄い蒼髪に碧眼の十七歳くらいの少女の姿で転生したのは俺は、この世界を旅して情報を集めている途中だった。

 神聖魔法と呼ばれる特別な力を持つ少女が旅をしていると聞いて興味を持った俺は彼女に接触を試みた。

 ……まさか、強大な力を持つ得体の知れない気味の悪い少女として恐れられているベアトリーチェが、実際は途轍もない阿呆の子でそもそも会話が成立しないレベルだとは思っていなかったけど。……独特な感性をお持ちなのね。


「何故、危険な旅をしているのですか?」


「うーん、みんなが笑顔になって欲しいからかな? わたしのぽやややや! で、みんなが元気になってくれたら嬉しいの」


「理解に苦しみます」


「どうして? みんなが嬉しいとわたしだって嬉しくなるんだよ。そうだ、一緒に旅をしない?」


「お断りします。『不幸せな出生で苦痛に塗れた半生を送ったのだから、後の人生は天人のように素晴らしい人生を送るべきであり、送れる筈だ』と思っている私が、何故他人のために無償奉仕をしなければいけないのですか?」


「楽しいよ? 一緒に旅をしようよ!」


「嫌です」


 その後もベアトリーチェと会う度に似たようなやりとりをすることが度々あった。その度に断ったのだけど……今思えば、彼女の隣に居てあげたら何かを変えられたかも知れない。


「そういえば、名前なんて言うの?」


「今更ですか? 私に名前なんてありませんよ」


「名前ないの? 困ったなぁ……なら、わたしがつけてあげるよ! デルフィニウムなんてどう? イルカさんみたいな可愛い花なんだよ」


「デルフィニウムの花言葉は、清明や高貴でしたっけ? 私には似合いませんね」


「そうかな? デルフィニウムさんって高貴なお姫様って感じだよね? いいなぁ、可愛らしくって、美しくて。実はわたし憧れていたんだ〜」


「お姫様に?」


「ううん? お姫様を守る騎士様に! ズバッと、スパッと悪からお姫様を守るの! カッコイイでしょう?」


「その見た目で騎士様ですか……無いと思います。貴女は守られるお姫様の方でしょう? それに、私は剣士ですから」


「そっか……じゃあ、わたしの騎士様になってよ!」


「それは嫌です」


「けちー」


 あの子と一緒にいる時間が今でも俺の心の中に大切な思い出として残っているのは、あの子との旅が俺にとっても楽しい者だったからなのかもしれない。

 いつも一人だったベアトリーチェはずっと天真爛漫に笑っていた。どんなに傷ついても笑っているおかしな子……そんな分に思っていたから、俺は彼女の中に見えない傷が次々と刻まれていっていることに気づけなかったんだと思う。


 鷲獅子グリフォンを象った《傲慢の大罪ルシファー・シン》、天地を覆い隠すほどの翼竜ブリトラを象った《憤怒の大罪シャイターン・シン》、巨大な鯨を模した《嫉妬の大罪レヴィアタン・シン》、不死鳥フェネクスを模した《怠惰の大罪ベルフェゴール・シン》、巨大な蜘蛛を模した《強欲の大罪マモン・シン》、三頭犬ケルベロスを模した《暴食の大罪バアルゼブル・シン》、女悪魔サキュバスを模した《色欲の大罪アスモデウス・シン》――七罪魔天は次々と封印されていった。

 その度にベアトリーチェは激しく消耗をしていたが、持ち前の明るさで乗り切った。


 そんな彼女を崇める者、恐れる者、アダマース王国には様々な者達が現れる。

 いや、その本質は全て彼女に対する恐れだったのかも知れない。恐れるからこそ、災いをもたらさないことを祈って崇める……菅原道真天神のように。


 アダマース王国に渦巻いていた悪意は次々と魔物を生み出す。その魔物もベアトリーチェは必死に倒していった。

 次第に彼女から笑顔が消えた。それでも、無理矢理笑顔を作って笑おうとしていた。そんな彼女を俺は見て居られなかった。


 そして、最後の一体を封印し終えた日、彼女の心が限界に達した。

 神聖魔法は最も魔物を構成する混沌の魔力から遠い力――だからこそ、反転することで混沌の魔力へと変化する。


 長きに渡り溜めた穢れは、神聖魔法を黒く染め、ベアトリーチェを魔人へと変化させる。

 異形へと姿を変えつつあったベアトリーチェだったが、意識だけは執念で保っていた。


『…………デルフィニウムさん、お願いがあるの。最後のお願いよ……聞いて欲しいの。わたしを斬って……貴女ならわたしを殺せるわ。今ならまだ間に合う……わたしが、本当に堕ちてしまう前に』


「……嫌です。……私の神聖魔法なら」


『デルフィニウムさんも持っていたんだ……そっか。でも、無理だよ。もうわたしは魔物と同じだから……神聖魔法でも浄化されるだけ』


「……そんな……くっ、何かないのか! 俺に何か力があれば……ベアトリーチェを救える力が」


 あの頃は転生特典の概念も知らなかったから、ベアトリーチェを救う力の創造をすることはできなかった。

 苦しむ彼女を見て、覚悟の言葉を聞いて、もう俺に何かできる状態ではないことが分かった。彼女は魔人になることを望んでいない……それなら、彼女の望み通り終わらせるしかない。


『……ごめんなさい、こんなことをお願いして……わたしが不甲斐ないばっかりに』


「ベアトリーチェさんは良く頑張りましたよ。不甲斐ないなんてことありません……貴女は本当によく頑張った。……だから、もう安心して休んでください」


『あのね……実はわたし、デルフィニウムさんのことが好きだったの。女の子が女の子を好きになることはいけないことだけど……でも、わたしは貴女のことが好きだった。……ごめんね、最期にそんなことを言って』


 その時の彼女の口づけの感覚は今も残っている。

 俺の神聖魔法で魔人になり掛かっていたベアトリーチェは浄化され、消滅した。その事実は至高天エンピレオ教団も知らない……彼らは彼女が過労の果てにどこかで野垂れ死んだとでも思っているんだと思う。


 彼女がたった一人で築き上げた功績はベアトリーチェに協力したと言い張る至高天エンピレオ教団のものになった。

 やがて、ベアトリーチェは彼らによって改変され、女神ベアトリーチェとその化身大聖女ビーチェとして私腹を肥やす材料にされてしまう。


 そんな至高天エンピレオ教団に何度も憤りを覚えたけど、俺は何もしなかった。

 彼女が守りたいと願っていた人の中に、彼らの姿もあったから。



 ◆◇◆◇◆



<Side.ロベリア/一人称限定視点>


「昔話にお付き合いくださり、ありがとうございます。まあ、至高天エンピレオ教団の実態はそんなものです。事実を知らない若い世代や上位聖職者を除く信徒達に罪はありませんので俺も恨んではいません。……この真実を明らかにするも明らかにしないもの貴方達の自由です。ベアトリーチェさんは、自分の名誉なんて気にする人じゃありませんから」


「……この真実は必ず広めなければならない。父達が隠してきた教会に不都合な真実――それを隠していたら、また同じことの繰り返しになるからな」


「ご自由にどうぞ。どうせ、人間は変われません。また同じ間違いを繰り返すだけです……世界は少しずつ違いながらも結局永劫に回帰しているだけですからね。……俺だけが大切に心の中に仕舞っておいて忘れなければ、それで良いんです。ベアトリーチェさんの真実も、彼女がくれたデルフィニウムという名前に込められた気持ちも」


 デルフィニウムは「これで俺の役割は終わりですよね?」と言わんばかりに読書に戻った。

 デルフィニウムに向けられる視線が話を聞く前と後では大分変わっている。その向けられる同情の視線が気に喰わないようで、「チッ」とデルフィニウムは舌打ちを一回鳴らした。


 予想外の出来事の二つ目が起きたのは、デルフィニウムの過去話が終わってからしばらく経ってからのことだった。

 学園のラウンジに現れたのはいかにも海賊といった格好をした二人の女性。その後ろには万が一のことがあってはならないと警戒の目を男装した女海賊――アンとメアリに向ける職員達の姿がある。


「ロベリアさん、戻っていらしたのですね。……私達はロベリアさん断罪の落とし前戦争の報告に参りました。私達……というより村木さんが仕掛けた『ノアの方舟計画』に関する詳細と、私達がここまで来る間に見た巨大な魔物について報告させて頂きます」


 アンとメアリによれば、わたくしの『魔女』認定に怒りを覚えた村木さんがティーチ達と組んでこの四巴の戦争に第五陣営として参戦したらしい。

 硬貨の雨を降らせて爆発させ、貨幣の価値を消滅させる作戦に打って出たようだけど……随分とエゲツないことをするわね。


「まあ、私達はアダマース王国が滅んでくれて寧ろ万々歳ですが、リナリアさん達にご迷惑をお掛けしたらと申し訳ないと思い、急ぎ事情を伝えに参ったのですが……その途中、突如現れた巨大な魔物に襲われ、命辛々ここまで辿り着いたという状況です。最早戦争どころではなくなり、ここまで来る間にも両軍の兵士が協力して大量出現した魔物相手に戦っていました」


「その魔物の特徴は?」


「空を泳ぐ、巨大な鯨でした」


「……日畑さん」


「間違いないわね。《嫉妬の大罪レヴィアタン・シン》だわ」


 大聖女ベアトリーチェが封印した筈の魔物……もしかしたら、戦争で発生した大量の負の感情によって魔物が大量に産み落とされたのと同時に、ベアトリーチェが施した封印も弱まり、破られたのかもしれないわね。


「……とりあえず、村木さんの件は後回しにしましょう。今回の戦争は喧嘩両成敗だと思うし、誰一人罪を咎めない方向で調整してもらえるように提案させてもらうつもりだけど、それよりもまずは《嫉妬の大罪レヴィアタン・シン》……いえ、七罪魔天全てが復活している可能性が高いと考えた方が良いかも知れないわね。私達でできることは限られているけど、魔物を倒さないと終戦させることはできないわ。……ユウリさん、デルフィニウムさん、力を貸してくれるかしら?」


「まあ、最初からそのつもりだけどね」


「七罪魔天は因縁の敵ですからね……ベアトリーチェの仇は取ります。流石に同時に複数箇所での戦闘は引き受けられませんから、見つけ次第各個撃破していきます」


 ユウリとデルフィニウムが立ち上がり、一瞬のうちにユウリは姿を消した。


「月村さん、日畑さん、忘れないでください。一人では心が折れてしまうかもしれません……でも、二人なら支え合えます。折角俺と戦って生き永らえたんですから、こんなところで死なないでくださいよ」


 デルフィニウムはそう言い残すと、ラウンジを後にした。

 さて……わたくし達も行かないと。

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