元悪役令嬢捜査官ロベリアと相棒リナリアの事件簿〜高慢令嬢から一転推理大好き捜査官になっていた悪役令嬢のロベリアの相棒に選ばれてしまった聖女でヒロインのリナリアはハーレムルートを捨てて難事件に挑む〜
CASE.17 聳り立つ炎の壁を斬撃一つで消し去れないなんて、わたくしの剣の腕はまだまだ未熟ね。 by.ロベリア
CASE.17 聳り立つ炎の壁を斬撃一つで消し去れないなんて、わたくしの剣の腕はまだまだ未熟ね。 by.ロベリア
<Side.ロベリア/一人称限定視点>
執事兼護衛役のロッテンマイヤーと共にハーバー伯爵領に着くまで約一日半。
ハーバー伯爵邸ではなく、ハーバー伯爵領の港に向かうと、黒い布に髑髏が描かれたデザインの帆船が港に停泊していた。
……あからさまに海賊船ね。まあ、確実に裏世界に通じるユウリがマッチングさせたんだろうけど。……しかし、よく堂々と停泊できるわよね。裏社会の人間である自覚が本当にあるのかしら?
しかし、あまり嬉しくないマッチングよね、悪役令嬢な公爵令嬢と海賊とか……荒事の面でいったら絶対に海賊に軍配が上がるわよ。
海賊は常に命を奪い奪われる戦いの世界に身を置く本職で、悪役令嬢は親の七光という加護に守られた上で自分よりも身分的に劣る人を攻撃することしかできない、所詮はそれだけの弱い存在だもの。そもそも、正々堂々と勝負できる力も、正々堂々と勝負する気概もあるのなら悪役令嬢なんて絶対に呼ばれないわ。
でも、この事件の全貌を露わにするためには海賊とコンタクトを取るしかない。
欠けている証言を、既にわたくしが手に入れている証言と組み合わせ、パズルのピースを繋げて一つの絵柄を完成させるように、事件を復元するためにハーバー伯爵と取引をしていた者達の証言が必要となる。
推理は出来上がっているし、真相もある程度は把握しているけど、あくまでそれは状況証拠から推理した机上の空論に過ぎない。その推理を補填し、今回の謎を解く鍵となるハーバー伯爵の大秘宝の情報を得る。
それで事件はきっと完全な形で解決する。それでもって、上手くいけばアレキサンドラの悩みを解決させることもできるでしょうけど……かなりの改革になるだろうし、この解決策を好ましく思わない者も大勢いる。
……まあ、わたくしにはどんな権限も与えられていないのだから、どうしようもないのだけれどね。
タラレバの話はほどほどにして、今は海賊のことに集中しないとね。
「鳴刀・鏡湖」を四次元ポシェットから取り出し、佩刀する。ロッテンマイヤーが水の魔力を性質変化させて船腹と港の石畳を繋ぐ氷の階段を作り出し、わたくしとロッテンマイヤーはその階段を上って甲板に乗り込んだ。
「なかなかの船ね。十六世紀から十九世紀頃の地中海で、主に交易目的に使用されたジーベック船と同じ系統かしら?」
「おいおい、嬢ちゃん。ここがどこか分かっているのかな? 随分と好奇心の強い嬢ちゃんだね。世間知らずの貴族のお嬢様が物見遊山で迷い込んじゃったってところかな? ここがどういうところか教えてあげようか?」
カトラスや斧、ピストルやサーブル、短剣などを構える海賊達。
そのほとんどが屈強な男達だけど、中には紅一点ならぬ紅二点、男装した女性が二人。ピストルとカトラスを持ち、まるでアン・ボニーとメアリ・リードみたいだわ。
「残念ながら、わたくしは貴族令嬢では貴族令嬢でも、世間知らずな貴族令嬢ではありませんわ。王国刑事部門二等捜査官ロベリア・ノワル・マリーゴールド、公爵令嬢という肩書を持つだけのただの一般人ですわ」
確かに公爵令息や公爵令嬢は公爵家の人間であるけど、爵位を持つのは当主のみ……結局、他は爵位保有者の親族でしかないのよね。
勿論、影響力がないとは言わないわ。家の持つ爵位はそのままヒエラルキー形成にも大いに影響を及ぼすし、実際にその権力を笠に着る勘違い貴族子女はいつの時代にも存在する。……ロベリアみたいにね。
でも、所詮は親の七光。たまたま公爵家に生まれただけのただの子供でしかないのだから、自分で地位を掴むまでは、或いは世襲するまでは、貴族の親族であるというだけでしかないの。
だからわたくしは公爵令嬢という肩書を持つだけのただの一般人……嘘は言ってないわよね?
「アハハハ! 面白え! なかなかユニークな考え方をする姐ちゃんだ! その制服、貴族のボンボン共が通う学園の制服だろ? 学生が王国刑事部門の二等捜査官を務めているってことは、相当な切れ者ってことだよな? ……それで、辣腕美人捜査官様は俺達を捕まえに来たのか?」
「いえ? それとも、捕まえて欲しいのかしら? 随分とマゾヒズムに溢れているのね。生憎とわたくしはサディストではないわ。貴方達海賊が取引していたハーバー領の闇市場の情報を教えてくれるかしら?」
この船の船長と思しき黒いヒゲを生やし、片目ドクロマークの入ったアイパッチを嵌め、三角帽を被った海賊の男が高笑いをやめ、表情という表情が抜け落ちたように冷たい双眸を向けた。
「そいつはできねぇ相談だな。俺達裏の世界の人間には掟や規則がある。俺達みたいな荒くれ者や悪人が集まるからこそ、お前ら表の人間よりも仁義や規則を大事にすることで、無駄な争いを避けてきた。仁義や掟を蔑ろにしたら、裏の世界からも異端扱いされ、袋叩きにされる。悪には悪なりの秩序ってもんがあるんだ。……俺達は海賊だ。自由を愛する俺達だが、無法者って訳じゃねぇ。最低限の守るべき掟や規則は遵守する。それに、決して仲間を裏切らねぇ! 仲間を売るような真似を、俺達がするかよ! 聞きてぇなら、力尽くで聞きやがれ! ……悪いな、俺達は嬢ちゃん達を酷い目に遭わせたくはねぇんだ。安心しろ、お前らを殺すことも、辱めるようなことはしねぇよ。それが、俺達ジーベック海賊団が唯一超えてはならないと決めている一線だからな」
「なるほど、随分とお優しい海賊さんのようね。……義理と人情を持ち合わせる、自由を愛する海の男というところかしら? ……でも、どうしても気に入らないことがあるわ。不殺とは、圧倒的強者のみが語るべき言葉だわ。殺さずに勝つなんて甘えよ。殺さずに手加減して真剣勝負の相手に挑むということは、その相手を舐め切っているってことよね? この甲板に上がった以上、覚悟は決まっているわ。殺されたなら文句は言えないし、言わない……そういうものよね?」
「驚いたな。ただの公爵令嬢じゃねぇとは思っていたが、そこまで戦いというものを熟知しているとはな。そうか……悪かったな。俺はロベリア、お前のことを気づかずに貶めてしまっていたみたいだ。改めて、ジーベック海賊団船長ティーチ・ジーベックだ! お前ら、手を出すなよ!」
「ロッテンマイヤーさん、手助けは必要ないわ」
「心得ております。私如きが参戦したところで、ロベリア様にご迷惑を掛けることになるだけでしょうし、私はここで戦いの行く末を見守らせて頂きます」
「なるほど……護衛よりも強いってことか? こいつァ、かなりやべぇかもな」
ティーチは鞘からサーベルを引き抜いた。別名魔法銀とも呼ばれるミスタリレ独特の銀色の輝きを放つ刃は、太陽の光に照らされ、キラキラと輝いている。
「ミスタリレ製のサーベルのようね。銀の輝きと鋼をしのぐ強さを持ち、非常に貴重なものとされるミスタリレを惜しげもなく使って鍛えられた名剣……かなり使い込まれているし、愛着もかなりのものなのでしょう? まさに、共に海を渡ってきた相棒というところかしら?」
「目利きの才能もあるみてぇだな。……抜けよ、お前の刀。その腰に佩刀しているものは、お飾りじゃねぇんだろ?」
「鳴刀・鏡湖」を鞘から引き抜く。まさに抜けば玉散る氷の刃と形容するべき輝きを放ち、白刃は怪しく煌いた。
「…………刀か? いや、ただの刀じゃねぇ! 大業物級か……いや、もっと上、東の国で打たれた最上大業物十二工の一振りか!? この国に伝わった「霹靂千鳥」とも「黒刀・夜叉哭」とも違うってことは、散逸していたどれかか!? 赤ん坊でも振るえばなんでも斬ってしまえるというほど、技倆がなくても恐ろしい切れ味を見せる最上大業物十二工を、何故公爵令嬢のお前が持っている!? 国王であろうと手が届かない時は届かない、究極の一振りだぞ!!」
「この刀は友人から友好の印として譲り受けましたわ。わたくしも、この刀に恥じない使い手になろうと精進して参りました。確かに、赤ん坊でも振るえばなんでも斬ってしまえると言われるほど、切れ味の素晴らしい刀です。しかし、それは刀を使っているのではなく、刀に使われているに過ぎない。そんなものは剣士とは言えませんわ」
正眼の構えで刀を構える。霊的存在にダメージを与えられる自然界に満ちるエネルギーや魂魄が発するエネルギー、生命力などが複合した霊的エネルギーである霊力を刀に纏わせて強化し、地を蹴って加速した。
「桃李成蹊ッ!」
猛烈な踏み込みと同時に、裂帛の声と共に爆発的な踏み込みにより一瞬でトップスピードに達し、一瞬にしてティーチの懐に入り込んだ。
その身に浄化の霊力を纏わせることで自分そのものが霊を浄化する弾丸と化す線の浄化技で、霊力による身体強化も加わって攻撃力と素早さが大幅に上昇するようだけど、代償に大きく霊力を消費するから、あまり高い霊力を有さない人にとっては一撃必殺を狙った技という認識なのかもしれないわね。
「灼壁」
――ッ! 魔力を使って炎の壁を作り出したのね。しかも、魔力のコントロールが完璧だから船の床は全く燃えていない。
この世界には六つの属性がある。その希少価値が低い順に並べれば、土、風、水、火、闇、光の順番で希少価値が高ければ高いほど、当然所持率が低くなる。
光属性には上位属性として聖属性と、その上位に位置すら神聖属性があるわね。その上位属性は下位属性の性質を持ち合わせるようだけど。
火属性はその保有者がググッと大きく減る闇と光を除いた四大元素属性の中では最も希少価値の高いものとして知られている。
噂によると、ラインハルトの属性も火らしいわよね。……まあ、実際に見たことがないからどちらが強いかは定かではないのだけど。
「桃花爛漫」
桃色の霊力を纏った刀から流れるような斬撃を繰り出す。
散った霊力が桃の花弁のような形を作っては消えていき、炎の壁は細切れになって形を保てなくなり、消滅した。
「ちっ……炎の壁まで突破するのかよ!」
「本当は一撃で真っ二つにしたかったのだけど、技倆が足らなくて申し訳ないわ」
「嫌味かよ! ちっ、
――ッ! サーベルに炎が点ったわ! そのまま振り下ろすのと同時にサーベルが纏っていた炎が斬撃の形でこっちに飛んでくる。
斬撃なのに遠距離攻撃もできるのね。
炎の壁で距離を取られたティーチの遠距離炎斬撃攻撃を、「桃李成蹊」で躱しながら肉薄――今度こそ砕かせてもらうわ、そのサーベル。
「狙いは俺のサーベルか! まあ、そりゃそうなるよな。……全く勝てる気がしねぇよ。最上大業物叩き切るとか、ダイアモンドを破壊するのにも匹敵する難しさじゃねぇか!」
「あら? ダイアモンドなら案外簡単に破壊できますわよ。そもそも、靭性はダイアモンドよりもルビー、サファイア、翡翠の方が高いですから、ハンマーなんかで叩けば案外簡単に壊せるようですわよ。それに、へき開面もありますし、熱に対する耐性も低い……もっと良い例えがあったのではありませんか?」
「比喩に突っ込みを入れてくるなよ! 本当に余裕そうで嫌になってくるぜ!」
あれから何度も斬り結んでいるけど、流石はミスタリレ製のサーベルね。ほとんど傷という傷がついていない。
ティーチも、互いの武器を破壊した方が勝利という分かりやすい戦いを支持したみたいで、何度も切り掛かってきたけど、決着がつかないまま戦いが続いている。
そのままこの戦いが永劫に続くかと思われていた時、ドォーンと大きな音が響いて船が揺れた。
「お頭! 船腹にデカい風穴が開けられています!」
「なっ、なんだと!? 一体何が起きた!! お前ら、至急状況を確認しろッ!!」
……どういうことかしら? 一体誰が、何の目的で戦いに横槍を入れたの?
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