CASE.27 これはロベリアさん(様)の相棒の座をかけた女の戦いなのです!! by.リナリアandリーブラ

<Side.サピロス/一人称限定視点>


 ロベリア・ノワル・マリーゴールド――彼女のことは、ザフィーアからの手紙でよく知っていた。

 ザフィーアにとっても、ザフィーアの友人達にとってもロベリアは仲間の中心にいるような存在で、陽だまりのような人だったらしい。


 胸の内に静かな正義の闘志を燃やし、絶対に悪を許さない、そんな正義感に溢れる少女だと聞いていた。

 貴族には珍しい子だと、その時は思っていた。


 ザフィーアからの学園生活を報告する手紙には、幾度となく彼女の名前が上がった。

 少しヒヤヒヤさせることも多く、時々想像もしないようなとんでもないことをしでかすが、そんな学園生活を心の底から楽しんでいることが手紙からひしひしと伝わってきた。


 ザフィーアとスカーレットが無事に結婚式を挙げることができたら、ロベリア様のことも招待して話をしてみたいと思っていたのだが……。


 ……まさか、こんな形で相見えようとはな。


 ロベリアは白のブラウスに桃色のフレアスカートという町娘のような出で立ちで、とても戦う格好には見えなかった。この姿で凄腕冒険者として活躍していたというのだから驚きだ。

 腰に佩刀した刀が異彩を放っている。


「……せめてもの情けだ。一騎打ちでお相手しよう」


「そういうのは要りませんわ。今更取り繕って善人ぶったって何も変わりませんわよ? ろくに双方の話を聞きもせず『魔女』認定したのでしょう? なら、悪人は悪人らしく正々堂々なんて態度を取る必要は無いと思いますわ。……それに、手加減して殺さず生け捕りに、というのもわたくしへの侮蔑ですわよね。不殺とは、圧倒的強者のみが語るべき言葉だわ。殺さずに手加減して真剣勝負の相手に挑むということは、その相手を舐め切っているってこと……そういうのは自分が相手よりも強いと証明してから言って欲しいわね。……一度剣を抜いた以上、互いに死を覚悟するものよ。その上で、本気でわたくしを殺しに来なさい。もし、それが嫌というなら、生け捕りにしてから市中引き回しの上に火炙り――火刑に処したいというのなら、それだけの力があることを今ここで証明してみなさい!」


「何だ貴様! 魔女の分際で!!」


「――待てッ!」


 ロベリアの言葉を挑発と受け取った騎士の一人が斬り掛かった。

 ロベリアは刀を抜き払うと同時に得体の知れない桃色の輝きを纏わせて一閃――その瞬間、騎士の剣に無数のヒビが入り、砕け散った。


「どうやら、大口を叩くだけのことはあるようだな。……いや、待てッ! その刀、まさか……」


「あら? 流石に刀を見る目はあるのね? この刀は「鳴刀・鏡湖」というそうよ」


「最上大業物十二工の一つ、波一つない湖面の刀――この俺の持つ「朧月」を凌駕する刀か!?」


 あの刀は行方不明になっていたが、まさか国宝級の刀をロベリアが持っていたとは。


「それに、「鳴刀・鏡湖」に振り回されず、それを本当の意味で扱える剣術の技術、だと。――ッ! 総員撤退ッ!」


「させませんわ。ダーク・コロッセオ、ダーク・バインド」


 闇の炎が地面から噴き出し、俺達を取り囲むように円を成した。

 更に地面から現れた黒い触手のようなものが、刀を折られた騎士の身体を縛り上げた。


「と、このように、不殺とは強者のみが語っていい言葉なのですわ。生殺与奪を握ってはじめて、こうして生かすか殺すかを選べるのですよ? 一つ勉強になりましたわね。……さて、騎士様? その頭に入っているものが筋肉でないのなら、この場で何をすべきかをよぉくお考えなさい」


「……総員、攻撃を仕掛けろ! 殺して構わん! そのつもりでいかなければ殺されるぞ!!」


「うふふ、それでいいのよ。……さあ、時間もありませんし、始めましょうか?」



 ◆◇◆◇◆



 戦いを始めてから五分程度経過したところで、既に連れてきていた部下が全滅した。

 と言っても、殺された訳ではない。最初にやられた騎士と同じように黒い触手に掴まれて行動不能になったのだ。


 それにしても、まさか、本当に不殺をやってのけるとは。

 彼女は常に一対一で戦っていた。これだけの全方位からの攻撃を、一人一人順番に対応する……それが最も効率のいい戦い方だとは分かっているが、それを実践できる者が世界にどれほどいるものか。


 ……少なくとも、俺には絶対に真似できない。


 一番に、俺が取るべき行動は撤退だった。あんな化け物に喧嘩を売るなど愚かな行為でしかない。

 だが、その選択はロベリア自身に封じられた。


 もし、ロベリアが優しくなければ俺達はとうの昔に殺害されていただろう。

 俺達は彼女の慈悲によって生かされている……それなのに。


「戦う前に一ついいか……何故、お前を捕らえ、火刑に処そうとしている俺達の命を奪おうとせず、不殺という枷を己に掛ける?」


「何故か……そうですわね。貴方にも家族が居ますわよね? この騎士様達にも帰る場所が、待っている家族がいらっしゃいます。わたくしが彼らを殺すことで誰かが悲しむことにならないようにしたいだけです。……と、模範解答的なことを言ってみましたが、結局はわたくしのためです。……事件を推理し、証拠を集め、真相を露わにする、人の一生を変えてしまう探偵や捜査官という地位の人間の手が血塗られているなど、決してあってはなりませんからね」


「……あくまでも、自分は捜査官であるというのか? その身分を剥奪されても、か?」


「いえ、この先捜査に加わることはないでしょうし、貴方達のおかげでこの国で私立探偵として働くこともできなくなってしまいましたから、本当にどうしようかと迷っているところです。……まあ、どんなに足掻いても推理という病魔から逃れる手立てはありませんから。……さあ、剣を取りなさい。わたくしを殺すつもりで……でないと、殺しますよ」


 嘘だ……彼女は俺達を誰一人殺さず、生かすつもりだ。

 俺達が全滅してロベリアに負けたことにすることで、逃げたという事実よりも被る不利益を少なくしようと。


「……そうだな。……胸を借りるぞ、ロベリア」


「それ、意味が伝わらなければただのセクハラ発言ですわよ!?」


 大きく踏み込み、上段から振り下ろす。小細工は一切無し、全力を尽くした振り下ろし――さあ、どう出る!


「甘いですわッ!」


 ロベリアの刀が「朧月」の刃を撫でるように滑り、猛烈な力と共に大きく弾いた。まさか、あの細腕でここまでの斬撃が。

 素早く弾かれた刀を基に戻し、斬撃を放とうとしたが、ロベリアが「鳴刀・鏡湖」の切先を素早く突き出し、「朧月」の刃の中心部に突き刺す方が速かった。


 猛烈な音を立てて「朧月」の刃が砕け散る。……これほどの名刀も最上大業物十二工の前では他の剣と大して変わらないということか。


「ダーク・バインド」


 俺の身体を闇の触手が拘束する。身体を縛られ、地面に縫い付けられる中、黒い炎の円が消え去った。


「それでは、ご機嫌よう」


 そう俺達に言い残すと、闇の触手はそのままに、ロベリアは森の中へと姿を消してしまった。



 ◆◇◆◇◆



<Side.リナリア/一人称限定視点>


 アダマース王国が四つの陣営に分裂し、内乱状態が続いている。

 あたし達の通う魔法学園もその影響を受けないということはなく……。


 各派閥の貴族の子女がそれぞれの領地に戻るということも増え、学園生や学院生の数は大幅に減っている。

 一方、魔法学園はこの戦争における立場を中立と表明し、自衛に動いた。多くの教師や卒業生達が加わり、魔法学園と魔法学院は戦場と化したこの国で最も安全な場所となっている。そのため、自領への帰還よりも、この学園に留まった方が生き残れると踏み、この学園に留まらせる保護者も一定数存在する。


 ロベリアの居場所は掴めていない。アダマース王国の中枢の人間を信用できない今、ロッテンマイヤーを含むマリーゴールド公爵家の居残り組が様々な場所に潜入して情報を掻き集めているけど、ロベリアの行方に関する情報は掴めていない。

 しかし、クヮリヤート家が諜報能力と裏の役目を担う暗部の一家だったとは驚きよね……そんな歴史が古く下手すると王家の諜報部門よりも充実しているクヮリヤート家が本気を出してなお見つけられないロベリアってのもそれ以上に驚異的な気がするのだけど。


 虱潰しに探すとしても、まずはロベリアの居場所の手がかりを掴まなければならない。

 クヮリヤート家がロベリアの居場所を見つけてくれることを祈り、魔法学園で日々を送っていたのだけど……。


「……皆様、初めまして。リナリア様には一度冒険者ギルドでお会いしましたね。……あの時は名乗りもせず大変申し訳ございません」


 授業も無くなり、ラウンジでクヮリヤート家の報告が来るのをラインハルト、ザフィーア、アレキサンドラ、アウローラの四人と待っていたその日、見覚えのある少女がガラガラのラウンジに姿を現した。

 ……この子は。


「ロベリアさんの、新しい相棒、ですね」


「もう、相棒ではありませんが。……改めまして、私はリーブラ・ブランシュ・マスターロウと申します」


「……マスターロウ? まさか、それって総監のローレンス様の」


「はい、その通りです。……本日は皆様にお力をお貸しして頂きたく参りました。私にそのようなお願いをする権利はないのですが……どうか、どうかお願いします!」


 リーブラの話によれば、彼女は元々父親からロベリアを監視し、その情報を適宜報告するスパイとして派遣されたらしい。

 父親の言われるままに、彼女はロベリアに近づいた。


「私がロベリア様の推理小説のファンです。あの方に憧れ、私も父と同じ道に進みたいと思うようになりました。元々は仕事人間で家族のことなんて考えもしない父と王国刑事部門を憎んでいました。しかし、あの推理小説を読み、ロベリア様のような信念のある捜査官になりたいと思うようになりました。……ロベリア様に近付いたのも、彼女の元で共に捜査して様々なことを学びたかったからです。父への報告もロベリアさんの不利になるようなことは書きませんでした。……それでも、ずっと罪悪感がありました。ロベリア様に自分がローレンスお父様の娘であることを隠していたことが……ずっと彼女を騙していたことが。私はロベリア様に相棒に選んで頂けたというのに……私はその喜びを素直に享受することができませんでした」


 あたしから相棒の座を奪った女……このリーブラって子をあたしは心の底から憎んでいた。

 この子さえいなければ、ロベリアの相棒はあたしだったのに……そんな負の感情があたしの中をずっと支配していた。


 でも、彼女には彼女なりの葛藤があって、ロベリアへの尊敬もあって……捜査に対しても真面目で。

 なるほど、だからロベリアは彼女を選んだのか。


「それなら、ロベリアさんに謝らないといけないわね。力を貸すわ……いえ、貴女にも力を貸してもらうと言うべきでしょうね」


「本当に……良いのですか?」


「皆様もそれで良いですわよね?」


 全員の了承を受け取り、あたしはリーブラを仲間に加えることになった。


「でも、ロベリアさんの相棒はこのあたしよ! 付き合いだって長いんだから……ロベリアさんと再会したら、絶対にあたしのことを選んでもらうわ!」


「いえ、私の方がロベリア様のことを尊敬しています! ロベリア様の相棒は私です!」


「全く、二人とも……ロベリアの婚約者がこの私であることを忘れていないかい?」


「「ラインハルト王太子殿下は黙っていてください! これはロベリアさんの相棒の座をかけた女の戦いなのです!!」」


 「私、ロベリアの婚約者だよな……一番ロベリアを愛しているのは、自分だけのものにしたいと思っているのは私なのに」と物騒なことを言っているラインハルトのことは捨て置いて、あたしとリーブラは火花を散らした。

 ザフィーア、アレキサンドラ、アウローラが怯えまくっていたけど……まあ、仕方ないわよね?


「リーブラさん、貴女がロベリアさんの相棒だというなら……助けたいというのなら、一つ頼みたいことがあるわ。ロベリアさんの捜査官の地位を奪ったこの連続事件の犯人にもう一度話を聞いてきて欲しいの。この宝珠に録音した上でね」


 事件の捜査をする中で、あたしも何個か記録用の宝珠をロベリアからもらっていた。

 この記録用の宝珠に証言を記録すれば、証拠になる。一度撮った音声を加工できない細工が施されているからね……録音するタイミングを狙うみたいな使い方もあるから、これでは冤罪は無くならないんじゃないかとずっと思っていたけど。


「分かったわ! 絶対にロベリア様の無実の証拠を見つけて見せるわ!!」


「これが、事件のファイル……の内容を写したノートよ。それじゃあ、頼むわ。もう一人の相棒さん」

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