CASE.19 ロベリアの相棒に選んでもらえたあたしは、本当に幸せ者だと思う。 by.リナリア

<Side.リナリア/一人称限定視点>


 ロベリアは、この闇市場の大洞窟とハーバー邸を結ぶ隠し通路があり、その隠された区画に莫大な財宝が眠っているのではないかと推理した。

 実際この大洞窟は小高い丘に立つハーバー伯爵邸の丁度真下に重なる部分もある。


 このハーバー伯爵の大秘宝に、当然ティーチ達海賊も興味を示した。

 当初は宝の山分けを提案していたティーチ達だったけど、ロベリアがこの財宝をとある計画の資金として使おうと考えていることを知ると、男泣きをしながら山分けの提案を撤回してくれた。


 ティーチ達はロベリアの考えを全力で応援してくれたけど、正直あまり上手くいくとは思っていない。

 これまで、今回みたいな先例は無いそうだからこの可能な提案ではあるものの、提案を斥けられて王国国庫行き、というのが最もありそうな気がする。


 ティーチと、ティーチの部下総勢二十三人、そこにあたし、ロベリア、アドリエンヌ、ロッテンマイヤー、ユウリを加えたメンバーで大洞窟の探索を開始した。

 闇の商人達がオークションに使用した九つの大部屋と、VIP向けの豪華な部屋……でも、これだけの投資をしても有り余る資産をハーバー伯爵は持っていた筈だ。


 これまで調査が全く行われなかったオークション会場の徹底的な調査が始まってから三時間――ロベリアが他とは少し色の違う壁を発見し、仕掛け扉を作動させると隠された区画の存在が明らかとなり、更に探索を続ける中でこの隠された区画がハーバー邸の別館の一室に繋がっていることが分かった。


「これで、全ての謎が解けたわ。リナリアさん、村木さん、もう少し付き合ってもらえるかしら? 今回の事件の下手人に真相を確かめに行くわよ」


 全ての事件のピースが揃い、後は事件の真相を確かめるだけ。

 あたしとロベリアの最初の事件調査も、いよいよ大詰めだわ!!



 ◆◇◆◇◆



「本日はお忙しい中、時間を取ってくださりありがとうございます」


「はぁ……事件の真相が分かったとお聞きしましたが、何故、私が呼ばれたのでしょうか? まさか、私が犯人だと本気で思っているなんてことはありませんよね? 前回の取り調べでもいいましたが、私は旦那様のご厚意で正式な使用人として働かせて頂けることになりました。その旦那様を私が殺せば、恩を仇で返すことになります。そんなこと、私がする筈がありません」


 闇市場のオークション会場にも通じる海岸に、呼び出されたのは真面目な男性使用人ジョセフ・チューニングだった。


「ええ、その通りです。マレハーダ・フライングダッチマン・ハーバー伯爵を殺害した犯人、それは貴方ですね?」


「馬鹿な! ……そこまで言うなら証拠はあるのですね?」


「残念だけど、確たる証拠がある訳ではないわ。血の付いた凶器も、衣服も、もう処分してしまっているでしょう? それだけの時間はあったのだから。貴方が犯人であると掴んだ証拠はこの世界では認められていない特殊な科学捜査で掴んだものだから、王国刑事部門に提出することはできないのよね。つまり、八方塞がりってことね、貴方が証言をしてくれない限りは。ところで、王国刑事部門は自白さえあれば容疑者を被告人にすることはできるわ。証拠ではなく自白を最上とするのは王国刑事部門の悪しき風習なんだけどね。……このまま貴方が犯行を頑なに認めなければ事件を迷宮入りね。わたくしにもこればかりはどうしようもないわ」


「私は事件の犯人ではありません。的外れもいいところです。……残念ですが、貴女では事件の犯人を見つけられないようですね。他の捜査官の皆様が真相に辿りつくことを祈るばかりです」


「……今から、わたくしの推理をお話ししますわ。もし、そのお話を最後までお聞きになって、それでも事件の犯人ではないと言うのであれば、わたくしの推理は間違っていたということでしょうね? 或いは、貴方の心を変えられなかったか。いずれにしてもわたくしの負けですわね。……わたくしに三分だけ時間をくださいませんか?」


 こうして、絶対に三分では終わらないロベリアの推理が始まった。



 ◆◇◆◇◆



「今回の事件は極めて難解でしたわ。容疑者として任意同行された三人がいずれもハーバー伯爵を殺害することで損をするのだから、本当に誰が犯人かを絞り込むのは難しかった。宝石やドレスなどを貢がせていたメイドで愛人のミュリエッタ、社交界で鴛鴦夫婦として知られていたハーバー伯爵夫人、そしてマレハーダに正式に雇ってもらえたことへの恩義がある貴方……誰もが殺人を犯すことで不利益を被るのだから、普通に考えれば事件を起こす筈が無いわよね。犯罪を起こすには、一瞬でもいいから不利益を上回る利益を得られなければならない。とりあえず、まずは怪しいハーバー夫人とミュリエッタについて考えてみたわ。もし、仮にハーバー夫人に動機があるとすれば、それはハーバー伯爵が自分を裏切ったことへの恨み……というのが妥当だと思うのだけど、これについては夫を奪ったミュリエッタの方が憎い筈だし、そうなると連続殺人になっていないのが不自然。ミュリエッタもこのまま放置しておけばハーバー伯爵の財産が手に入る訳だから、殺すのは不自然よね。まあ、身体目当てでしつこく言い寄ってくるハーバー伯爵へのストレスから殺害、なんで可能性もあるけど、憶測の域を出ないわ。この時点で実は一応、疑いの目は貴方に向けていた。でも、確信していた訳ではないわ。この中に犯人がいるのなら、可能性が一番高いのは貴方だと考えていただけ。……この時点ではハーバー伯爵の人物像のブレが生じていたし、わたくしの関心はそちらに移っていた。事件の全貌を掴み、真実を詳らかにすることがわたくしの最優先事項でしたからね。続いて行った現場検証では、新たに外部犯の犯行の説が浮上した。パートタイムの使用人達や彼らとは関係無しに外部犯の犯行……特にハーバー伯爵が絡んでいた裏の人間達の中に犯人がいる可能性も浮上はしていたわ。実際、ハーバー伯爵は海賊をはじめとする裏の世界と繋がる闇のブローカー、闇市場の支配人という立場にいた人物で、そこで得た利益や民を騙して取り立てた税の一部から莫大な富を築いていた。貴方もよくご存知でしょう? ハーバー伯爵の大秘宝――その正体は民の努力の結晶の上澄みと、闇の世界の汚れた金だったということね。……さて、事件の方はと言うと、困ったことに事件当夜に窓が開けられていたことで、誰にでも犯行が可能になってしまったわ。そこで、わたくしはもう一度事件を整理してみることにしたの。ずっと引っかかっていたの……貴方は真面目に仕事をしている働き者の好青年と思われているわ。ハーバー伯爵に直談判をしてまで正式な使用人となって働こうとした仕事一筋の男。でも、そもそも何故貴方はそこまで頑張るのかしら? そう、貴方の他人からの評価に隠されてずっと忘れられていた、何故人は働くのかという根本的な理由。なんで働くのか、それはお金を稼ぐためでしょう? お金を稼ぐために働く、沢山のお金が必要だったから勤務時間を増やした、結局はそれだけよね? 勿論、貴方は正式な使用人として雇ってくれたハーバー伯爵に感謝していた。その気持ちは本当だったのよね? でも仕事は、貴方にとっては徹頭徹尾お金を稼ぐための手段、目的と手段が逆転することは無かった。それほどまでに、貴方の中にあった目的は大切なものだったのよね。お金を稼ぐことも、ここで使用人として働くことも、全ては目的を遂げるための手段に過ぎなかった。そこまで直向きに頑張ってきたのは、病気の母親を救うためね」


 ジョセフの目が大きく見開かれた。やっぱり、ロベリアの推理は正しかったのね。


「貴方がよく母のことを誇りに思っていることを同僚に話していたようね。父親が早くに亡くなってしまって、親の手一つで育ててくれた母親……そして、母親の容体があまり良くないことも話していたのでしょう? この世界では病を治すのには治癒術に頼るしかない。でも、その治癒術を使ってもらうためには莫大な報酬を支払う必要がある。だから、貴方は誠実に働いてきた。……ハーバー伯爵の大秘宝の噂なんてあるかどうか分からないものに興味なんて示さず一心不乱に……でも、それでもお金が足りなかった。だから、思いっきりハーバー伯爵にお金を貸して欲しいとお願いしたんじゃないかしら? そして、断られた」


「……私の母は紫の痣が広がり、やがて死に至る難病「紫痣病」を発症してしまいました。治癒術でなければ治らなければ厄介な病です。母は親の手一つで私のことを育ててくれました……母にはまだ恩返しもできていません。……もっと沢山一緒に母との生活を送りたかった。これまで頑張ってきた母に楽をさせて、二人で支え合って生きていきたかった。私はその気持ちを押し殺して仕事に励んできました。母と過ごせる時間を削ってまで仕事に打ち込む私は、何度も『私は何故、母が辛い思いをしているのに側にいてやらないんだ』と自問自答しました。目的と手段が逆転することは無かったとロベリア様は仰りましたが、その推理は間違っています。私は貴女が思うほど、強い人間では無かった。……母を救いたいとお金を稼いできました。駄目で元々と思ってお願いした常勤への格上げをハーバー伯爵に認めて頂けた日は、とても嬉しかったです。私は素晴らしい仕事に巡り合えて幸せだと、そう思っていました」


 実際、ジョセフの言葉に誤りは無かったのだと思う。

 ジョセフはハーバー伯爵を尊敬していたし、この職場が大好きだった。


「しかし、いくら稼いでも治癒術の対価へは届きませんでした。母の病状も日に日に悪化していっている……だから、私はハーバー伯爵様にお願いしたのです。母を救って欲しいと、それが無理なら母を救うためにお金を貸して欲しいと」


 あの優しいハーバー伯爵なら、きっと力になってくれると、ジョセフは心の底から信じていたんだと思う。

 だけど、帰ってきた言葉は――。


『何故、私が平民なんぞのために金を出さなければならんのだ? 治癒術など高尚なものを受けてまで平民に生きる価値があると思ったか? お前達平民は死ぬまで我ら貴族様の手となり足となり働け!」


 ……そもそも、金に汚いマレハーダがお金を貸す訳が無かった。

 ましてや、治癒師を呼んでジョセフの母の治療費を肩代わりするなんて、そんなことをする訳がない。


 質素倹約のためなんかじゃない、使用人に払う金すら払うのが惜しいから、パートタイムで働かせてお金をケチってきた。先進的な考え方なんてものじゃない、文字通り労働力を酷使するために……。

 マレハーダは色欲と金欲に塗れた男だった。善人の皮を被っているだけ、悪人よりもタチの悪い外道。


 その片鱗を見てしまったから、ジョセフはマレハーダを殺すしか無かった。

 短絡的な犯行――だから、事件そのものは杜撰過ぎた。だから、証拠を隠滅できる時間さえ与えなければ、もっと早く犯人の特定ができたと思う。


「頭にカッと血が上って、書斎にあった作業用のナイフで気づいたらハーバー伯爵を刺してしまっていました。頭が真っ白になりましたが、なんとか落ち着きを取り戻し、証拠のナイフの回収を行いました。自分が犯人だと特定できるものが残っていないことを確認すると、私は今更ながらとんでもないことをしてしまったと、後悔しました。ハーバー伯爵を殺せば、もう明日から給料が出ない……母を救う道を私は自らの手で断ってしまったのですから。全く、ハーバー伯爵を殺したことに対しては何も感じませんでした。ただ、次の就職ができるか、母を救うのに間に合うのか、それだけが不安で仕方ありませんでした。……母を救うその前に私が犯人であることを知られては、どうにもならない。私は容疑者から外れ、外の人間が犯人である可能性を浮上させるため、窓を開けました」


「でも、それがわたくしの中で決定打になったわ。窓が空いていたからこそ、実際に犯人は当夜屋敷にいた三人の可能性が高いと……誰かに罪を擦り付けようとするほど、その除外した人達の中に犯人がいるのではないかと思えてくる、否定すればするほど、容疑者から外れた人達が怪しく見えてくる。わたくしは証拠によって犯人がどなたかを知ることになりましたが、窓が空いていたことを聞いた時点で、あの三人の容疑者の中に犯人がいることを半ば確信していたのですよ」


 ジョセフは項垂れた。


 今回の事件、ロベリアがいなければジョセフが犯人であるという断定には至らなかった。最悪御宮入りや冤罪によるでっち上げもあり得たと思う。

 そういう意味で、ジョセフにとって捜査官ロベリアの存在は不幸だった。


 でも、ジョセフだってこの事件で行き詰まっていた。母を助ける手段を自らの手で消し去ってしまったのだから。


 この事件、本当に誰もが得をすることがない事件だったのね。……ジョセフだって血眼になって探しても、結局ハーバー伯爵の大秘宝は見つからなかったのだから。


「ジョセフ・チューニング、どんな事情があったにせよ、罪は罪です。貴方は殺人という罪を犯しました。――その罪は、正しく償わなければなりません。ご同行頂けますか?」


「……分かりました」


 ジョセフはロベリアに促され、魔導四輪に乗り込んだ。

 このまま、魔導四輪でジョセフを王都の本庁に移送することになる。ロベリア、あたし、アドリエンヌが乗り込み、ロッテンマイヤーはロベリアが乗ってきた馬車を屋敷に戻すために別行動で王都にある屋敷に戻ることになっている。


「さて、移送の途中で一箇所だけ寄らないといけない場所があるわ。ジョセフさんの大切なお母さんの居場所、教えてくれるかしら? わたくしの助手のリナリアさんはワトスン博士みたいに優秀なお医者様なのよ?」


 ジョセフの目から一筋の涙が流れた。ずっと一人で抱え込んできたものが、限界を越えてしまったのね。

 止まらない涙の中、ジョセフは「よろしくお願いします」と涙声で懇願した。


 あたし達はジョセフの話を頼りにジョセフの母カリス・チューニングの元に駆けつけ、すぐに治癒に当たった。

 幸い、「紫痣病」はあたしの治癒術でどうにか消し去ることはできて、カリスも無事に目を覚ました。


「お母さん、ごめんなさい。必ず帰ってくるから」


 カリスにはジョセフの犯行について説明せず、王都でしばらく働くことになると伝えた。

 「必ず帰ってくるよ」と言うジョセフに、カリスは「心配を掛けたわね。……いつでも帰っていらっしゃい。ここに、貴方の帰る居場所はちゃんとあるわ」と優しく微笑みが掛けた。



 ◆◇◆◇◆



 あたしは、何故ロベリアが悪役令嬢として新たな生を受けたのか疑問に思っている。

 これほどまでに正義感に溢れ、悪を憎み、正しいことを成そうとしている人を、あたしは前世でも見たことが無かった。


 その正しさの中には優しさがあって、「裁かれるべき人間が適切な処罰を受けるべきである」という一方で、「どんな事件の犯人にも事情がある」ということを強く理解して犯人の気持ちに寄り添うこともできる。


 乙女ゲームで断罪されるロベリア・ノワル・マリーゴールドのような意地悪で、高慢で、お馬鹿で、傍若無人で……そのような悪役令嬢とは似ても似つかない、優しくて、ユーモアがあって、時々見せる可愛らしい笑顔が愛おしくて、正しい捜査官であろうとする姿がカッコいい――。


 ――あたしは、そんなロベリア月村葵さんのことが好き。

 ロベリア月村葵の相棒に選んでもらえたあたしは、本当に幸せ者だと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る