CASE.25 ロベリアの話をすると、心が軽くなってくる。あたしがどれだけロベリアのことが好きだったのか、言葉にすればするほど分かってくる。 by.リナリア

<Side.リナリア/一人称限定視点>


「リナリアさん、それはどういうことだ? ロベリア様は、まさか父よりも……王国最強と呼び声高い王国近衛騎士団騎士団長サピロス・アステリズム・コランダムよりも強いと、本気で思っているのか?」


「えぇ、確かにそう言いました。……スカーレット様、ヘリオドール様、アクアマリン様がいらっしゃる時に話しておくべきだったかもしれませんが、お三方には後で機会があればお話ししたいと思います。……これからお話しすることは荒唐無稽だと思われるような内容です。信じて頂けなくて当然ですから、聞き流して頂いても構いませんわ」


「リナリア……本当に話すのか?」


「はい、ラインハルト殿下。ロベリアさんが居ない今、彼女に義理立てする必要はありませんし、知ったところで皆様に何かできる訳でもありません。別にあたしも、今更頭がおかしい女だと思われたって何も痛手にはなりませんから」


 あたしはこの世界の秘密や、ロベリア――月村葵に関して知る限りのことを話した。

 この荒唐無稽な話に、当然ザフィーア、アレキサンドラ、アウローラの三人は驚いた。


「あたしは何も、ロベリアさんの強さを何も根拠なく信じている訳ではありません。まずはロベリアさんが持っている、現在は異端な魔女の力とされてしまった浄化の能力。これは、精霊や妖精、種族的な鬼も含めたものを生まれついての鬼、人から堕ちた存在や転化した存在、亡霊などを人から成った鬼とし、その両方の討伐を担った鬼斬と呼ばれる人々が編み出した霊力と呼ばれる特殊な力を剣などの武具に宿す力なのだそうです。この世界の魔物は、生物が独自の進化を遂げたようなものではなく、瘴気の沼……闇の沼や負の魔力の吹き溜まりと呼ばれるものから出現する異形の存在です。あたしは、その実態は鬼斬が討伐していた鬼と同種のものなのではないかと考えています」


「リナリアさん……いや、日畑空さんだったな。貴方の前世にはそのような力を持つ者がいたのか?」


「リナリアで構いません。……正直、あたしも前世で実際に鬼斬と対面したことはありません。魔法のような力も、創作に出てくる架空のものという認識でしたから。……もしかしたら、前世の世界にも魔法や異能は存在していたのかもしれません。ただ、この世界のように当たり前のものとして広まっている訳ではなく、秘密主義で人目に触れないようになっていたんじゃないかと思っています。月村さんだって、偶然が重ならなければそのような力を得ないまま一生を終えていた可能性があります」


 「現実は小説より奇なり」なんていう言葉があるけど、全くその通りよね。


「月村さんによれば、鬼斬の力を使っているうちに新しい力を得たようです。……これも月村さんの師匠が教えてくれていた概念で、見鬼、或いは浄眼と呼ばれていたそうです」


 鬼を始めとする邪な存在、怪異を見破る能力。霊力の保有者が覚醒することがある能力で、霊力が目に馴染んだ時に開眼するとも言われる。清眼、浄眼、色眼、聖眼、空眼の五つの段階が存在し、それを総称して浄眼と呼ぶそうだから、本当にややこしい。


 清眼は鬼を始めとする邪な存在、怪異を見破る能力で見鬼の初期段階で、見破る能力を有する。


 浄眼は鬼を始めとする邪な存在、怪異を見破る能力で見鬼の第二段階で、視点を合わせることで僅かに怪異を浄化する力がある。


 色眼は鬼を始めとする邪な存在、怪異を見破る能力で見鬼の第三段階で視点を合わせることで僅かに怪異を浄化する力があり、更に時の流れをスローモーションで感じることができるようになる。


 聖眼は鬼を始めとする邪な存在、怪異を見破る能力で見鬼の第四段階で、視点を合わせることで怪異を一瞬で浄化するほどの力があり、更に時の流れを色眼以上にスローモーションで感じることができるようになる。


 空眼は鬼を始めとする邪な存在、怪異を見破る能力で見鬼の最終段階で、視点を合わせることで怪異を一瞬で浄化するほどの力があり、更に時の流れを聖眼以上にスローモーションで感じることができるようになる。また、相手の動きの予測が宛ら残像のように見えるようになり、極められた空眼は未来視の領域に到達する。


 ロベリアは、このうち色眼の領域に到達していると語っていた。時の流れをスローモーションで感じることができるという能力は確かに戦闘向きだと思ったわ。


「勿論、月村さんの強さはそれだけが理由ではありません。鬼斬の技と、色眼に加え、その力を十全に使いこなすために必要な身体能力も鍛えたそうです」


「何故、公爵令嬢がそこまでする必要があるのだ?」


「この世界が前世よりも物騒だからと言っていましたわね。それに、戦う技を持っていた方が捜査官として働くのにプラスになるから、とも。月村さんの前世はそこそこのお金持ちだったそうですが、高校生活を機に一人暮らしを始める以前から様々なことに自分の力で挑戦しなければ気が済まない性格ではあったそうですわね。推理好きは万理に精通していなければならないと、様々なことに自ら挑戦し、高校生活を機に一人暮らしをし始めた時も特に苦労はしなかったそうです」


 彼女は事件が解決すると、よくラーメンを食べていた。ロベリアの大好物だというラーメンを、彼女は事件を解決したシメとして食べることを習慣付けていたらしい。事件解決のお祝いに何度も食べたけど、あのラーメンは前世の名店で出てきてもおかしくないほど美味しかった。


 月村さんは、あのラーメンを行きつけの屋台の店主に弟子入りして師匠から一から学んだらしい。……本当に、よくよく考えるとぶっ飛んでいるわよね、月村さんって。


「あの人は正直どこででも生きていけるサバイバル力の持ち主ですから、生活に関して大して心配はしていません。……話が逸れてしまいましたが、月村さんの強さの秘密四つ目、それは彼女の持つ刀です」


 ロベリアの話をすると、心が軽くなってくる。

 あたしがどれだけロベリアのことが好きだったのか、言葉にすればするほど分かってくる。


 そうか、やっぱりあたしは、月村葵ロベリアのことが――。


「ロベリアさんの持つ刀、その名は「鳴刀・鏡湖」。最上大業物十二工に名を連ねる名品中の名品です」


「……最上大業物十二工か? アダマース王国の秘宝とされる「黒刀・夜叉哭」に匹敵するという?」


至高天エンピレオ教団の教皇が代々継承するという「霹靂千鳥」と同列の刀、ですか?」


「信じられん! 父が国王から下賜された良業物「朧月」だって、高価な刀だ。……ロベリアさんは一体どこで、そんな神話級の刀を」


「友達からプレゼントされたそうですわね。まあ、十中八九ユウリさんでしょうが」


 最上大業物十二工、大業物二十四工、良業物七十二工からなる東国の名工の打った伝説の刀群、その強さには最上大業物と大業物であっても隔絶した差があるとされている。

 最上大業物十二工は神話級の代物――その力だけで、ただの赤子すらも伝説の剣士に変えてしまうほどなのに。


 だから、あたしはロベリアが負けるなんて絶対にあり得ないと思っている。表如きの戦力でロベリアを追討なんて、そんな恐ろしいことをよく実行できると思う。


「安心して、ロベリアさんは不殺を心得ているわ。海賊相手でも決して殺さず、戦いを繰り広げた。……でも、相手を殺さずというのは傲慢な考えよ。その傲慢な願いを突き通すためには、隔絶した実力差がなければならない。その海賊の船長さんはミスタリレ製のサーベルの使い手で、裏に関わる海賊の中でも【黒髭】、【鰐の剣士クロコダイル】、【灼熱の剣豪】の異名を持つ強者なのだそうよ? 【鰐の剣士クロコダイル】の異名は本人も何でつけられたのか知らないそうだけど……実際高い実力で、ロベリアさんもどうやって捕らえようか物凄い悩んでいたそうよ。まあ、実力は拮抗していなかったそうだから、暫く戦えば決着はつけることができたとロベリアさんは確信していたそうだけどね。……あたしはさっき王国近衛騎士団騎士団長の方が弱いと言ったけど、実際のところはどっちが強いかなんて戦ってみなくちゃ分からない。でも、ロベリアさんの方が強いと祈った方がいいと思わないかしら? 実力が万が一拮抗したら、ロベリアさんも手段を選んではいられなくなるわ」


 ずっと尊敬して、背中を追いかけて来た父親に負けて欲しいと願うのは本当に辛いと思う。そんなことを強要するなんて、最低よね……あたし。

 でも、それしか道はない……あたしはロベリアに人を殺して欲しくないし、サピロスさんにだって死んで欲しくないんだから。



 ◆◇◆◇◆



<Side.神の視座の語り手/三人称全知視点>


 一度始まった絶望の連鎖は止まらない。


 ロベリアの父セージ・ネーベル・マリーゴールドは真っ先に行動を起こした。

 娘を『魔女』として討伐命令を下したアダマース王国に激しい怒りを抱き、速やかに王都から領地へと戻った。

 そこで兵力の準備を開始し、速やかな開戦を目指している。


 このセージの行動に同調するように、エスメラルダ伯爵家、ザフィーアの説得を聞き入れたカーバンクル侯爵家を初め多くの貴族達が自領に戻り、開戦の準備を開始した。

 これが後にアダマース王国に反旗を翻す反王国派貴族連合と呼ばれ、アダマース王国と熾烈な戦いを繰り広げることになる。


 一方、療養所の設立によって一旦は収まっていた不満もこのロベリア追討という至高天エンピレオ教団の行動が引き金となり、大きく爆発することになる。

 爆発したのは一般教徒の民衆……ではなく、これまで散々酷使されて来た現場の人々、つまり地方の教会や修道会だった。


 少ない賃金で働かされ、一般教徒達の反乱の際には真っ先に被害を受けてきた教会で最も立場の弱い者達。

 そんな中、教会上層部は贅沢三昧の酒池肉林を続けていた。発見された財宝を申し訳程度に各地の教会に渡し、「この金で療養所を建てろ。お前達の手で建て、治癒師共もボランティアに励め」と無慈悲に言って退けた。

 ハーバー伯爵家の大秘宝の大半は教会上層部のものとなり、蓄えて太って転がって現代まで続いてきた至高天エンピレオ教団は更に巨万の財を手にしたという訳である。


 我慢の限界だった。地方教会の有力神父だったガブリエル・マルティン・ルミナスを中心に一部有力教徒達が離反し、神聖至高天サンクトゥス・エンピレオ教団という名を旗印に集結――至高天エンピレオ教団との開戦に打って出た。


 これが、後にアダマース王国四巴戦争と呼ばれる最悪の内戦時代の幕開けである。


 こうして、ロベリアという一人の『魔女』を殺すために始まった追討は、アダマース王国を内部から分裂させ、崩壊へと突き進めていく。

 誰も望んでいなかった戦いが、各地で始まった。

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