CASE.28 霊峰の山小屋でコクの深い厚みのあるアップルパイを提供するって、どこぞの世界最強の剣士さんみたいですね? by.ユウリ

<Side.ロベリア/一人称限定視点>


 アダマース王国と隣国エーデルワイス王国の国境には、エーデルベルクと呼ばれる霊峰がある。

 八千メートル級のこの山を含む山脈は魔法のある異世界でも踏破が困難を極めるため、アダマース王国がエーデルベルクを越えてエーデルワイス王国に侵攻したという記録も、エーデルワイス王国がエーデルベルクを越えてアダマース王国に侵攻した記録も、現在まで存在しない。


 このエーデルベルクのアダマース王国側の約千メートル地点にある山小屋で、わたくしは山暮らしをしていた。

 捜査官になったばかりのわたくしがユウリと出会い、彼女に頼んで何度か連れてきてもらった、マリーゴールド公爵家の関係者も知らない秘密の場所。


 この過酷過ぎる環境は、身体能力を鍛えるのにぴったりだった。

 身体の基礎能力を底上げし、剣の腕を磨き、霊力を研ぎ澄まし、浄眼のレベルを高め……この山での過酷な修行が、わたくしの戦闘能力を自衛程度からそこそこのものへと高めた。


 修行に支障がないようにと様々なものを屋敷から持ち出し、運び入れた山小屋は生活するには十分なものだった。

 たまに物が無くなれば山を降りて麓の村に出かけ、仕事の依頼を受けて少しばかりのお金を稼ぐ。エーデルベルクの過酷な環境に適応した動物達は格好の獲物、彼らを狩って、調理して、食す……こういう生活も悪くはないと思う。


 この山にまで追っ手が来ることは、まあ、まず無いと思うわ。

 ど田舎もど田舎、わたくしが公爵令嬢であることを知っている人は尚更、こんな田舎の自給自足の生活ができる訳がないと思っている筈。


 まあ、いつまでもこの国に留まっているつもりはない。山越えができるだけの体力を得て、山にも適応することができたら、前人未到のエーデルベルクに挑戦してみようと思う。

 悪役令嬢が他国に亡命……なんで話がネット小説にもいくつかあるって、そういえば日畑さんが楽しそうに話していたことがあったっけ?


 そういえば、日畑さんが最推しだって話していたネット小説では、アラビアンファンタジーな隣国の王子と結ばれる番外編を連載していて、本編こそ面白いところで止まっているものの、それはそれでかなり面白くなってきていたって言っていたわね……最後まで読了するまでに死んじゃったそうだけど。

 異世界を舞台にしながらも、内に込められた教訓は現実世界にも通じるところがあって、皮肉めいてアイロニーを込めて描かれる貴族世界の風刺には秀でたところがあるって、一端の批評家みたいなことを言っちゃって。


 あの話は砂漠越えだったけど……山越え単独踏破とどっちが厳しいのかしら? 砂漠を抜けるのは、それはそれで大変よね。


「さて、焼けたかしら?」


 火の魔道具のオーブン擬きからアップルパイを取り出す。麓の村で作られたカルヴァドス――林檎を原料とする蒸留酒――を隠し味に使い、村でお裾分けしてもらった林檎をふんだんに使った自画自賛するのもなんだけど、最高の一品だ。


 同時に、ティーポットの紅茶をカップに注ぐ。この生活ではかなり貴重となった茶葉と共に林檎の皮を入れ、アップルの風味漂うアップルティーにした。

 林檎のジュースを使えばより林檎の味の濃い、美味しいアップルティーになるのだけど、まあ、林檎林檎だし、そこまで主張させてもね。


「儲かりまっか?」


「わやですわ」


「てっきり絶望して首でもくくってんちゃうかと内心ヒヤヒヤしとったけど、そこまでヘコんどる訳では無さそうやね」


 アップルティーをカップに注ぎ、アップルパイを切り分けて、いつものように神出鬼没な彼女らしく現れたユウリに差し出す。

 いつもはお茶菓子やお茶をパカパカと、馬のように飲み食いしているのに、今日はかなり遠慮がちだ。


「……葵さん、本当に大丈夫?」


「本当にユウリさんは優しいわよね。……わたくしは別に大丈夫だわ。捜査官の立場も私立探偵の職も失っちゃったけど、またお隣の国でやり直せばいいから」


「……それは、本当に葵さんの本音ですか? 私には、とても無理をしているように思えます」


「そうね……正直、かなり参っているわ。自分の書いた推理小説が原因で殺人が起こるなんて、とてもショックだった。そうよね、その可能性も確かにあったよね。私は、思慮が足らなかった……こういうことになるなんて……それなのに私は推理を捨てられない、本当に最低だと思うわ。……私を正義の体現者だって、ユウリさんは言ったよね? でも、私はそんなんじゃないわ。……本当に正しいのは、自分の正しいと思ったこと最後まで貫ける人、悪を憎むなら、「裁かれるべき人間が適切な処罰を受けるべき」という主張を貫かなければならないのに。私はユウリさんやティーチさんの生き方を肯定してしまったわ。それもまた一つの形だと認めてしまった……私はブレブレの人間だわ。結局、私は興味があることだけを追求している、不公平な人間。そんな人間に、果たして罪人を裁く権利があると思うかしら?」


「自分は葵さんの正義は「他人の正義を受け入れられる」正しさやと思っとります。正義っちゅうものは普通、排他的なんやで。せやけど、葵さんは正しさについて悩み、様々な正義を許容することができる。その正しさは、葵さんのほんまもんの武器ですわ。……あの伝説の警察官ですら持っとらへんかった」


「待って! ユウリさんは一体何を知っているの!?」


「さあ、どこまででっかね?」


 こういうところは本当に意地悪だと思う。こうやって対等に話しているように見えて、やっぱりユウリさんの方が遥かに上の存在よね。


「しかし、霊峰の山小屋でコクの深い厚みのあるアップルパイを提供するって、どこぞの世界最強の剣士さんみたいですね?」


「あの……わたくし、推理小説以外はさっぱりですから」


「そうでしたね。……さて、美味しいおやつも頂きましたし、私もそろそろお暇しましょうか? 葵さん、また機会があればお会いしましょう」


「ねぇ……一つ気になっていたのだけど良いかしら? 貴女の転生特典って?」


「私の転生特典ですか? 「どこからでもなんでも斬ることのできる哲学武装の糸を取り出し、望むままに操る」と「神出鬼没で望む場所に好きな時に現れることができる」の二つですよ? 私は時を遡ることはできませんが、それ以外の望むところならどこへでも行けます。ロベリアさんに会いに行く時は、『ロベリアさんのところに行きたい』と思うだけで、ほらこの通りという訳です」


「…………本当にチートよね」


「転生特典って、そもそもなんなのか? 案外ただの願望の顕在化なのかもしれませんよ? 我々転生者は物語の外の人間ですから。だから、物語を逸脱した力を発現させることができるのかも知れません。まあ、私にも分からないことは沢山ありますからね。あくまで推測ですが。……それでは、あんじょうよろしゅう」


 神出鬼没のユウリは、山小屋から姿を消した。綺麗に完食されたアップルパイの皿と空のカップが残されている。


「さて、洗い物してからもう少し山で鍛えようかな?」


 腹拵えもしたことだし、早くしっかりと山に適応してエーデルベルクの単独踏破を目指さないとね。頑張るぞ、おー!!



 ◆◇◆◇◆



<Side.リナリア/一人称限定視点>


 ロベリアが王都から姿を消してからもう十二日以上経過しようとしている。

 今日、ロベリアの消息が完全に絶たれる前、最後に相対したサピロスから話を聞く機会に恵まれた。


 王国近衛騎士団騎士団長サピロス・アステリズム・コランダムが率いる王国混成騎士団の一部隊はロベリアと交戦し、惨敗に喫した。


 帰還したサピロスは、王の面前で叱責を受けたらしい。「王国近衛騎士団騎士団長ともあろうものが、『魔女』一人の討伐し失敗するなど……うんたらかんたら」、王族派の貴族達からも至高天エンピレオ教団の教会上層部の者達からも嫌味を言われ、散々だったそうね。

 そんな彼らの姿を目の当たりにして、サピロスはついに見切りをつけた。国王に折れた「朧月」を返還すると共に王国近衛騎士団騎士団長辞職を願い出たそう。


 無能と罵られながら謁見の間を出たサピロスは、王都にある屋敷に戻った。

 そして、サピロスについて行くと決めた近衛騎士団の騎士達や、他の騎士団所属の騎士達と共に騎士爵の爵位を与えられた時に同時に下賜された領地に戻り、反王国派としてこの戦争に参戦する覚悟を固めたそうだわ。


 本来、騎士爵と共に返還されるべき領地だけど、今は戦争中でそこまで手が回らない。寧ろ、戦時下にありながらサピロスのような強者を引き留めないどころか罵倒を浴びせるなんて……本当に負けたいのかしら?


 サピロスの脱退に伴い、騎士団内部からも多数の離反者が現れた。

 サピロスについて行くもの、そうでないもの、反王国派に鞍替えする者、戦火から逃げようとする者、立場は様々だけど、アダマース王国派の戦力は減退する一方で、もうロクな戦力は残っていないんじゃないかしら?


 さて、そのサピロスがこの魔法学園にやって来たかというと、サピロスの息子ザフィーアの助力があったから。

 屋敷に戻ったサピロスにザフィーアが重要参考人として魔法学園への同行を求めた。


 今のアダマース王国の国家組織は全て信用ならない状況にある。特に王国刑事部門に関してはかなり真っ黒よね……明らかに。

 そこで、魔法学園のラウンジに臨時捜査本部を設置し、そこを拠点にロベリアの捜索と、この状況の打開に策を巡らせることになった……まあ、ロベリアが戻らない限りは状況を変えることなんてできないから、実質ロベリアの捜索が最重要課題ではあるのだけど。


 現在もクヮリヤート家はロベリアに関する情報を一切見つけられていない。そんな中、サピロスは奇跡的にもロベリアと邂逅して交戦したという。他にも何度か戦闘があったそうだけど、情報を持つ騎士修道会と混成騎士団は未だ帰還せず、伝令も大した情報を持っていない上に、時間も錯綜……その上、どちらもアダマース王国と至高天エンピレオ教団が情報を握ってしまっているから諜報で上手く引き出してくれることを祈るしかない。


「ロベリア嬢と交戦したのは、『魔女』判定がなされてから四日後、グリューン大森林付近だ。……その後も何度か戦闘があったそうだが、俺達は勝ち目がないことが分かっていた上に、折角ロベリア嬢に救われた命だからな……二度目の戦いを挑むような愚かな真似はしたく無かった」


「ご英断だと思いますわ」


 ロベリアと交戦したのは者達の死亡者はゼロ。被害は武器破壊多数と、離反者の増大。騎士修道会からも、混成騎士団からもかなりの離反者が出ている。

 中にはロベリアの圧倒的な剣技を前に自身を失って騎士を辞めた者や、その恐ろしさから心的外傷後ストレス障害を患った者も多く居たそうね。


 サピロスの判断は本当に英断だった。当然のことをしたという風に思えるかもしれないけど、あれほどのプレッシャーを掛けられ、王都への帰還を決断できるというのは本当に凄いと思う。

 流石は攻略対象の父親というべきかしら?

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