CASE.23 あたしは……あたしの宝物だったロベリアの相棒の座から転落し、奪われ……これって、俗にネトラレっていうのかしら? by.リナリア

 アルシーアは、突如王都の冒険者ギルドに彗星の如く現れた、今をときめく凄腕冒険者である。

 等級こそギルドに所属したばかりのため最低ランクの青等級であるものの、女だからと甘く見た銀等級のガタイの良くガラの悪い冒険者三人を鞘から剣を抜かずに撃破したところから始まる武勇伝は、攻略の糸口が全く見つかっていない金等級以上で受けられることになっている王都近郊の巨大迷宮の探索依頼を条件を満たしていないにも関わらず文字通り物理で迷宮の地形を変えながら攻略するなど、かなり規格外なものになっている。


 王都の冒険者ギルドで最もランクの高い金剛石等級の冒険者チームのリーダーが、「全く勝てる気がしない」と言ってのけるほどのこの大型新人はその絶世の美貌や、時々見せる可愛らしい笑顔から瞬く間に冒険者達のハートを掴み、半ば冒険者ギルドのアイドルと化した。

 最初はアルシーアに喧嘩を売り、女だからと舐めていた冒険者達も、今ではすっかりアルシーアにメロメロだ。


 そんなアルシーアには最近、弟子ができた。

 彼女――リーブラは、冒険者でもなければ、冒険者志望でもない。彼女が趣味で推理小説を書いていることをどこからか知り、弟子入りしたという奇妙な少女だった。


 アルシーアはよく、自作の推理小説を冒険者ギルドの中で紹介していた。

 そのあまりの面白さに、「この小説を出版してみたらどうですか?」と質問した冒険者もいたのだが、「わたくしには、その資格はありませんわ。趣味で書かせて頂けるだけで十分です」とよく分からない返答をした。


 リーブラは、そんなアルシーアの姿を悲しそうに見つめていた。リーブラはアルシーアが商業に耐え得るほどの推理小説を出版しようとしない理由を知っているのだろうか?


 アルシーアが最も楽しそうにしているのは、冒険者の仕事をしている時では無かった。

 ある日、冒険者ギルドの受付嬢の飼っている猫が姿を消すという事件があった。その話を聞いたアルシーアは、リーブラと共に受付嬢から話を聞き、王都で聞き込みをして、ついに受付嬢の猫を見つけた。


 お礼をしようとお金を出そうとした受付嬢に、アルシーアは「これは冒険者ギルドの依頼ではありませんし、お礼は結構ですわ。それに……久しぶりに楽しめましたから良かったです」と嬉しそうに笑っていた。


 この事件はアルシーアに高い推理力があることを知らしめた。

 実際、アルシーアは迷宮の探索のような依頼よりも、浮気調査やペット探し、そういったかなり変わった、冒険者達がやりたがらないような仕事を多く選んで行っている。

 もし、この場にリナリアや村木がいれば「まるで探偵みたいな仕事ね。それ、冒険者じゃなくてもいいんじゃないかしら?」とツッコミを入れそうなものばかりだ。


 アルシーアが冒険者ギルドにやってきて、リナリアがアルシーアの弟子になってから冒険者ギルドは見違えるほど明るくなった。

 だが、そんな冒険者ギルドに暗雲が立ち罩める日がやってくる。


 アルシーアの過去を知る二人が、冒険者ギルドに現れたのだ。



 ◆◇◆◇◆



<Side.リナリア/一人称限定視点>


 冒険者ギルドで再会したロベリアの姿は、白のブラウスに桃色のフレアスカートという貴族の娘には見えないカジュアルな格好だった。

 肩まで伸びる長い濡羽色の髪には、学園にいた頃のような編み込みもなく、ストレートのまま流されている。


「……葵さん?」


「あら? リナリアさんと、そちらはラインハルト様? 本日は学園がある日ですよね?」


 ロベリアは困った顔をしながら冒険者ギルドの席に招いた。

 ラインハルトの名前を出して騒ぎになったギルドの火消しを行ってから、あたし達はロベリアに促されるままに席に座った。


「ロベリアさん。今回、殿下はお忍びできておりますから」


「……えぇ、そうね。なんでお呼びしたらよろしいかしら? それから、今のわたくしはロベリアではなく、アルシーアと名乗っておりますわ。できれば、そちらで呼んで頂けると嬉しいのだけど」


 ロベリアは可愛らしく笑った。その何もかもから解放された、心の底から嬉しいと思っていることが分かる微笑みを見ると、胸が苦しくなって、もやもやとする。


「ハルトで構わない。……それで、だ。何故、私達に黙って学園を去った?」


「確かに、申し訳なかったと思いますわ。でも、リナリアさんやハルト様が知れば止めようとしましたわよね? わたくしはそれを望んでいませんでした。……望む形ではありませんでしたが、わたくしは王太子殿下との婚約を解消したいと思っておりましたし、その目的は達成しました。貴族をでなくなった今の生活も案外楽しいものですよ」


「……婚約の解消を望んでいた、か。それは、ロベリア、お前が悪役令嬢だからか? どうせ断罪されるなら……ということか?」


「あら、ご存知でしたか? リナリアさんは事情を説明していたのですね? まあ、確かにそれもありましたが、断罪以上に問題だったのはこの世界に推理小説が無かったことですわよ? その足りない推理成分を補うために、わたくしは王国刑事部門を目指しました。非合法ではない形で推理をしたかったからです。……まさか、エドワード陛下とあのような賭けをすることになるとは思いませんでしたが。……あの断罪は正当なものです。わたくしが『完全犯罪』を書いたことが、どのような経緯があったとはいえ、結果として殺人の片棒を担ぐことになってしまったのですから。エドワード陛下の判断は正しいものですわ。アダマース王国というものを考えるのなら、わたくしのような人間との婚約は速やかに解消すべきです」


「……ロベリアさん、貴女はそれで良かったの? 王国刑事部門に拘りは無かったの? ……貴女は何故、あたしを相棒に選んだの? 肝心な時にいつも置いていくのに……今回も」


「本当にリナリアさんには……日畑さんにはご迷惑をお掛けしました。そうですわね……そもそもの切っ掛けは、同郷出身の日畑さんが孤立している状況をどうにかしたいと思ったからなのかも知れませんわね。ただ、リナリアさんを最高の相棒だと思っていたことだけは、本当ですわ。わたくしはシャーロック・ホームズのような頭脳明晰な名探偵などではない、ただの推理ヲタクですが、リナリアさんはワトスン博士にも匹敵する最高の相棒でした。……この先、ハルト様はリナリアさんと結ばれるでしょう。わたくしはやったことはありませんが、きっと乙女ゲームと同じように、お二人はお似合いだと思いますわ。……王国刑事部門の捜査官の夢は潰えました。殺人の片棒を担いでしまった推理小説を書くことに未だに執着する自分に呆れを通して嫌悪感を抱くこともあります。……それでも、わたくしが、ロベリアが月村葵の記憶を持って転生してしまった瞬間から、この推理小説狂いという病魔はわたくしの中に継承されてしまった……この病魔からだけは、わたくしはきっと死ぬまで、いえ、死んでも逃れることはできないと思います。わたくしは大丈夫です。冒険者兼私立探偵として、新しい人生を謳歌しています。だから、ハルト様もリナリアさんも前を向いてください。……もう別の世界の方々、ですわよね。結婚式に友人として参列することはできませんし、遠くの世界の住人になってしまったお二人に直接お目通りする機会はもう無いと思うと残念でなりませんが、学園生時代にこんな友人がいたな、と時々思い出して頂けたら嬉しいですわね。……それでは、受けている依頼と仕事がありますから、わたくしはこれで。リーブラさん、お待たせしました」


 ロベリアは席を立ち、一礼すると見覚えのない少女と共に冒険者ギルドを後にする。

 リーブラという少女……この子が、ロベリアの新しい相棒・・なのね。


 心の奥底から溢れ出る、表現することができないほど様々な負の感情が混じり合ったモノに呑まれ、あたしはあたしを見失い掛けた。


 ロベリアとの思い出が走馬灯のように次々と流れていく……あぁ、もうあの隣にあたしは居られないんだと、そう思うと……。


 ラインハルトはロベリアに何かを言おうとしていたが、もうそこにロベリアとリーブラの姿は無かった。


 ロベリアは、アルシーアになった。唯一残った名前すらも捨て、推理という病魔に導かれるままにこれからも生きてゆくのだろう。

 それが、ロベリアの望み、願い。あたし達との関係はきっと彼女にとって大切なものだった……と思いたい。でも、それは何事にも変えられないものという訳では無かったのね。


 その日、ラインハルトは初めて失恋を経験し、最後まで勘違いを正せないままロベリアと袂を分かつことになった。

 そして、あたしは……あたしの宝物だったロベリアの相棒の座から転落し、奪われ……これって、俗にネトラレっていうのかしら?



 ◆◇◆◇◆



 このロベリアの予言通り、あたしとラインハルトの婚約は決定的なものになった。

 あたし自身、ラインハルトと結ばれることに抵抗はない。ラインハルトから側妃として迎えたいという気持ちを聞いていたから、ラインハルトもあたしと結ばれることに対しては異論はないと思う。側妃から正妃に格上げ……普通は嬉しいものよね。平民のあたしが王太子殿下の正妃なんて、シンデレラストーリーだもの。


 至高天エンピレオ教団の総本山の神前で、あたしとラインハルトは婚約の儀を執り行った。

 かつて、世界に溢れた魔物の浄化のために世界を奔走し、傷ついた人々に治癒を施した大聖女様ビーチェ、そして大聖女様の姿でこの世に顕現したという女神ベアトリーチェ様を信仰するのが至高天エンピレオ教団。その女神様の象徴である大聖女像のままで婚約を誓うのが、婚約の儀。


 その婚約をベルナルドゥス筆頭枢機卿やエドワード国王陛下は祝福してくれた……けど。

 攻略対象やライバルキャラ達……あたし達の友人達の姿は無かった。まあ、当然よね。同じ立場なら、絶対に参列したくないわ!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る