後篇「推理小説模倣犯連続殺人事件」

CASE.21 これも、乙女ゲームの補正なのかしら? だとしたら、これほどまでに残酷なことはないわ! by.リナリア

 とある国に、鶏と蛇と豚がおりました。


 鶏はとても欲深い性格で、蓄えても蓄えても決して満たされることはありませんでした。


 蛇は輪を乱す者が嫌いで、それはそれは憎んでいました。


 豚は正しい言葉がとてもお嫌いで、いつも耳を塞いでおられました。


 三つの毒に侵されて、国は腐敗し、分裂し、崩壊へと突き進んでいきます。


 果たして、乙女ゲームの世界に除夜の鐘が響く断罪の時が訪れることはあるのでしょうか?































 ◆◇◆◇◆



<Side.リナリア/一人称限定視点>


 ――全ての始まりはロベリアが執筆した一冊の本だった。


 『完全犯罪』、副題である『氷の凶刃』を付け、『完全犯罪〜氷の凶刃〜』などとも呼ばれるこの本は、この異世界で初となる推理小説だった。

 本名、ロベリア・ノワル・マリーゴールドの名で出されたこの小説は、現職の捜査官が書いたことや、その斬新な「推理」を扱った小説であったことなどから貴族を中心に絶大なヒットとなり、上は貴族から下は庶民に至るまで幅広い層に浸透していった。


 氷の刃に塩を混ぜることで素早く溶かすことが可能となる凝固点降下、死体を腐食させる暖炉の使用など様々なトリックが使われているけど、わざわざ氷の刃を保管して犯行に及ぶのはあまり現実的ではなく、ロベリア自身も「氷の魔道具」が存在する異世界だからこそ可能な事件であって、『完全犯罪』に拘り過ぎて浮世離れしてしまったと発表した後で後悔していたわね。


 だけど、ロベリアの後悔とは裏腹に『完全犯罪』は推理小説の走りとして高い人気を誇った。

 そのジャンルの目新しさ、最初の作品としては高い完成度、様々なものが起因して、『完全犯罪』は一大ブームを巻き起こしたのだと思う。


 様々な推理小説が執筆されるようになり、ロベリアもそんな新しい推理小説を楽しそうに読んでいた。


 魔法学園では、ロベリア……というより、推理小説のファンクラブ、紫蘭推理愛好会が発足した。

 社交界の華や貴族令嬢の鑑などと称えられるスカーレットを中心とする貴族子女が中心となった推理小説愛好家の集まる会で、その規模は学園に通う学園生の四分の一とも三分の一とも言われる。

 派閥を超えて推理小説愛が一つの大きな繋がりを築き上げた。


 公爵から子爵まで様々な貴族が通うこの学園には、社交界の派閥の影響が色濃くあった。しかし、紫蘭推理愛好会の発足後は関わりの無かった上級生と下級生が同じ話題で語り合ったり、仲の悪かった家柄の貴族の子女達が仲良く推理小説を読んでいる姿も学園ではあまり珍しい光景では無くなってきている。

 勿論、紫蘭推理愛好会は馴れ合いの組織ではない。共に推理愛を語ることも多いものの、様々な推理小説への批評や私意見が述べられ、議論が白熱することも多々あった。


 『完全犯罪〜氷の凶刃〜』が発表されてから浸透するまでの魔法学園の夏という時期はロベリアにとってまさに人生最高の時間だったんじゃないかしら?


 あたしは学園で神聖魔法に適性を持つ聖女候補の平民として、かなり特殊な立場にあった。


 「平民でありながら枢機卿の息子を侍らせていいご身分ですこと」から、「王太子殿下を始めとする魔法学園の華と呼ぶべき皆様と席を並べるなんて、本当に身の程知らずね」と叩かれる陰口がグレードアップしていったけど、これまでは学園よりもロベリアの捜査に付き合って学園外を飛び回っていたから実際に陰湿なイジメを受けることは無かった。……まあ、仮に受けたとしても残された証拠からロベリアがすぐに犯人を割り出してしまうでしょうけどね。


 それでも、あたしが多くの貴族子息、特に貴族令嬢達から嫌われていたことは実感していた。

 あたしがイジメの槍玉に挙げられなかったのは、単にあたしにイジメを行う機会がほとんど無かったことや、あたしの側に常にロベリアや攻略対象、ライバルキャラ達の姿があったからだと思う。


 そんな状況が根本的に変わったのも、また『完全犯罪〜氷の凶刃〜』の後だった。

 あたしがロベリアの相棒として事件の解決を行ってきたことを知るや否や、あたしはロベリアと共に紫蘭推理愛好会の人気者となり、様々な貴族の子女達から声を掛けられるようになった。

 ロベリアとの捜査の思い出話をしたり、ロベリアの武勇伝をお話ししたり、そんな風に一緒にいるうちに、あたしとの距離も縮まり、奇異の目や敵意を向けられることはほとんど無くなっていた。最初に入学式の場であたしに嫌味を言ってきた乙女ゲーム時代のロベリアの取り巻きの令嬢A、令嬢B、令嬢Cともロベリアのおかげで打ち解け、今では彼女達も紫蘭推理愛好会の熱心な会員となっている。


 ロベリアと相棒を組んでいることや、『完全犯罪』の主要人物で『シャーロックホームズ』におけるワトスンの立ち位置にいる助手の女の子のモデルがあたしだということもあって(ロベリア本人は明言していないんだけど、かなり似ているから紫蘭推理愛好会の中では既に確定事項になっているみたい)、あたしは憧れや羨望を向けられる立場になってしまった。

 イジメられる可能性が無くなって、打ち解けることができたのはいいのだけど……本当はもっと対等な関係になれたら良いのにね。って、流石に求め過ぎかしら?


 一方で、社交界での『完全犯罪』の評価は大きく二分されていた。


 殺人を扱った文学など悍しい、不謹慎だ、こんなものが持て囃されるなどあってはならぬという否定的な意見。

 偏ったジャンルで停滞を続けてきた新しい文学の領域を開拓した意欲作、リアリティを追求した拘りが窺える素晴らしい作品などなど好意的な意見。


 これまで、本と言えば堅苦しい歴史書や学術書といったものが尊ばれ、物語は下世話なものとされ、上流階級では密かに楽しまれてきた。

 中古の世界において、万葉仮名を崩していき、草仮名を経て誕生した、別名女文字とも呼ばれる平仮名で書かれた物語が数多く書かれたように、下世話とされていてもその影響力を消し去ることはできなかったのね。

 一条帝から「この人は日本紀をこそ読みたるべけれ。まことに才ざえあるべし」と絶賛された紫式部のように、物語の価値を高めた物語執筆者は居なかったようだけど……これだけ異世界の文化に大きな影響を与えるほど転生者の影が垣間見える世界なんだし、物語執筆者くらい居てもおかしくはないと思うのだけどね。

 まあ、乙女ゲームの世界にそこまで中世ヨーロッパの時代考証が行われたとは考えにくいし、やっぱり所詮は中世ヨーロッパ風異世界、最近は中世ヨーロッパをそのまま当て嵌めようとすること自体、的外れな行いのような気がしてきたけど。


 そんな『完全犯罪』の評価に大きな波紋を広げる事件が起きた。……いえ、一つの事件ではなく連続した事件だから、複数の事件が起きたというのが正しいのでしょうね。


 ここからはディル君――ディル・イジドール・プルミエール三等捜査官が持ってきてくれた事件のファイルを元に話させてもらうわ。


 魔法学園一年生の秋、『完全犯罪』が広まった頃に推理小説『完全犯罪』の内容を模倣した複数の事件が起こった。

 いずれも、『完全犯罪』のファンを自称していて、他の犯人との面識は無いそう。事件は四つ起こり、王国刑事部門は四人の容疑者を逮捕した。




●ヒルデガード・ロータス

 推理小説模倣犯の一人。とある貴族に仕えるメイド。ロベリアが書いた初の推理小説『完全犯罪』のトリックを利用して言い寄ってきた貴族の男を殺害した。


●レクター・ジェーブル

 推理小説模倣犯の一人。王都に店を構える商人の男。借金をしており、取り立て人の男をロベリアが書いた初の推理小説『完全犯罪』のトリックを利用して殺害した。


●シルヴィア=シォールク

 推理小説模倣犯の一人。王都在住の女性。不倫した夫と不倫相手の女性をロベリアが書いた初の推理小説『完全犯罪』のトリックを利用して殺害した。


●アイゼル=ジョーヌ

 推理小説模倣犯の一人。王都在住の男性。大金を借りていた昔からの友人をロベリアが書いた初の推理小説『完全犯罪』のトリックを利用して殺害した。




 既にこの四人は犯行を自供し、刑が執行されている。

 ただし、問題が一つあった。今回の事件はロベリアの書いた『完全犯罪』が無ければ起こり得なかったということ。


 ロベリアの書いた『完全犯罪』を読んだ者達が毒された結果、犯行に及んだ――そう言った見解は王国刑事部門内部だけに留まらず、『完全犯罪』否定派を中心に広がっていった。

 捜査官でありながら殺人の切っ掛けを作ったロベリアの責任は重大なものであるとされ、王国刑事部門内部で速やかにロベリアの捜査官資格の取り消しが行われた。


 更に、王の面前に呼び出されたロベリアはエドワード国王陛下から貴族としての地位の放棄とマリーゴールド公爵家との縁切りを求められ、自らの罪を認めて応じてしまったらしい。

 こうして、ロベリアは公爵令嬢という地位を失い、学園の生徒名簿からも除籍されて魔法学園の学園生でも無くなり、あたし達の前からも黙って姿を消してしまった。


 あたし達はそんな大事件が起こっていることを全く知らなかった。相棒である筈のあたしにも黙ってどこかにフラフラ行くことはあのハーバー伯爵の事件以降も何度かあったから、きっと今回もそういうことだと思っていたのに。


 一方で、あたしは婚約が取り消しになったラインハルトの新たな婚約者として至高天エンピレオ教団に推薦され、エドワード陛下によって認められ、正式な婚約者になってしまった。

 あたしもラインハルトも感知しないところで、大きな話が動いている……蚊帳の外に置かれたからなのか、不穏な空気を感じ取ったせいなのか、あたしはこの世界に転生してからずっと望んでいた筈の婚約に不快感しか抱かなかった。


 あたしとロベリアが望んでいた、あたしとラインハルト王太子殿下が婚約する未来、そのチャンスが唐突に転がり込んできたというのに……。


 これも、乙女ゲームの補正なのかしら? だとしたら、これほどまでに残酷なことはないわ!

 ロベリア、貴女は何故、その運命を受け入れてしまったの……どうして、あたしを連れていってはくれなかったの。




 色鮮やかだった世界が、大切な人を失って、急速に色褪せていく――。

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