CASE.22 もしかして……ロベリアさんはあたし達のことを、そこまで大切に思っていなかったんじゃないかしら? by.リナリア

<Side.リナリア/一人称限定視点>


「リナリアさん、大変です! ロベリア先輩が!!」


 その日まで、あたし達は「ロベリアが『完全犯罪』執筆の罪でアダマース王国の国王に断罪され、貴族としての地位と捜査官の立場を失ってしまった」などということになっているとは、想像もしていなかった。

 その事実が判明したのは、ディル君が大慌てで上級貴族専用テラスに現れた時だった。ロベリアが断罪されてから既に一日が経過していた。


「……嘘、ですよね。そんなことある筈が無いわ」


「もし、それが事実ならロベリアは何故俺達に何も告げずに姿を消したのだ? どうせ、今回も捜査のために飛び回っているじゃないか?」


 最初はあたしも、ラインハルトも、その場にいた攻略対象やライバルキャラ達もディル君の話を信じなかった。

 ロベリアは過去に何度も単独行動をしているし、実際に最近も事件を一つ受け持っていた。……それに、あのロベリアが捜査官の資格を剥奪されるなんてことがある筈がないと思いたかったんだと思う。正直、悪い夢でも見ているような感覚だった……現実感が無さ過ぎるというか。


 ただ、あたし達も話を聞くうちにディル君の話が正しいことを嫌でも実感させられることになった。

 とても作り話とは思えない……作り話にしては、リアリティがあり過ぎる。それに、ロベリアをあれほど先輩として尊敬するディル君がわざわざそんな嘘をつく必要もない。


 あたし達がロベリアの断罪の話を信じざるを得なくなった理由は二つあった。そのどちらにもディル君の証言は含まれていない……ごめんね、ディル君。


「お久しぶりです、リナリア様。ロベリアお嬢様の最後のお願いにより、本日からリナリア様のお世話をさせて頂くことになりました。王太子殿下、御学友の皆様、初めまして。私は以前ロベリア様の専属執事を務めていたロッテンマイヤー・クヮリヤートと申します」


 一人はディル君に続いてテラスに現れたロッテンマイヤー。

 彼女からは、ロベリアが娘を大切に思う父セージの「姿を隠してずっと屋敷にいればいい……だから、行かないでおくれ」という願いを申し訳なさそうに退けたこと、「自分は大丈夫だから何も心配ない」と荷物を纏めて笑顔で去って行ったこと、その際にセージへの最後の我儘としてロッテンマイヤーをあたしの護衛兼執事として仕えさせて欲しいと願ったことを話してくれた。

 ロベリアは「リナリアさんに何かあったら大変だから、側にいて守れる人が近くにいて欲しいの。それだけが心残りなのよ」と言っていたそうね。……それなら、面と向かって言えばいいじゃないの! なんで、家族にお別れを済ませてロッテンマイヤーまで派遣したのに、あたし達には顔を見せないまま去って行ったのよ!!


 もう一人は――。


「お久しぶりです、リナリアさん」


 学園では決してあたしやロベリアに関わろうとしなかったアドリエンヌ――村木さんだった。


「初めまして、王太子殿下、御学友の皆様。私はアドリエンヌ・フォン・ランタナと申します。ランタナ子爵家の三女です。本日はリナリア様にお別れを言いに参りました」


「村木さん、どういうことよ! なんで貴女まで――」


「ロベリアさんから既に事情は聞いております。ロベリアさんは貴族としての地位と捜査官の立場を失いましたが、彼女もそれに納得している様子でした。きっと、皆様も実際に会えば彼女を止めることなど誰にもできないことが分かると思います。……私は全くもって不本意ですが、ロベリアさんのおかげでお嬢を失った絶望から立ち直ることができました。彼女が私とこの国や外の世界を繋いでくれていたんだと思います。その繋がりが無くなった今、私はこのアダマース王国という国に全くと言っていいほど価値を見出すことができません。……思い出は思い出として心に留め、一歩前に進む日が来たのかもしれません。ロベリアさんが……葵さんが旅立ったように、私も次に進もうと思っています。元々、ティーチさん達から誘われていましたが、ずっと断っていました。しかし、いい機会かもしれません……私はお嬢とロベリアさんのいない世界で何を為すべきなのか、それを探す旅に出掛けようと思います。勿論、家族の了承も得ています」


 アドリエンヌもその話を家族として、ランタナ子爵家と異なる道に進むことを認めてもらえたらしい。

 アドリエンヌがロベリアのことを嫌いなように振る舞いながら、本当はその時間を掛け替えのない大切なものだと考えていたことは家族もよく知っていた。そんな大切な友人を失ったアドリエンヌの気持ちが、その決意が痛いほど家族にも伝わったのだろう。


 一方、アドリエンヌと道を違えるランタナ子爵家も、ロベリアを断罪したアダマース王国に不信感を抱き始めたそう。

 既に王都を離れる準備を整え、ランタナ領に向けて明日には出発する予定でいるらしい。万が一の場合は繋がりのある隣国への亡命も検討しているのだという。


 事前にあたしと情報交換をしていたラインハルトや、面識のあるロッテンマイヤー以外、攻略対象を含め誰もが状況についていけない中、アドリエンヌはカーテシーをすると、ラウンジから去っていった。


 寝耳に水のあたし達だったけど、何もしなければこの状況を変えることはできない。

 まずは、ディル君が持ち帰った情報を元に、現状の確認から始まった。


 話を聞いてしまった乙女ゲーム時代のロベリアの取り巻きの令嬢A、令嬢B、令嬢C――オレリア、ベルティーユ、クレールの三人が紫蘭推理愛好会の本部になっている別館図書館の多目的室に駆け込んで行って、事情を聞いた紫蘭推理愛好会の会員達がテラスに殺到したのだけど、紫蘭推理愛好会会長を務めるスカーレットの一喝によって帰還を余儀なくされ、状況確認はあたし達だけで行うことになった。


 ディル君の持ってきた捜査資料はしっかりと整理されていて、ロベリアがどのような事件によって断罪に至ったのかを知ることができた。

 いずれの事件も情報が少なく、既に犯人は逮捕されている。直接事情を聞く必要はあるだろうけど、今回はそれよりもロベリアを見つけ出すことが先決。


 ロベリアの行方はディル君も、ロッテンマイヤーも、村木さんも知らなかった。誰にも告げずに出て行ってしまったらしい。


 ロベリアのことを心配していたディル君だけど、ロベリアの捜索には参加しないことになった。「実は、一つだけ気になっていることがあります。そちらの探索を行いたいので、ロベリア先輩のことは皆様に託します。どうか、先輩を必ず連れ戻してください」とお願いし、捜査資料を置いてラウンジを出ていってしまった。


 残ったあたし、ラインハルト、ロッテンマイヤー、ヘリオドール、ザフィーア、アレキサンドラ、アクアマリン、スカーレット、アウローラの九人で情報の整理が始まった。


「しかし、全く意味が分かりませんわ。何故、ロベリア大先生のファンを自称するのに、ロベリア大先生の作品を汚すような真似をしたのでしょうか? そんなもの、ファンなどではありませんわ!!」


 スカーレットはかつてないほどご立腹だった。長い燃えるような赤毛がブンブンの揺れ、眼からは涙が今にも溢れそうだった。

 その怒りはファンを自称しながらロベリアの作品を汚した自称ファンへの怒りか、「断罪、はいそうですか、分かりました」とあっさりこれまで積み重ねてきた全てを放棄したロベリアに対する怒りか。


「ロベリア様にとって、私達は友達では無かったのでしょうか? 何故、居なくなるなら、そのことをお話し下さらなかったのでしょうか?」


「アウローラ……私はロベリア様が私達を友人だと思っていたからこそ、あえて最後まで事情を伝えなかったんだと思う。アドリエンヌさんも、ロッテンマイヤーさんも、ロベリア様を引き止めることはなかった。……特に、王太子殿下やリナリアさんは引き止める可能性が高かったから最後まで黙っていたのかもしれないね」


 確かに、あたし達なら引き留めていたかもしれない。

 ……いえ、確実に引き留めていたわ。


 ロベリアのマリーゴールド公爵家との縁切りや捜査官としての地位の取り消し……きっと、あたし達は異議を唱えたと思う。

 ……ロベリアは、そんなことにならないようにあたし達に何も言わずに消えたってことなの!? 全てを終わらせて、あたし達にもう何もできないようにして……。


「あたしは、ロベリアさんの気持ちが全く分かりません。こんなことになるなら、繋がりなんて作らなければ良かったじゃないですか……何が相棒よ! どうでもいい時だけ相棒扱いして、肝心な時には置いてきぼり……なんのために、あたしに手を差し伸べたのよ! 友達になってくれたのよ……そんなことをしたら別れが辛くなるに決まっているでしょ!! ……こんなの、あんまりだわ!!」


 怒って泣いて、そんなことじゃ解決できないことは分かっているのに。

 ロベリアが何のためにあたし達に事情を説明しなかったかは分かる。きっと、心配させたくなかったからだし、ロベリアの断罪に異議申し立てをして立場が悪くなる可能性を危惧したんだと思う。あたしにだって、途轍もない大きな力が働いていることだって分かるわ。


 でも、ロベリアの気持ちがどうしても分からない。

 あたしと友達になったのは一体何のためだったのか? あれだけ努力して掴み取った捜査官の地位を何故あんなにあっさり捨ててしまえるのか。


 ロベリアにどんな心境の変化があったのか分からない。


 ……そもそも、あたしは本当にロベリア・ノワル・マリーゴールド――月村葵という人間のことを本当に理解できていたのかしら? 相棒だなんて浮かれて、それで満足して……本当に彼女という人間を理解しようとはしていなかったんじゃないかしら?


 あたし達のロベリアに対する気持ちは強いのに……ロベリアのあたし達に対する思いが、今思い出そうとしても全く感じられていないことに気づく。

 あたしはロベリアのことを知っている筈なのに……誰よりも彼女の知らない顔を沢山知っているのに……彼女の感情が全く分からない。


 ――もしかして……ロベリアさんはあたし達のことを、そこまで大切に思っていなかったんじゃないかしら?


 ふと、自分も予想もしていなかった言葉が脳裏を過り、背筋に冷たいものが走った。

 慌てて頭を振る……そんな、そんなことないよね。そんなこと……ある訳がないわよね。


「また今回も私の知らないところで……何が婚約解消だ! ふざけるな! 絶対にロベリアを連れ戻して婚約解消を取り消してやる! もう、これ以上、私を蚊帳の外にするのは許さん」


 ラインハルトはラインハルトで、ロベリアを連れ戻すことに燃えているようだった。

 ラインハルトの気持ちなら、こんなこと許せる筈がないわよね……あのロベリアとエドワード陛下の婚約解消の交渉の場に居合わせてあれほどの苦しみを味わったのだから。


 結局、ロベリアは貴族としての地位と捜査官の立場を失う代わりに、ずっと願っていたラインハルトとの婚約を解消したことになる。

 形はどうであれ、望みを叶えたのだから……もしかして、ロベリアは幸せなのかしら?


 きっと、リナリアヒロインならこんなことで悩んだらしない。明るく元気に、きっと解決策を見つけ出す。

 それがあたしにはできないってことは……やっぱり、あたしはヒロインじゃないってことね。まあ、そんなことはとうの昔に分かっていたのだけど。


 結局、まずはロベリアを探し出さなければ始まらない。

 ロッテンマイヤーはマリーゴールド公爵家に応援を頼んでくれることを、紫蘭推理愛好会の会員達はそれぞれの人脈を駆使して捜索にあたってくれることを、それぞれ約束してくれた。


 そうして、ロベリアの大捜索が始まった。大量の人員を投入して、捜索すること十一日……あたし達は遂にロベリアの居場所の情報を掴む。


 ロッテンマイヤーから話を聞いたあたし達は話し合いを重ね、代表者としてあたしとラインハルトの二人でロベリアに会いに行くという方針を決めた。

 そして、学園が休みとなる翌日、あたしは変装したラインハルトと共に王都の冒険者ギルドに向かう。




 ロベリアは……家名だけでなく、名前すらも捨て、あたし達も知らぬ間にアルシーアの偽名で凄腕冒険者になっていた。

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