CASE.38 共同幻想を前にすれば、個人の夢や感情など何も役に立たない。お前達もそれを理解する日が近いうちに来る。 by.ローレンス

<Side.ロベリア/一人称限定視点>


 王国刑事部門の最奥部にある大法廷――わたくしがかつて捜査官の地位を失ったその場所にローレンス総監の姿はあった。


 この世界の最古の転生者にして、常に真実を求め続けた男――松蔭寺辰臣が遺した『総監だけが着ることを許されたスーツ』に身を包んだローレンス総監は法廷の裁判長の座る席からわたくし達を見下ろしていた。


「外が騒がしかったからそろそろ来る頃だと思ったよ、ロベリア二等捜査官。いや、捜査官の地位も貴族の立場も失った君はただのロベリアだったね。……君を尊敬していた娘からの報告が途絶え、ディル捜査官達が何やらこそこそ調べていたからなんとなくこのような展開になることは読めていたよ。……さて、ここまで来たということは君の無実を訴えに来たのだろう? 私は君を『魔女』として突き出すつもりはないし、君が無実である証拠を提出することができれば、捜査官の地位の取り消しの撤回を約束しよう」


 リーブラのことはともかく、ディル君達のこともお見通しだったのね。

 その上で、ディル君達の捜査を妨害しなかったということは、よっぽど自信があるということね。


 リーブラから預かった宝珠を取り出す。リーブラの表情が翳り、ナーシサスはそんなリーブラを優しく支えた。

 リナリアとディル君が鋭い視線をローレンスに向ける中、わたくし達の平穏を取り戻すための戦いが始まる。


「こちらはリーブラさんが推理小説模倣犯連続殺人事件の被告に再取り調べを行った記録になります。まず、この事件について逮捕された被告全員が罪を認めており、彼らが事件の犯人であることに対して異論はありません」


 宝珠の記録音声を再生する。リーブラと被告達の取り調べの会話が大法廷に響き渡った。

 その中に含まれていた「王国刑事部門の関係者から雇われた」という一人の男に関する供述と、「減刑をする代わりに、こちらの言う通りの方法で殺害をして欲しい」という司法取引……いえ、もはや司法取引などと呼べるようなものではない。わたくしを貶めるための、個人的な取引ね。


「なるほど、王国刑事部門の中に君を嵌めた黒幕が居るというのだね。まあ、誠実な君が証拠を捏造するとは思えないし、仮にそれが事実だったとしよう」


「王国刑事部門が関与していると考えるもう一つの根拠は事件の内容にありますわ。一見、『完全犯罪』のトリックを利用して殺害したとされるこの事件ですが、死体を腐敗させるために暖炉で薪を燃やすトリックが全ての事件で意図的に排除されていました。『完全犯罪』を完璧に再現するという『完全犯罪』の模倣犯であるとすれば、この点は疑問が残ります。リーブラさんの証言によれば、ローレンス総監はせっかちで無駄を嫌い、常に最短距離で物事を進める性格なのだそうですね。『完全犯罪』を模倣したというイメージが伝わるように凝固点降下を使った証拠――塩が検出されればそれで事件は『完全犯罪』を模倣したと確定させることができますし、事件も不自然なほど連続して起こったのも逮捕が不自然なほど速やかに行われたのも、一刻も早くわたくしを王国刑事部門から消し去ろうとしたとなれば納得がいきます」


「なるほど……しかし、それでは黒幕を私だと断定することはできないのではないか? 王国刑事部門には多くの捜査官がいる。捜査に影響を及ぼせるとなれば上位の捜査官に限られるが、その中にもせっかちな性格な者がいないとは言えない。……君が無実ということは分かった。捜査官の地位の取り消しは撤回しよう」


「そして、最後のピースは貴方の娘――リーブラ・ブランシュ・マスターロウさんです。彼女は『父親からロベリアを監視し、その情報を適宜報告するスパイとして派遣された』という証言をしてくださいました。貴方がわたくしを危険視してスパイまで派遣するということは、事件になんらかの関わりがあるということですわよね? 普通は捜査官の地位を失った者にそこまでする必要がありませんから。……以上の状況証拠からわたくしはローレンス総監が事件の黒幕だったと推理しています。しかし、残念なことに物的証拠は何一つありませんし、動機も分かりません。……ですから、わたくしはローレンス総監に動機を聞かせて頂きたくて王国刑事部門の本庁に戻ってきたのです」


「……君は一度、罪を認めた。捜査官の地位の返還も君が了承したものだ。……何故今更、『魔女』追討の危険があるにも拘らず、この王国刑事部門本庁に戻ってきた?」


「別に今もわたくしに罪がないなどと思っておりませんわ。私には実際に模倣事件を引き起こさせてしまう土壌を築いてしまったという責任があります。……あの判決が出された裁判の時点でわたくしは王国刑事部門の内部に黒幕が居る可能性を半ば確信していましたが、それ以上に殺人事件の切っ掛けを作ってしまったわたくしに捜査官の資格などないと思っていました。今もわたくしに捜査官の資格はないと思っています……魔女として追われ、世に出せない推理小説を描き続ける、罪を犯したわたくしにお似合いの最後だと思っています。……ですが、リナリアさんとラインハルト殿下がそれを許してはくれませんでした。わたくしのやっていることは逃げだと、この事件にしっかりと向き合うことが本当の罪滅ぼしになると教えてくださいました。……できるならば、またリナリアさんとコンビを組んで捜査をしたい……でも、その希望が許されるとは微塵も思っていませんわ。この事件でわたくしの捜査官人生に終止符を打つつもりで、わたくしはこの場に居ます」


 この先どうなるかは分からない。だから、これがもしかしたら日畑さんとコンビを組む最後の事件になるかもしれない。


「やはり君は真っ直ぐだ。この王国刑事部門で誰よりも正義感に溢れている、捜査官らしい捜査官だ。模範的な捜査官と言っても良いかもしれない。『裁かれるべき人間が適切な処罰を受けるべきである』――君達も既に知っているだろうが、その考え方は初代総監、松蔭寺辰臣に極めて似ている。……だが、時に正し過ぎる正義は嫌われるものだ。かつて松蔭寺辰臣が後世の者達に嫌われて存在を抹消されたように。……認めよう、君を嵌めた黒幕は私だ。その動機は、君の正し過ぎる正義感だ」



 ◆◇◆◇◆



<Side.ローレンス/一人称限定視点>


 魔法学園に通っていた頃の私は、正しい捜査官になりたいと夢見ていた。

 このアダマース王国から犯罪を無くし、平和な国にする。そんな夢物語のような夢を本気で叶えたいと思っていた。


 私の友人には後に国王になるエドワード王太子と、後に枢機卿になるからベルナルドゥスがいた。

 エドワードは国中の誰もが飢えることも無く笑い合いながら幸せに暮らすことができる、そんな国造りを、ベルナルドゥスは至高天エンピレオ教団に継承されてきた治癒術で病で倒れる人を減らしたいとそれぞれ願っていた。


 まだ、何も知らない子供だった私達はそんな叶う筈もない夢を本気で叶えたいと思っていたのだが。

 だが、それぞれが地位を得る中で立場や考え方も変わっていく。様々なものに雁字搦めにされ、あるいは組織の思想に染まり、子供の頃に思い描いていた叶う筈のない理想を捨てていく。


 大人になるということはそういうことだ。社会の一員となり、子供のように立場など気にせず自由に生きることはできなくなる。

 私達は、君達のように立場を考えず動ける訳でないのだ。


 王家の人間ですらなかなか手を出すことができない王国の内部にありながら唯一の独立機関である王国刑事部門。

 その総監という立ち位置は極めて複雑だ。本来は国王ですら影響を及ぼすことはできず、国王に意見することやその罪を断罪することもできる正義の組織の長でありながら、同時に捜査官が貴族出身者が大多数である以上、貴族同士の柵や序列といったものも大きな影響を及ぼす。


 その絶対な権力で国のバランスを整えることこそが、王国刑事部門の役割だと私は考えている。

 王国刑事部門の長は正しいだけでは務まらない。

 真実を捻じ曲げる仲間意識、賄賂による減罪、邪魔な存在を消すための冤罪のでっち上げ――王国刑事部門内外の組織、国家、社交界、これら全てのバランスを保つためには君が悪と断じるあらゆることを行う必要も出てくる。


 決して、「検挙した被告が実は冤罪を掛けられていただけでした」などといったことを許されない。検挙率百パーセントの王国刑事部門でなければ、王国刑事部門への信頼が崩れてしまう。


 こうして私達は王国刑事部門という共同幻想を維持してきた。

 だが、君の正しい正義感はその努力を水泡に帰す。


 君の正しさはいずれかつての松蔭寺のように国家という共同幻想を壊してしまう危険を孕んでいる。

 松蔭寺の行いは国家を壊すには至らなかったが、彼の正義は危険過ぎた。そして、ロベリア、君の正義も松蔭寺の正義と同じだ。


 王国刑事部門には王国刑事部門の正義がある。組織や国家という共同幻想を守り、崩壊させないための組織の正義だ。

 君のような「真実を追及しなければならない」などという独りよがりな正義で王国刑事部門の輪を乱すな!


 確かに君は正しいかもしれない。私は間違っているかもしれない。

 だが、そんなことは関係ない。王国刑事部門の総監としての正義に私は従ったまでだ。


 全ては国家を、組織を、貴族社会を守るために行ったことだ。

 批難するならいくらでもするがいい、だが、これだけは言っておこう。


 立場ある人間になった時、例え間違っているとしてもその間違いを見逃さなければならない時が訪れるだろう。

 共同幻想を前にすれば、個人の夢や感情など何も役に立たない。お前達もそれを理解する日が近いうちに来る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る