CASE.20 いつか、ロベリアと共にこの時のことを振り返って笑い合える、そんな幸せな未来がやってくると……その時のあたしは、何一つ疑うことなく、信じていた。 by.リナリア

<Side.リナリア/一人称限定視点>


 後日談というものを少しだけお話しさせてもらうわ。

 といっても、探偵の助手である筈のあたしはあまり肝心なところに関わらせてもらえなくて、後でロベリアから聞いたことが大変なのだけど。


 まずは、マレハーダ・フライングダッチマン・ハーバー伯爵殺しの犯人、ジョセフ・チューニングについて。

 彼はあの後ロベリアと共に本庁に向かい、そこで事件の真相を語った。物的証拠こそ無かったものの、自白さえあれば犯人の検挙が可能な異世界だから、検挙に関しては何も問題は生じなかった。


 さて、問題のジョセフの刑罰に関してだけど、その後行われた捜査によって判明したハーバー伯爵の悪業や、これまで長きに渡りハーバー伯爵邸に真面目に仕えてきたという経歴、ジョセフの母が大病を患っていたこと、ジョセフ自身がロベリアに付き添われる形ではあったものの自首をしたことなどが加味され、「懲役十五年執行猶予三年」という刑に処せられることが決定したらしい。

 あたしも妥当な判決だったと思うわ。


 ジョセフはカリスとの約束のこともあり、三年間王都で働くことになった。身元引受人となったロベリアの生家、マリーゴールド公爵家でこれまでの執事として働いてきた経験を生かして働くことになったそう。

 ロベリアがマリーゴールド公爵に事情を説明して、雇ってもらえるように交渉したようね。すぐにマリーゴールド公爵が快諾したというのは、流石は娘に甘いマリーゴールド公爵だと思ったけど、娘のためというだけじゃなくて、ジョセフの人柄や能力を踏まえた上で素晴らしい人材だと認めたってこともあると思う……あるといいな? 何だか不安になってきた。


 ハーバー伯爵領には近々、新しい領主が赴任することになる。

 これまでの屋敷ではなく、新しく屋敷を建てるつもりのようね。使用人達も自分の雇っていた使用人をそのまま連れてくるということで再雇用はない。

 ハーバー夫人もハーバー伯爵領を離れ、自分の生家の男爵家に戻った。未亡人となった彼女は、男爵家で生活を送ることになるのだろうけど、確実に肩身の狭い思いをすることになると思う。

 既にハーバー夫人はそこそこの歳だし、ここから第二の嫁ぎ先をというのは無理があると思う。


 前世の世界には昔の考え方が根強く残っていても、一応男女平等という概念はあった。……それが本当の意味での男女平等かは議論の余地があるのだけど。

 でも、この世界は違う。凝り固まった男尊女卑と、女性は家を大きくするための、繋がりを増やすための道具に過ぎないという考え方は寧ろ、一般常識。あたし達の考え方の方が異端なのよね……そういった考え方の萌芽はいつのことやら。


 嫁ぐこともできず、お金を稼げる訳でもない。

 ただ、世間的には愛する夫を殺された悲劇のヒロインで、そんな彼女を蔑ろにすると家そのものに批判が集中しかねない。

 ハーバー夫人は死ぬまで実家に養われることになるでしょうね。……ただ、その生活はとても良いものとは言い難いでしょうけど。

 彼女にとって、やっぱりハーバー伯爵家との暮らしが一番の幸せだったんじゃないかしら? まあ、そのハーバー伯爵には盛大に裏切られていた訳だけど。


 そんなハーバー伯爵の愛人でハーバー夫人の座をアンネリーゼから奪おうと狙っていたミュリエッタ・ダニングはというと、ハーバー伯爵から贈られたドレスや装飾品と共に姿を消した。

 任意同行が解かれてハーバー領に戻った後、すぐに行方不明になったみたいだし、今頃はどこで何をしているのやら? また貢いでくれる莫迦な男でも漁りに行ったのかしらね?

 今回の事件の関係者で一番被害を被っていないのは彼女かしら? 財布を一つ失っても、男のツボを分かっているあの女なら新しい鴨の一人や二人、簡単に捕らえてしまいそうね。というか、もう新しい獲物に毒牙を掛けているかもしれないわ。


 そうそう、今回もあたしは呼ばれなかったのだけど、王国刑事部門によってハーバー伯爵邸の再捜査が行われ、ハーバー伯爵が裏と繋がっていたことと、歴代のハーバー伯爵が規格外な資産を貯め込んでいたことが立証されたわ。

 アダマース王国十年分の税収に匹敵する額……当然、これだけの財宝をどのように扱うか議論は紛糾した。


 前例があれば国庫行きだったかもしれないけど、こういった隠し財宝を事件で押収したことは無かった。

 発見した王国刑事部門(直接捜査して掘り当てたロベリアだけど、当然のようにボーナスは一切払われなかった)と、ハーバー伯爵に領地経営を任せていたアダマース王国、そのどちらに支払うべきかという議論が行われたそうなのだけど……。


 その紛糾した議論に一石を投じたのは、攻略対象の一人で至高天エンピレオ教団の枢機卿の息子、アレキサンドラ・トルマリン・クリソベリルだった。

 既に、今回のハーバー伯爵の大秘宝発見の話は社交界の中で知らぬ者は居ないほど広まっていた。莫大な財宝と、鴛鴦夫婦と言われたハーバー伯爵の裏の顔、社交界を賑わせるには恰好の話題だったということね。


 あわよくば、その恩恵に預かりたいと多くの者が議論に次々ともっともらしい理由を述べて加わっていく。

 その中にはアダマース王国で絶対な力を持つ至高天エンピレオ教団の有力者達の姿も当然あった。


 アレキサンドラは「事件の犯人が、治癒術の対価が高過ぎたために払うことができず、金を稼ぐために働いた末にハーバー伯爵を殺害してしまったこと」を根拠として挙げ、このハーバー伯爵の大秘宝は至高天エンピレオ教団が引き受け、適切に使用すべきだという意見を述べた。

 ちなみに、今回の事件のそもそもの元凶となった至高天エンピレオ教団だけど、ジョセフの裁判中にも全く触れられることはなく、お咎めなしという結果になった。……まあ、元々ロベリアもあたしもこの件については全く期待していなかったのだけど。


 アレキサンドラは、浄財という新しい考え方を導入し、「裏社会で汚れた金を国庫に入れるというのはあまり外聞がいいものではありません。そこで、至高天エンピレオ教団に寄付という形で悪しき金を浄化するべきだと思います」と述べ、その上で「この国では多くの信徒達による教会への攻撃が行われ、世が乱れております。アダマース王国としても、看過できない事態なのではございませんか? 私達は何もこの財宝を独り占めしようなどとは考えておりません。市民達が格安で治療を受けられる療養所の設立、これによって失われた至高天エンピレオ教団の信頼の回復と、王土の平穏の回復を成すことができると考えておりますが、いかがでしょうか?」と意見を述べた。


 実は、これは至高天エンピレオ教団の総意ではなく、信徒による教会襲撃の事態を憂いていたアレキサンドラにロベリアが提案したものだった。

 実際に、この信徒による教会襲撃はアダマース王国も至高天エンピレオ教団にも感化できるものでは無かった。


 蓄えて肥えて太って転がって現代まで続いてきた至高天エンピレオ教団にとっては、決して許容できない奏上だったということは想像に難くない。


 これまで、教会の維持管理に必要な資金もケチり、治癒師への給与もケチり、治癒の独占によって得た高額な治癒報酬で巨万の富を築いてきた教団上層部にとって、この決断は自分達の贅沢の元を断つような愚かな行為として映った筈。

 黒字どころか、マイナスにも転じるかもしれないこのアレキサンドラの考えを、大勢の貴族達は支持した。「どうせ、自分達のものにならないのなら、目障りな至高天エンピレオ教団に御退場して頂くために上手く使わせればいい」という、貴族に匹敵する強大な権力を持つ教団権力者達を嫌う貴族達のマイナスな考えが、引くに引けない状況を作り上げてしまったのね。


 筆頭枢機卿ベルナルドゥスは「流石に負担が大き過ぎます」と、これまで治癒術を独占していた立場から一点、アダマース王国にも援助金の支払いを求め、療養所の設立をアダマース王国と至高天エンピレオ教団の共同事業にすることを提案した。死なば諸共、「お前達もこの問題に苦しんでいるんだから、協力は惜しまないよな?」という太々しい感情が見え見えね。身から出た錆なのに。


 こうして、療養所が広がって全領各地に拡大していき、それに伴い信徒達による教会襲撃の騒動は収まり、アダマース王国は平穏を取り戻した。

 あたし達の魔法学園生活にも平穏が戻る……ということはなく、ロベリアと共に難事件を解決する日々。


「ロベリアとリナリア、貴様ら、一等捜査官の俺の取り調べに何の文句がある!! ニ等捜査官と民間人は取調室から出てけぇ!! というか、民間人が取調室に入ってくるなァ!」


「民間人ではありませんわ。リナリアさんは、わたくしの最高の相棒です!」


 事件の解決のために取り調べを巡ってヴァリアンやスピーリアと対立したり、事件の証拠を見つけるために王国各所を駆け巡ったり、忙しくて、学園に通う日の方が少ないようなよく分からない学園生活だったけど、あたしはとても楽しかった。

 あたしの「ロベリアさんは自分で推理小説を書いてみないの?」という素朴な疑問が、思いもしなかった革命的な考えだったみたいで、その日からロベリアは捜査の合間に推理小説を書き始め、ロベリアの生活は更に彩りあるものになった……と、当の本人が嬉しそうに話してくれた。


 ――楽しい時間は目まぐるしく過ぎていった。


 いつか、ロベリアと共にこの時のことを振り返り、「あんなことがあったわよね」と語り合って笑い合える、そんな幸せな未来がやってくると……その時のあたしは、何一つ疑うことなく、信じていた。



 ◆◇◆◇◆



<Side.神の視座の語り手/三人称全知視点>


「以上が、ロベリア・ノワル・マリーゴールドに対する罪状である。『悪魔の書』を執筆し、このアダマース王国に殺人の嵐を巻き起こした……そなたの罪に相違ないか?」


 アダマース王国の王城の丁度中心部に位置する謁見の間。

 多くの貴族達の視線を一点に集めていたロベリアは、二度目の対面となるエドワードの冷たい双眸から目を逸らすことなく、覚悟の籠もった瞳を向けた。


「えぇ、相違ありません。全てはわたくしの浅慮が招いたこと……その責任は甘んじて受け入れる覚悟ができておりますわ」


「このアダマース王国に大いなる混乱を招いた、そなたには責任を取ってもらう必要がある。既に捜査官の資格は王国刑事部門によって取り消されておるな。だが、それだけでは当然足らん。汝は貴族としての地位を自ら手放すのだ。マリーゴールド公爵家と縁を切り、平民となれ。さすれば、マリーゴールド公爵家への罪は不当とする」


 セージが今にも暴れ出しそうに殺気を漏れ出させていたが、ロベリアはセージに優しく笑い掛けて釘を刺した。


「寛大な処遇、痛み入りますわ」


 魔法学園一年生の秋、その日は唐突にやってきた。

 ロベリアが長き年月をかけて築き上げた捜査官の資格も、公爵令嬢としての地位も、家族との繋がりも、その全て奪われ――。


 リナリアもラインハルトも感知しないその場所でロベリアは断罪され、庶民へと転落した。

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