CASE.29 男子ウケするゆるふわ女子って同性から嫌われやすいのよね。 by.リナリア

<Side.リナリア/一人称限定視点>


 魔法学園のラウンジの設置された臨時捜査本部。

 そこにザフィーアに連れられて来たサピロスからロベリアの過去の位置情報を得たものの、状況は全くと言っていいほど好転していない。


 既に、この国の全陣営がロベリアを見失った。『魔女』追討に並々ならぬ熱意を燃やし、騎士修道会を動かして来た教会上層部も、この戦火の前に少しずつ方針を変えざるを得ない状況になっている。


 各地で大規模な武力蜂起が起こり、アダマース王国は本格的な内乱の時を迎えている。

 アダマース王国軍はかなりの劣勢でいたるところで撤退という選択を余儀なくされている。


 といっても、この戦争の死傷者は現在までほとんど出ていない。

 どちらの陣営も元は同じアダマース王国の人間で、互いに実際に戦場に出ている者達も不承不承ながら戦っていることは理解しているし、全ての王国騎士や騎士修道会に所属する人間がアダマース王国や至高天エンピレオ教団の教会上層部に忠誠を誓っているという訳ではないし、中にはこれまで仕えてきた国や教会の現在の方針に懐疑的な者達も多い。


 そんな彼らは裏切り者小早川秀秋と化し、反王国派や神聖至高天サンクトゥス・エンピレオ教団側に寝返った。……まあ、小早川秀秋のようにどちらが益になるか考えた挙句の離反というよりも、何が正しくて何が間違いなのか、その判断が難しくなっているアダマース王国の今を生きる者達が、自分が正しいと思った方に進む中で最終的に離反を選択したという事例の方が多そうだけど。


 そしてこの日、リーブラが臨時捜査本部に姿を見せた。

 彼女にとっては今まで信じていたものを否定する証拠を集めるという、まさに地獄そのもののような捜査だったと思う。この捜査をリーブラに押し付けたあたしは相当な外道よね。


 彼女はこの捜査できっと何度も心が折れ掛けたと思う。それでも、この見たくもない真実の証拠を集めるという辛く苦しい仕事を彼女は耐え抜いた。


「……リナリア、さん」


「……ごめんなさい、辛かったわよね」


 悲痛な表情の彼女から受け取った資料に目を通す。

 心身の疲労と長時間の捜査で限界に達したリーブラは遂に倒れてしまった。


 彼女を医務室に連れて行ってもらえるように職員にお願いしてから、あたしは捜査資料から自分の推理が正しいものだということを確信した。


「やっぱり……そうだったのね」


「リナリア、何が分かったんだ?」


「順番に説明するわ」


 リーブラが持ち帰ったのはロベリアが捜査官の資格剥奪という処分を受けた「推理小説模倣犯連続殺人事件」の加害者達への事情聴取の記録だった。

 その内容を確認する前に、まずは事件の内容を確認しないといけないわね。




●ヒルデガード・ロータス

 推理小説模倣犯の一人。とある貴族に仕えるメイド。ロベリアが書いた初の推理小説『完全犯罪』のトリックを利用して言い寄ってきた貴族の男を殺害した。


●レクター・ジェーブル

 推理小説模倣犯の一人。王都に店を構える商人の男。借金をしており、取り立て人の男をロベリアが書いた初の推理小説『完全犯罪』のトリックを利用して殺害した。


●シルヴィア=シォールク

 推理小説模倣犯の一人。王都在住の女性。不倫した夫と不倫相手の女性をロベリアが書いた初の推理小説『完全犯罪』のトリックを利用して殺害した。


●アイゼル=ジョーヌ

 推理小説模倣犯の一人。王都在住の男性。大金を借りていた昔からの友人をロベリアが書いた初の推理小説『完全犯罪』のトリックを利用して殺害した。




 この一見関係性のない四人が『完全犯罪』を読んだことで、殺害を決意したと結論付けられた事件。

 まずここであたしが疑問に思ったのは、事件解決が早過ぎることだった。


 全員が逮捕されるまで大した時間も掛からなかった。まるで、最初から事件が起こされることが予感されていたかのように。

 それに、理由不明な減刑が行われている。ここから、この国で司法権と捜査権を持つ王国刑事部門の関与が疑われる。


 といっても、これはあくまで想像の域を出ないもの。そこで、あたしはリーブラに事件の再取り調べを依頼した。

 そこから見えて来たのは、「王国刑事部門の関係者から雇われた」という一人の男。


 彼は、四人の犯人達に「減刑をする代わりに、こちらの言う通りの方法で殺害をして欲しい」という交渉を持ち掛けた。

 殺したい相手がいた四人は、その話に乗って言われるがままに殺害した。もうこの時点で王国刑事部門がこの事件に関与していたことは確定する。……まあ、具体的に誰が行動を起こしたかまでは絞り込めないのだけどね。


 ところで、今回の事件に王国刑事部門が関与していると考えるもう一つの根拠は事件の内容にある。

 一見、『完全犯罪』のトリックを利用して殺害したとされるこの事件――しかし、死体を腐敗させるために暖炉で薪を燃やすトリックを意図的に排していて、『完全犯罪』を完璧に再現するという『完全犯罪』の模倣犯であるとすれば疑問が残る箇所がある。


 恐らく、ロベリアを排除しようとして暗躍した黒幕はかなり捜査を熟知している人物だった。

 『完全犯罪』を模倣したというイメージが伝わるように凝固点降下を使った証拠――つまり塩が検出されればそれで充分ロベリアを処分と考えたんだと思う。肉体の腐敗をわざわざ引き起こす必要性を見出せなかった黒幕は、徹底的に無駄を廃した。黒幕はきっと、かなりせっかちな人間だったのね……だから、事件も不自然なほど連続して起こさせ、逮捕も不自然なほど速やかに行い、ロベリアを王国刑事部門から排除した。


 ロベリアを嫌っている者は王国刑事部門にはかなりの数いると思う。

 その中から減刑の権限を持つとなるとかなり上位の人間に限られてくるけど……。


 その最後の一ピースは、ロベリアの相棒を名乗り、あたしのところにやって来てくれた。

 リーブラ・ブランシュ・マスターロウ――彼女の「父親からロベリアを監視し、その情報を適宜報告するスパイとして派遣された」という証言――そこから、最有力犯人の像が浮かび上がってくる。


「ロベリアを最初に嵌めたのは、ローレンス・ジョージ・マスターロウ総監だわ」


 あたしも、そんな筈は無いと思っていた。だって、ローレンスは「明記されていない盲点を突かれた時には、それを特例として認める大きな度量と、それを先例として認めるつもりはないという組織の庁らしい側面」を両立した公正な総監らしい総監で、尚且つ、ロベリアがヴァリアンとスピーリアと対立しているとよくロベリアに助け舟を出してくれる、王国刑事部門でも珍しいロベリアの理解者だった……。

 でも、あたしよりもきっとリーブラさんの方がその事実を否定したいと思っていたと思う。そんな訳がないと、父を擁護するための証拠を見つけようとして……。


「もし、仮にロベリアを嵌めたのがローレンスだったとしよう。……その後の連続した貴族位の剥奪と『魔女』認定との繋がりはどう考える?」


「確かに、エドワード国王陛下とローレンス総監、ベルナルドゥス筆頭枢機卿は学園と学院時代の友人……もし仮に三人がロベリアさんの存在を疎ましいと思っていて、結託してロベリアを消そうとした……と考えることもできそうだけど、これについては本当に結託していたのかという疑問があるのよね? ローレンス総監の動機は分からないものの一つ目の黒幕であることは確定。エドワード国王陛下がロベリアさんの断罪を狙ったとしたら、その動機は不明よね。最後の『魔女』認定は……」


「……私が療養所のことを進言したことですね。そこにロベリア様が絡んでいると考えてもおかしくはありません」


 『魔女』認定の理由は想像に難くないし、ローレンス総監の動機は分からないけど、これについては本人に聞くしかないと思う。

 残るは……貴族の立場剥奪の意図か。これはアダマース王国の王族派貴族の総意か、それともエドワード国王陛下の独断か……。



 ◆◇◆◇◆



 この一連の事件の最後に残った謎。

 この解明に繋がる情報を持って来てくれたのは、今までずっと姿を消していたディル君だった。

 その隣には腕を絡めてラブラブなオーラを振り撒いている尻軽捜査か……三等捜査官のナーシサス・フュサリス・シンビリウム侯爵令嬢。


 そして……。


「ヴァリアン・ガニマール・フィアンマ一等捜査官、スピーリア・レストレイド・エイプリルファースト一等捜査官……何故貴方達が」


「あぁ、なんだ民間人! 俺達が来ちゃいけねえっていうのかッ!!」


「そこの三等捜査官が王国刑事部門捜査資料図書館で毎日不毛な捜査をしていましたから見てられなくて、このエリートのスピーリアが本領を発揮して三等捜査官の探していたものを見つけ出したのです。全てはこのエリートのスピーリアの尽力あってのこと」


「ンだと、この似非インテリ眼鏡! お前、結局全部空振りだったじゃねぇかッ! ……俺達はロベリア、アイツのことが嫌いだった。一々俺の捜査に首を突っ込んでは嫌味を言う……本当に最悪な奴だと思っていた。……だが、それでも俺はロベリアの事件に正しく向き合う姿勢を評価していなかったって訳じゃねぇんだ。悔しいが、アイツは本物の捜査官だ。――俺はアイツと決着をつける! どっちが優れた捜査官か! だから、その前に勝ち逃げされちゃ困るんだよ!!」


「……まあ、そんな感じでお二人も協力してくださいました。お役に立った……と言うと嘘になりますが」


「「――なんだとッ!?」」


「ディルさんが頑張っていなかったら、誰も協力しようとは思わなかったわ♡ ディルさんが頑張っていたから、ナーシサスもいっぱい頑張ったの♡ ……本当のことを言えば私、ロベリア先輩のことが嫌いでした。お洒落にも興味がなくて、愛想も振りまかなくて、ただひたすらに事件に打ち込む女……あの人を見ていると、私がどれだけ情けないか思い知らされました。それに、ディルさんに好かれたくて、思いきってアタックしていたのに……ディルさんはロベリア先輩のことしか見ていなくて、私、ロベリア先輩に嫉妬していました。……正直、ロベリア先輩に勝つことはできないことは分かっていました。先輩が消えてくれたら……と思ったことも何回もあります。ですが、ディルさんの頑張りを見ていると、ああ、私はなんて馬鹿だったんだって……そう思いました。ロベリア先輩は真面目に捜査をしていただけ、私のように色恋にかまけてないで全うするべき職務を全うしていた。そんなロベリア先輩にディルさんは憧れたんだって。……私はディルさんの力になれたら、もうそれで良かったです。……リナリアさん、ディルさんの頑張りをどうか受け取ってください」


「ありがとう、ディル君、ナーシサスさん、ヴァリアンさん、スピーリアさん。……ごめんなさい、ナーシサスさん。あたしもナーシサスさんのことを誤解していたわ……嫌な女だなんて思っていてごめんなさい」


 男子ウケするゆるふわ女子って同性から嫌われやすいのよね。

 きっと、昔から女子達に嫌われていて……だから、男の人達に愛想を振りまいて悪循環に陥っていったんじゃないかって思う。あの甘ったるい声も作っていたものだってことは分かったし。


 そっか、ナーシサスは本当にディル君のことを好きだったんだね。


「ちょっと待ってください! まさか、リナリアさんも私のことが嫌いだったんですか!?」


「なんのことかな? ……良かったね、ディル君」


「なんのことです?」


「「この超絶鈍感男ッ!!」」


 ちょっと、ディル君……流石にダメじゃないかしら? ここまで言われて気づかないとか、どこの難聴系主人公なのよ!?


「とにかく、この資料はありがたく頂戴するわ。……えっと、初代総監……松蔭寺シャウインジ辰臣タツオミに関する記録?」


「何!? ショウインジだと!?」


 ……ラインハルトの反応を見る限り、どうやらディル君達は正解を引き当てたみたいね。

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