CASE.16 猛スピードで自走する魔法の四輪……って、本当にそのまんまなネーミングよね? もしかして、アドリエンヌってネーミングセンスがないのかしら? by.リナリア

<Side.ロベリア/一人称限定視点>


 約一日半の時間を掛け、わたくしとリナリアは魔法学園に戻ってきた。


 女子寮の管理人さんによれば、わたくしのいない間にディル君がやってきて、「王国刑事部門が容疑者三人への取り調べを一通り行ったものの、犯人を特定できなかったため三人とも解放し、現場検証を始めることになった」という伝言をお願いしたそうね。……後手後手に回っている杜撰な捜査としか言いようがないわ。


 今回の事件の場合、現場検証とパートタイムの屋敷の使用人のリストアップをしてから捜査にあたるべきだった。幸い、容疑者が現時点でもハーバー伯爵領に目的があるのだから、犯人をミスミス取り逃すということは無かったのだけど、もし、犯人に逃走されていたらどうするつもりだったのかしら? どちらにしろ御宮入りだわ。


 女子寮のわたくしの部屋に戻り、湯浴みをしてからベッドに寝っ転がった。

 窓の外では月が煌々と輝いている。この月の輝きすらも憎らしく思えてくるのだから、本当にダメね。


 わたくしは犯人よりも先にハーバー伯爵の大秘宝を見つけなくてはならない。

 その大秘宝そのものと、その大秘宝がどのように築かれたか、その秘密を掴まなければ本当の意味で事件解決とは言えないのだけど……。


「あーぁ、肝心の海賊とコンタクトを取る方法があればなぁ」


「お困りでっか?」


 いつの間にか、わたくしの部屋に大きなカバンを背負った、不思議なほど存在感のない黒髪糸目の帽子を被った行商人風の出で立ちの少女の姿があった。


 ……このような胡散臭い出で立ちだけど、実はアダマース王国と周辺国を含め全ての犯罪組織と繋がりを持つと言われる裏世界の重鎮で「影道化ジョーカー」という異名で恐れられているのよね。

 本人曰く、枢機卿以上の高位神官か侯爵以上の貴族、即金で金貨十万枚を用意できる資産家でなければ本来は直接目通りできない裏世界の雲上人のような存在なのだけど、全くの不定期で本当に自由気儘にわたくしの屋敷に衛兵の目を盗んで遊びに来ては、世間話でもするように重要な情報を話していく。


 彼女は初めてわたくしの屋敷を訪れた時、ユウリと名乗り、「影道化ジョーカー」という異名で呼ばれていることを明かしてくれた。

 わたくしのような公爵令嬢にわざわざ本名を名乗ったのは、彼女もまた記憶持ちの転生者だからなのだそうだ。当然、彼女もわたくしの正体が転生者であることを知っている。……どこから嗅ぎ付けられたのか、分からないけど。


 彼女は「世界は善と悪のバランスによって成り立っている」という考えを持っていて、そのどちらも存在するからこそ世界の平穏が保たれると考えているらしいわ。

 そして、悪陣営の暴走を抑えるために犯罪組織を纏め上げ、「影道化ジョーカー」として君臨しているらしい。


 善の人間とは言い難いけど、極悪非道な外道という訳でもない、胡散臭くて信用ならない年齢不詳の少女……もしかしたら、わたくしが思っているだけで少女・・と呼ぶべき歳ではないのかもしれないわね。


 ちなみに、本業は歌って踊れてベタも塗れる商人で、副業は暗殺者なのだそうだけど、話を聞く限りでは、異世界でねずみ講マルチ商法の手法でボロ儲けしたり、ぼったくりな金額で物を売りつけたりしていたり、かなり危険な人な気がする。

 まあ、わたくしも彼女の中核にある「世界は善と悪のバランスによって成り立っていて、その維持をすることで平穏が保たれる」という考えには共感する部分もあるし、必要悪の存在を全否定するつもりはないから、敵対する気は更々ないのだけどね。


 それに……どこかこの人の嫌いになれないのよね。

 なんというか、わたくしも彼女と似たところがあるように感じるのよね? どこがと言われてもよく分からないのだけど……もしかして、誰かに憧れて、その人の信念が出発点だったってところが共通していたりするのかしら? なんとなくで、特に理由はないのだけどね。


 ところでわたくし、悪人は徹底的に憎むタイプだったと思っていたのだけど、もしかして殺人犯限定なのかしら?


「儲かりまっか?」


「さっぱりですわ」


 定番の返しをしながら、お湯を沸かして紅茶を淹れる。

 ユウリは出されたお茶菓子やお茶をパカパカと、馬のように飲み食いしながら、我が家のように寛いでいる。


「何度も言っていますが、わたくしの前ではわざわざキャラを作らなくてもいいですわよ。本当は標準語ベースで関西弁はキャラ作りだってことは知っていますから」


「月村さんには頭が上がりまへん。流石は天下の王国刑事部門の二等捜査官様やね……まあ、自分、実際堺の出身なんやけど」


 何度目か分からないユウリとのやり取りを終えると、ユウリは帽子を取った。

 バサっと、濡れ羽色の美しい髪が広がり、月の光に照らされて妖艶に輝く。


「お困りのようですね、月村さん。なんでも、ハーバー伯爵家と海賊の関係を調べているとか?」


「毎度どこから仕入れてくるのかしら?」


「隣の奥さんから?」


 冗談めかしてユウリは笑う。しかし、可愛い顔して笑う女の子よね……見た目は。なんで、この子は悪の道に進もうなんて思ったのかしら?

 何度も彼女の原点について聞こうと思ったのだけど、その度に上手く躱されてしまうのよね。その原点を、彼女の心の宝石箱の中に閉まっておきたいと思っているのかもしれないけど……気になるわね。もし、本気で問い詰めたら、彼女はわたくしに愛想を尽かしてしまうのかしら?


「王国刑事部門随一の切れ者、月村葵さんの推理は今回も大正解だよ。まあ、恐らく君の思っている通りだろうけど……君がお探しの海賊さんは頻繁にハーバー伯爵領の港にやってくる。そういえば、丁度明後日、港に上陸するって風の噂で耳にしたな」


「何か企んでいるわね?」


「いえ、全然? 月村葵さんの大親友、ユウリちゃんをどんと信じなさい!」


「貴女みたいな胡散臭い人を信じる方がどうかしているわ。話半分で聞いておいて丁度いいのよ?」


「全く、酷いよ!」


 こうして話していると、なんだか同世代の女子高生と話している気分になるのよね。……日畑空さんと話している時みたいで気楽でいいのだけど、本当は油断なく相対するべき存在だってことは分かっているわ。

 分かっていても、思わず気を緩めてしまうのだから、やっぱり恐ろしい存在よね。


「それじゃあ、健闘を祈っているよ。頑張ってね、正義の体現者さん」


 現れた時と同じように消え去ってしまったユウリの寛いだ跡を見ながら、わたくしは溜息を吐いた。


「わたくしは、正義の体現者ではありませんわ。貴女にしては珍しく、目が曇っているようですわね」



 ◆◇◆◇◆



<Side.リナリア/一人称限定視点>


 翌日、ロベリアは学園に姿を見せなかった。

 あたしはラインハルトに「ロベリアはどこに行ったのだ!」と問い詰められたけど、あたしにも分からない。

 スカーレットとアウローラ、アクアマリンにお願いして確認してきてもらうと、ロベリアの部屋に一通の置き手紙があった。


『新しい情報を掴んだので、ハーバー領に蜻蛉返りしますわ。今回は少々危険がありそうなので、手紙を見つけた方はリナリアさんには学園で待機して決して来ないように伝えておいてください』


 ……こんな置き手紙が罷り通ると思っているのかしら? 危険だから置いていく? あたしを相棒に選んだんじゃないの!? なんで肝心な時だけ一人で行動するのよ!!


「……リナリア、心当たりはあるか」


「まあ、この状況なら十中八九海賊に関する情報を掴んだんでしょうね。昨日まで、事件は御宮入りだと嘆いていたのに……」


「まさか、海賊に挑みに行ったのか!? 馬鹿な、ロベリアは公爵令嬢だ! 彼女に戦う力はない」


「まあ、勝算のないのに行く人ではないとは思いますが……物凄いムカつきます。これだけ色々なところに連れ回しておいて、肝心な時に置いていくとか! あたしが足手纏いだって言いたいの!? ああ、もう腹が立つ。絶対に思い通りにはさせないわ! 月村葵!!」


 多目的教室いっぱいにあたしの声が反響する。


「……そこまでリナリアが怒りを露わにするなんて、驚きだな。それでどうするのだ?」


「勿論、追いかけます。それでもって、絶対に追いつきます。ロベリアの相棒はあたしですから、それを突きつけに行きます」


「聖女であるリナリアに戦える力はあるのか?」


「神聖魔法には魔物を浄化する秘儀の他にも攻撃に使えそうな魔法がいくつかありますわ。それに、光属性や聖属性の回復魔法もありますから、あたしは攻守共に実は隙がありません」


「流石はヒロインということか。……では、私も行こう」


「いえ、ラインハルト殿下に万一のことがあると面ど……大事になってしまいますので、このまま学園を出発してあの大馬鹿スットコドッコイを連れ帰ってきますわ」


「今、面倒と言おうとしなかったか?」


「いえ、そんなことはありませんわ。オホホホホ」


 ラインハルトの気持ちは分かるけど、王太子殿下が学園を離れて海賊征討に行くと色々と問題が発生するからね。……王太子の身に危険が、とか、仮に行くとなれば護衛がどうの、とか……そんな時間は正直ない。あたしも反則を使わせてもらうし。


「それで、どうやって追いつくつもりだ? 今から馬車で追っても追いつくのは難しいぞ」


「少しだけ反則を使いますわ。あの人はなんだかんだでロベリアさんのことを大切に思っていますから、きっと力を貸してくださる筈です。必要な馬車も……きっと、大丈夫、よね?」


 あたしは残念ながら自分の好きにできるお金が全くと言っていいほどないし、悔しいことに他人の財力を当てにするしかない。

 勿論、今回のあたしの作戦が上手くいけば、きっと向こうにもメリットがある。


「分かった……私の分までロベリアのことを頼んだぞ」


「仰せのままに、王太子殿下」



 ◆◇◆◇◆



 昼食の時間にアドリエンヌを探し出し、あたしはロベリアの捜索の協力をお願いした。


「本当にマイペースな人ですよね、あの人は。人の気も知らないで……分かりました。私のできる範囲にはなりますが、精一杯協力させて頂きます」


 その日のうちに、あたしとアドリエンヌは学園を早退してランタナ子爵邸に向かった。

 二人でランタナ子爵に事情を説明すると、ランタナ子爵は快く馬車を一台貸してくれることになった。


 アドリエンヌはすぐに馬車の改造に取り掛かった。「機械の作成と魔改造」という転生特典は、馬車を機械と認識することで馬車の改造にも適応することができた。例のポシェットもこの方法を使って魔改造を施すことができたみたいね。

 丸半日改造を施し、遂に自走する四輪が誕生する。


「猛スピードで自走する魔法の四輪……というところでしょうか?」


「そのまんまね……まあ、名前なんてあってもなくてもこの際関係ないわ。行きましょう、アドリエンヌさん! ロベリアさんを助けに!」

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