CASE.37 月村さんがどこまで飛べるのか、見守るのも楽しそうだからね。 by.身体臭穢

<Side.ロベリア/一人称限定視点>


 先程ラインハルト殿下を包んだ青い輝きがわたくしの身体を包み込む。

 身体の奥底から力が湧いてくるような不思議な感覚がした。


 「鳴刀・鏡湖」を抜き払い、中段の構えをする。刀身に霊力を纏わせ、目に霊力を集中させる。

 わたくしの色眼では時の流れをスローモーションで感じることができるようになるけど、それでもようやくデルフィニウムの残像を捉えられるレベルでしかない。

 後は「鳴刀・鏡湖」の力を信じるしかないのだけど……。


「ところで、お嬢様はご存知ですか? 最上大業物は六本が流出し、「五光叢雨」、「血吸・童子切」は「影道化ジョーカー」が、「霹靂千鳥」は至高天エンピレオ教団の教皇が、「黒刀・夜叉哭」はアダマース王国国王がそれぞれ保有しています。さて、最後の一振り、「倶利迦楼羅」は誰が持っているでしょうか?」


「……デルフィニウムさんが、最後の一振りの所有者だったのね」


「えぇ、まあここまで言えば分かりますよね? 俺は最上大業物の力を知り尽くしています。そんな俺がこの棒切れ一本で「鳴刀・鏡湖」と戦うということは、当然勝算がある訳です。俺はただの木の枝であっても少し本気を出せば骨喰藤四郎並みの「斬る真似をしただけで骨が砕ける」ほどの力を持っています。これが剣士としての貴女と俺の決定的な差です。……能書きはここまでにしましょう。どうぞ、どこからでも掛かって来てください!」


「ダーク・ブリット!」


 日畑さんから聞いたロベリアが使う「闇の劫火球ダーク・ファイアボール」という魔法からインスピレーションを受け、収束して弾丸のように固めて放つオリジナル魔法。

 その弾丸を七発同時にデルフィニウムへと放つ。


「まるでマッチの火のような闇の魔力ですね。その程度なら剣圧など使わず吐息一つで消し去れますよ」


 デルフィニウムの言葉通り、吐息一つで闇の魔力弾が消え去った。

 ……覚醒状態のブラックホールを使えば勝ち目はあるかもしれないけど、わたくしにそのような力はない。……わたくしの魔法も大した力はないし、やっぱり剣術に頼るしかないかしら?


「桃李成蹊ッ!」


 猛烈な踏み込みと同時に、裂帛の声と共に爆発的な踏み込みにより一瞬でトップスピードに達し、一瞬にしてデルフィニウムに肉薄する。

 その身に浄化の霊力を纏わせることで自分そのものが霊を浄化する弾丸と化す線の浄化技で、霊力による身体強化も加わって攻撃力と素早さが大幅に上昇するのだけど、その全力の速度もデルフィニウムには遠く及ばない。


「桃花爛漫」


 桃色の霊力を纏った刀から流れるような斬撃を繰り出す。

 デルフィニウムの木の枝と幾度もぶつかり、散った霊力が桃の花弁のような形を作っては消えていく。


 あの理不尽な不可視の太刀も今のところは使われていない。

 よっぽど手加減をされてなお、これほどの強さなんて……本当に底が知れないわね。


「これほど打ちあっても壊れないとは、流石は霊刀と化した最上大業物ですね。打ち合った武器の耐久度を減少させるという元来の性質に加え、お嬢様の霊力を吸収する中で霊力の伝達力が高く、更に強度が上がり浄化能力も持った刀へと進化した――これならば、「倶利迦楼羅」の浄化の焔が無くても三毒を浄化できるかもしれません。……しかし、残念でしたね。俺を倒さなければ浄罪は果たせない。そして、お嬢様の実力では俺を倒すことはできない!」


 何度打ち合っても「鳴刀・鏡湖」は砕けない。ミスタリレクラスの強度だったらとっくの昔に折られていてもおかしくはないから、最上大業物はミスタリレ剣を超える強度を持っているかもしれないわね。

 ……まあ、「鳴刀・鏡湖」と互角に打ち合って壊れないただの木の枝の方が意味不明なのだけど。


 霊力を研ぎ澄ましていく。一気に速度を上げて不可視の領域に達した太刀を、捉えた残像や身体の動かし方で辛うじて捉えた筋から瞬時に計算――ギリギリのところで木の棒の斬撃を防ぎ、想像を絶する強烈な痛みが腕に襲い掛かる。

 一撃一撃が渾身の一振り――それが都合三十連撃。

 見えない鋼と木の棒の錯綜が、白熱した大気の輝きを放つ。


「――ッ! これならどうですッ! 桃弧棘矢」


 錯綜の最中に霊力を展開――桃色の霊力を無数の矢へと変換し、放った……けど、その矢全てが素手の左手に叩かれて消滅した。

 かなりの霊力を込めたのだけど……やっぱり、わたくしではデルフィニウムに勝つことはできなかったか。


「これでチェックメイトです。天衣無縫」


 これまでの速度を遥かに凌駕し、自身の影さえも追いつけないほどの神速の一撃が木の枝から繰り出され、わたくしは全身が焼け爛れるような熱を感じたのを最後に目の前が真っ暗になった。



 ◆◇◆◇◆



「……じょ……ぶ!? 大丈夫!?」


 日畑さんの声が遠くから聞こえた気がして、暗闇の中から浮上した感覚に襲われて目を開けると、目の前には心配そうに見つめるリナリアと、ディル君、ナーシサス、リーブラの姿があった。


「……どうやら、四人とも無事なようね」


 身体を動かそうとすると、少しクラッと立ち眩みがした。


「聖魔法で傷は治癒した……でも、傷口から噴き出た血液までは戻らないわ。……あたし達は大丈夫よ。デルフィニウムさん、あれから攻撃をしてきていないから」


 予告通り一歩も動かず、リナリア達にも攻撃をしなかったようね。


「ようやく起きましたか? 宣言通り、攻撃を仕掛けて来なかった四人には致しませんでした。ただ、攻撃を仕掛け無かったとしても、俺を無視して先に進もうとすれば攻撃の対象に加えます。俺を倒さない限り先へ進めないことをお忘れなきよう」


 事態は全く好転していない……どころか、先程の立ち合いで改めてデルフィニウムに勝つことができないことが分かった。

 ……本気で出直しも検討しないといけないわね。


「ついでに、逃げるようなら容赦なく攻撃します。大人しくここに留まり、捕まりなさい」


 ……そして、逃げて態勢を立て直すことも許されない。

 本当にチェックメイトね。


「……葵さんも皆様もここまでよう頑張りました。ここから先は自分に任せてください」


 音もなく現れたユウリがわたくしの頭を撫でると、そのままデルフィニウムに向かって歩いていく。


「久しぶりやね、身体臭穢。ちょっとそこ、道を開けてくれないかな?」


 いつの間にかデルフィニウムの周囲に無数の糸を張り巡らされていた。

 その糸は少しでも動けば確実に身体を切り裂くように計算され尽くされて配置されている。


「確かに、貴女と戦っても面白そうですが、一歩も動かずに貴女を仕留めるのは骨が折れそうですね。今回はお望み通り降参致します」


 デルフィニウムが木の枝を捨て、降伏の姿勢を示した。


「さて、気ぃ失うとるメンバーの保護と身体臭穢の監視は自分がやっておくから、安心してやるべきことをやってくるとええで。キバリ、月村さん」


 未だ目を醒さないラインハルト殿下達のことはユウリに任せ、わたくし達五人は王国刑事部門の本庁の中へと進んでいく。



 ◆◇◆◇◆



<Side.身体臭穢/一人称限定視点>


「あーぁ、行っちゃったね。まあ、私は月村さん達に報われて欲しかったから望み通りで嬉しいんだけどさ。……身体臭穢、君は良かったの? 君って私の切断の概念なんて無視して攻撃できるでしょう?」


 確かに、俺の転生特典ならば切断という概念を固めたような哲学武装の糸にも対抗できる。


 俺の転生特典は「あらゆる即死能力の無効化」、「不老不死」、「本来は一つしか持ち得ない魂を九つに分化させた九つの根源をその身に宿す」の三つ。


 一つ目の転生特典はかの有名な即死チート能力すらも念頭に置いたものであり、例え即死の域を超えた世界すら殺す力であっても即死という名前がつけられている限りあらゆる即死能力を無効化し、即死耐性や即死無効を貫通する力をも無効化してしまう。


 二つ目の転生特典は、魂が消滅しない限りは老いもしなければ死ぬことも無いという文字通りの不老不死であり、例え傷を負っても時間が巻き戻るように即座に再生する。例え体外から失われた血液が蒸発しても瞬時に凝結し、体が弾け飛ぼうと瞬時に収束して身体を再構成する。


 三つ目の転生特典は、唯一の弱点である魂の消滅による死を少しでも遠ざける力だ。

 本来は一つしか持ち得ない魂を九つに分化させた九つの根源をその身に宿す。だが、その身体というのは時空連続体上に存在する前後四時間の自身の身体であり、その全てに同時に消滅攻撃を打ち込まなければ残った根源から蘇生し、その失った根源すらも即時再生する。


 その根元の位置は観測者の見ている地点ごとに変化し、過去に転移すると根源の位置もその部分を基準とした位置に変化する。仮に攻撃者の位置が重なっていれば、両方を含めた位置に根源の位置が固定されるものの、九つの根源を同時に破壊することは過去と未来と現在への同時消滅攻撃を放つくらいしか方法がない。


 ……ここまですればまず殺されないと思ったんだけど、創作にも造詣がある不楽本座が過去、現在、未来、並行世界、因果律を同時に攻撃して、相手の存在自体を消し去るという能力が創作にはあるって言っていたんだよな。

 まあ、流石にこの世界にそのような力を持つ者は現れないだろうが、万が一の場合に備えて四つ目の転生特典も考えておいた方が良さそうだ。


「まあ、仕方ありませんよ。それに、あの国王の治世はどの道もうすぐお仕舞いです。アダマース王国から既に多数の裏切り者が出ていますし、この戦争以後もこれまで通りの治世をすることは不可能でしょう。どの道、より良い生活は得られなかったと思います。まあ、今回は断罪の段階で受けてしまった仕事でしたから、俺の先見の明が無かったということですね。……ただ、お嬢様とは一度剣を交えたいと思っていましたし、それなりに楽しめましたから収穫はあったと思います」


「木の枝であそこまでハンデをつけて……嫌味に聞こえるよ。二人目の転生者にして、世界最強の剣士さん」


「……まあ、お嬢様と俺では実力に開きがありますから。ですが、俺の剣について来られたのですからその実力は本物ですよ。これからの成長が楽しみです」


 さて、この戦争が終わったら元の鞘に収まりますか。

 月村さんがどこまで飛べるのか、見守るのも楽しそうだからね。

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