CASE.15 ようやく事件の犯人も動機が分かったのに……事件捜査が暗礁に乗り上げてしまったわ。 by.リナリア

<Side.リナリア/一人称限定視点>


 この屋敷の窓は毎回パートタイムの使用人達が持ち回りで閉めて帰ることになっているらしい。

 毎日担当になった使用人が戸締りをしてから帰るようだが、事件が発覚したその日には窓が一箇所空いていたのだそうだ。


「普段、夜に窓を開けることはあるのかしら?」


「私はパートタイムなので分かりませんが、夏場でなければないと思います。その夏場も必ず戸締りをしてから帰ることになっていますし、この時期に廊下の窓を開けることは多分ありませんね。……ただ、一人が閉め終えた後、もう一度閉めたかどうか確認する習慣は無かったので、見落としがあったのかもしれません」


 屋敷の中には人もいるし、気づいた人が閉めてくれるかもしれないという気持ちもあったそうだ。

 空いていたのは事件が発生したマレハーダの書斎から随分離れた裏庭に面した窓だったらしい。


「つまり、事件当夜にはこの屋敷に誰もが侵入できたということね。勿論、シルキーさん達使用人も、戻ってきて殺害はできたと思うし、空いている窓からハーバー伯爵に恨みを持つ人物が侵入し、殺害した可能性もある。その日の窓閉め担当はどなたかしら?」


「……確か、エーレン・ボガートさんです」


「そう……まあ、必要なら彼女からも話を聞く必要があるわね」


「エーレンさんを疑っているのですか?」


「彼女が事前に窓を開けておき、事件当夜に侵入――ハーバー伯爵を殺害した可能性も有り得なくはない。彼女がうっかり閉め忘れた可能性も、そうじゃない可能性もあるということよ。いずれにしても、残っている使用人全員にも聞きたいことがあるわ。ついでにお願いしたいこともあるし」


「あの……私達にお願いとはどのようなことでしょうか?」


「シルキーさん達は現在無給で働いているのよね。生活が苦しいのに、身を削ってこの屋敷を守っている……正直誰にもできることではないわ。そんなシルキーさん達の力になれるか分からないのだけど、一つお願いしたい仕事があるの。勿論、報酬はわたくしがきっちりと支払うわ。……焼け石に水かもしれないのだけど」


 ロベリアは何を企んでいるのかしら? シルキー達に仕事を与える? 勿論、彼女達のことを思ってということもあると思うけど、ロベリアにとっても利益のあることよね? ……一体何かしら?


「とても大変なお仕事よ。ハーバー領に住んでいる全員の家を巡って支払っている税金がいくらなのか調べてきて欲しいの。総額を出す必要はないわ。一軒ずつ、どれだけの額を支払っているのか。必要な紙とペンはこっちで用意するから、お願いできるかしら?」


「それが事件解決とどのような関係があるのですか?」


「実は大いに関係があるのよ? それから、これから現場検証を始めるのだけど、事件当夜開いていた窓を開けておいてもらえないかしら? 現場復旧という奴ね」


「はぁ……分かりました。捜査の協力になるのであれば、引き受けます。正直、生活もカツカツで臨時収入があるのなら助かりますし」


 全ての税金取り立てを行っていたマレハーダが死んだ今、その税金の取り立て額などの書類ごどこにあるかは分からない。

 あるかどうかも分からない書類を捜索するよりは、一軒一軒を巡って取り立てた税金の総額を求めた方が寧ろ早い。


 マレハーダの秘密の財源を税金面から本格的に洗い出すつもりなのね。


 シルキーと分かれたロベリアとあたしは、まずマレハーダの書斎に向かった。


「ここが事件現場ね」


「普通に血痕が残っていますね。殺害現場に争った形跡はないし、殺害事態は案外単純なものだったのかもしれないわね」


 大きな血痕がなく、血の足跡も無かったから犯人は血痕を踏まずにそのまま現場から立ち去ったのだと思う。

 事件発生の知らせが届いてから、捜査官がやってくるまで証拠を処分する時間は十分にあった筈。殺害現場の書斎こそ現場維持がなされるだろうけど、個人の部屋までは詮索されないだろうし、内部の人間にも犯行は可能だった。


 でも、それは屋敷の外の人間にも同じことが言えるわね。

 屋敷から脱出してしまえば、いくらでも証拠隠滅はできるのだから。


「…………なるほどね、なんとなく分かったわ。犯人の目的」


「えっ!?」


 いつの間にか「指紋がつけられた時間の解析が可能なように再改造されたゴーグル」をつけたロベリアが、部屋を見渡して確信したように言った。


「それに、犯人が誰かもね」


「ま、待って! 犯人が分かったの?」


「えぇ、分かったわ。だってバッチリゴーグルに犯人のものと思われる指紋の持ち主がいつ、どこに触れたか一目瞭然に表示されているもの。まあ、このゴーグルが反則なのが原因よね」


 うん、そりゃ分かるわよ。それがあれば、あたしだって犯人が分かる。


「犯人はこの部屋に目的のものがあると思ったのね。でも、違ったみたいよ。……恐らく、犯人は目的を達成できないまま、現在も自らの手で引き起こした事件の不利益を被り続けている。きっと、こんなことになる予定は無かったのね。……さて、もう一箇所調べないといけない場所があるわ」


 ロベリアは窓を調べて、完全に犯人を確信したみたいね。

 何故、この窓が空いている必要があったのか? この窓についた指紋からロベリアは容易に犯人の狙いが推測できるというけど……あの、それで結局犯人は誰なの? それがないと犯人の目的が何かも推測できないわよ!!


 ロベリアは探偵特有の勿体ぶった態度のままシルキーを探した。


「最後に一つ、お聞きしたいことがあるのだけど」


「えっ、ええ……私で答えられることであれば」


 この時、あたしはようやく誰が犯人かを知った。そうでなければ、ロベリアがこんな質問をする訳がない。

 ロベリアも完全に確信していた訳では無かった。でも、ロベリアの捜査官の勘は的中し、あたし達はようやく犯人の動機に辿り着く。


 証拠としては提出できない異端技術によって手に入れた科学捜査の証拠と、犯人の動機――この二つがあれば、あたし達は犯人を追い詰めることができる。

 だけど……。


「……わたくし達では、もうここが限界ね。何か大きな切っ掛けが無ければ、これ以上の捜査を進めることはできないわ」


 ――同時に、あたし達の捜査は暗礁に乗り上げた。



 ◆◇◆◇◆



<Side.ロベリア/一人称限定視点>


 疲れ果ててしまったのか、リナリアは馬車の中で眠ってしまった。

 安らかに眠る彼女の髪を撫で、幸せそうなリナリアを見ながら、わたくしは事件を振り返っていた。


 犯人が分かり、犯人の目的と殺害動機が朧げながら掴めた。その殺意が決定的になった切っ掛けは直接犯人に聞けば分かる。


 でも、それで事件は解決しない。この事件にはより多角的な視点が必要なのよね。


「ハーバー伯爵の隠し財産……ね」


 ジョセフ・チューニングによって初めて言及され、そして屋敷に関わる人間全てが興味を持っていた筈の代物。

 存在しない大秘宝の如き、その財宝の謎がまだ残っている。


 犯人は随分ロマンチストだったみたいね。でも、その財宝がどこにあるかも、どこから生まれたものなのかも分からない。

 その財源については候補があるわ。一つは、ハーバー伯爵の収益になり得る徴税……そこで何らかの不正をしている可能性。そして、もう一つが。


「海賊、やっぱりこっちの可能性の方が高そうよね」


 民から不満が出ないほどの課税では大した額にはならない。多少なり、税金に嵩増しをして領主の収益にするのはどの領地でも同じだけど、それでは他の領地と大して変わらない。塵も積もれば山となるけど、いくら質素倹約に努めているといっても、出て行くお金もある訳だし、そんなケチ臭いみみっちいことだけで巨万の富を築くまでいくかしら?


 それよりも、貿易を行う他の領地に向かう船を攻撃して積み荷を奪う海賊と結託すれば遥かに儲かるわ。

 海賊は積荷を盗んでも売り払う場所がないといけない。その海賊から積荷を購入し、市場に上手く流せば儲けることができる。別に表のマーケットに拘る必要はないわ……例えば裏の、闇のマーケットとか。


 その富の隠し場所も、犯人があれほど探したんだから、少なくとも屋敷の母屋にはない筈。残るは離れ? 将又別の場所? 見当もつかないわ。


「……後は、もう神出鬼没のあの人の力を借りるしかないのだけど」


 わたくしに友好の証として「鳴刀・鏡湖」をくれたあの胡散臭い関西弁の似非商人。

 全ての犯罪組織と繋がりを持つと言われる裏世界の重鎮で、「影道化ジョーカー」の二つ名で呼ばれる、ユウリという転生者に会うことができれば、何か大きな手掛かりを掴めるのだけど。


「この頃は全く屋敷にも寮の部屋にも現れないのよね? やっぱり、自由気儘な人だから会いたい時に限って会えないものなのかしら?」



 ◆◇◆◇◆



<Side.神の視座の語り手/三人称全知視点>


 一隻の船が海上を進んでいた。


 巨大な帆船で、掲げられた帆には全て黒い布に髑髏が描かれたデザインになっている。

 つまり、オーソドックスな海賊船の形をしており、実際にその船には海賊達が乗り込んでいた。


 自然の風だけではなく魔力による風の力も借りて航海する帆船は通常の船よりも自然に左右されない。そういう理由からこの世界では航海が魔法の世界よりもしやすくなっているものの、世界一周という大きな野望を抱き、実行した者はほとんどなく、世界には無数の未踏の地が存在している。


 海賊船の船長ティーチ・ジーベックは、そんな世界一周に憧れていた。

 海賊の頂点に君臨し、全ての海の支配を夢見ていたこの男だが、その夢までの道はまだまた先が長い。


 非合法な商売にも手を染め、様々な悪事を行ってなお、その夢を叶えるための軍資金は目標額から随分程遠い地点で停滞している。


 ティーチは海の見える街で生まれた。いつからか、その海の向こうの世界を見てみたいと願い、同じ志を持つ仲間達と出航し、最初は小さな帆船から始まった航海は大きな海賊船を持つにまで至った。

 そのために様々な悪事にも手を染め、清い身ではなくなったことも自覚している。寧ろ、「海賊だからこれぐらいやらなくちゃ格好がつかないからな! アハハハ!」と快活に笑い飛ばしてきた。


 人身売買以外のことなら、麻薬の密輸、武器の密輸、貿易船の攻撃、何でもしてきた。

 人身売買をしている同業者の船に乗り込んで奴隷を解放したり、沈めた貿易船の乗組員達を一人残らず救い、陸に放置するという海賊らしくない行いをするなどといった些か非情になり切れていない部分があるが、だからといって無害な存在という訳ではなく、一度戦うとなれば容赦なく戦い、積荷の強奪も躊躇なく行う危険な存在であることには変わりない。


 寧ろ、「弱肉強食、弱いものは奪われて当然。ただし、命までは取るつもりはない」という一つの確固たる信念を持って行動しており、野蛮で統率力の欠ける海賊よりも高い絆で結ばれたジーベック海賊団の方が遥かに強いかもしれない。


 最初にそのジーベック海賊団の甲板で異変を感じたのは、アン・ピストーラとメアリ・カトラス――男装した二人の女性海賊だった。

 陸から隔絶された海のど真ん中、そこに突如として現れた一つの人影。


 アンは異国の武器である拳銃を、メアリはカトラスと呼ばれる剣を抜き、油断なく構えた。

 ようやく気づいた他の船員達が次々と武器を構えるが。


「全員武器を下ろせ! 全滅するぞ!!」


 船長ティーチの声が響き渡った。


「ええ判断やね。流石は一海賊団を仕切る船長や」


 張り巡らされた髪の毛よりも細い無数の糸の中心で大きなカバンを背負った、不思議なほど存在感のない黒髪糸目の帽子を被った行商人風の出で立ちの少女の人影は、ティーチに向き直った。


「儲かりまっか?」

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