CASE.14 現場検証をする前に第一発見者のメイドのシルキーが落とした爆弾発言が事件を御宮入りに大きく近づけてしまったわ! これ、本当に解決するの!? by.リナリア

<Side.リナリア/一人称限定視点>


 「大丈夫」だと言っていたアレキサンドラが気絶するまで、そう時間は掛からなかった。

 アレキサンドラは現在、学園の職員の協力で医務室に運ばれ、ベッドで睡眠をとっている。間違いなく睡眠不足と過労で、大事には至らないとは思うけど、後で婚約者のアウローラと共に全員で様子を見にいくことになった。


 アウローラによれば、アレキサンドラはこの頃学園の勉強と並行して、父で筆頭枢機卿を務めるベルナルドゥスから耳に入れておくべきだと伝えられた「信徒達の教会襲撃事件」について頭を悩ませていたらしい。

 信徒達の目的は「教会への寄附金の減額」や「高額な治癒術の対価の大幅減額」などなど、各地で少しずつ違い、ある地域で発生したのに次々と便乗した形で起こっているようで、既に武装した信徒達の暴動は国内の各地に飛び火している。


「まるで一向一揆ね」


「うーん、かなり違う気がするわね。あれって、宗教の信徒達が権力に対する抵抗運動の一揆でしょう? 宗教絡みなのしか当たっていない気がするわ。この場合、宗教vs信徒の関係だし」


「ロベリア様、リナリアさん。イッコウイッキって何ですか?」


「お気になさらないで、こっちのことよ」


 ラインハルトが「また前世の知識だな」と一人納得しているけど、他は「はてな?」という感じね。まあ、前世の話を出しても頭おかしいとしか思われないし、ラインハルト以外に伝えるつもりはないけど。


至高天エンピレオ教団の上層部は騎士修道会を派遣して暴動の鎮圧を考えているそうなのだけど、アレキサンドラ様は誰の血も流さない平和的な解決を模索してずっと考えていたわ。まさか、こんなことになるなんて……わたくしは婚約者失格ですわ。アレキサンドラ様の悩みに気づいていながら何もしなかった。あそこまでボロボロになるまでわたくしは」


「アウローラ様、あまり自分を責めてはならないわ。アレキサンドラ様もきっとアウローラ様にまで自分と同じ悩みを抱えて苦しんで欲しくなかったんだと思うわ。…………リナリアさん、この話、どう思う?」


「そうね……もし、至高天エンピレオ教団が騎士修道会の派遣を正式に決定したのなら、その時点で詰みなのは確実ね。力をもって力を止めようとすれば、どちら側の血も流れることになるわ。そうなれば、至高天エンピレオ教団にとって不利益にしかならない。それに、最悪至高天エンピレオ教団が分裂する可能性もある。抗議者達プロテスタントの出現……現体制に思うことがある有力信徒達がそれを機に動き出すことになるかもしれない。こういう時に苦しむのは、いつだって現場の、教会にいるような方々だわ。あたしも何度かお世話になったし、彼らが不利益を被ることだけは絶対に避けたいものだけど」


 教会の上層部の腐敗を見た者達が抗議者達プロテスタントとなり、新しい教派を作り上げたということは前世にも前例がある。

 それが起きないとは言えない。そうなれば間違いなく至高天エンピレオ教団の求心力は衰退し、二つの至高天エンピレオ教団による宗教戦争が引き起こされる可能性だってある。


「残念だけど、わたくしにはどうにもできないわ。至高天エンピレオ教団の意思決定に、わたくしが口を挟む権利はないもの。恐らく、リナリアさんも同じだわ。……ところで、治癒術の対価ってどれくらいなのかしら?」


「そういえば、あたしが聖女として治癒活動している間、バイト代はもらっていなかったわ。てっきり、無償奉仕だと思っていたのだけど」


「まあ、リナリアさんの場合は生活の面倒を見ていたのだから、その分に充てられたのでしょうね。……教会を含む建物の維持、修道士や修道女の生活費、そういったものに莫大なお金が必要なことは分かるし、そういったものに充てるために寄附金や治癒術の対価があることは分かるわ。つまり、福祉国家が行う医療面を宗教が担っていて、神の信仰というよりはそのサービスを受けるために信徒となっている、という至高天エンピレオ教団の信徒が圧倒的な理由ね。勿論、神を信じている信徒も大勢いるわ。でも、同じ組織に属していても、目的は多種多様よ」


 寺請制度のある仏教が近世に広まったのと同じような感じだと薄々思っていたけど、至高天エンピレオ教団の信徒が圧倒的なのは、やっぱり生活と密接に結びついていたからなのね。


 こればかりは、至高天エンピレオ教団の中で解決してもらわなければならない。

 アレキサンドラとアウローラに申し訳なさを感じながら、その日の昼食の時間を過ごした。



 ◆◇◆◇◆



 その日の夕刻、下級寮に戻ったあたしの部屋をアドリエンヌが訪ねてきた。


 乙女ゲームの時とは違い、眼鏡を掛けず長い髪もショートヘアに切った姿で制服を着ているのはやっぱり新鮮ね。イメージ的にもう、引っ込み思案な気の弱い文学少女という雰囲気はない……シニカルな苦労人のイメージ。


 しかし、本職が鑑識っていうより発明家という感じだし、立ち位置は名探偵の隣の家に住む独身科学者の方が近いかしら?


 アドリエンヌは昨日頼まれていたものを含め、いくつかの改造品をあたしに預けた。なんでも「ロベリアさんに会ったらまた何か頼まれてしまいそうなので、リナリアさん、よろしくお願いします」ということらしい。

 用事を終えたアドリエンヌはそのままスタスタと帰ってしまった。


 翌朝、あたしとロベリアはマリーゴールド公爵家の馬車でハーバー領に向かった。馭者は前回と同じくロッテンマイヤーさん。

 マリーゴールド公爵家に代々仕えてきたクヮリヤート家出身のロッテンマイヤー・クヮリヤートさんはロベリアの護衛も兼ねているそうだ。

 高い水の魔力の持ち主で、荒事にも対応できるように闘いの技は身につけているけど、彼女曰く「ロベリアお嬢様よりは弱いので、どちらが護衛か分かったものではありません」とのこと。


 そのロベリアは一振りの刀を馬車の壁に立て掛けていた。

 ロベリアの話によれば、その刀は「鳴刀・鏡湖」と呼ばれる名刀とのこと。東の国で打たれた最上大業物十二工の一振りに数えられる名品で、この刀一振りを売却すれば小さな屋敷が三つほど買えるほどの価値があるとのこと。


 友達から友好の証として受け取った……と聞いたけど、それってどんな友人よ!? って思わず突っ込んでしまったわ。

 最上大業物十二工のうち六振りは東の国から流出し、そのうち二振りはこの国に流れ着いたとされているけど、その中に「鳴刀・鏡湖」は入っていないそうだから……本当に怪しいわね、その友人。


 ロッテンマイヤーによれば、「この刀があるからお嬢様が強いという訳ではない」とのことだけど、つまり刀ではなくロベリア自身が剣の達人ってこと? 前世で除霊探偵から鬼を斬る剣を習ったと言っていたけど、それのことかしら?

 悪役令嬢のロベリアは闇属性の魔法の使い手だった。戦闘スキル……って乙女ゲームでは設定されているだけでほとんど出てこなかったけど、闇属性の魔法のみを使い、剣術といった技能は持ち合わせていなかった筈。間違いなく、前世の影響ね。


 あたし達の旅はかなりの長旅になった。途中、いくつも町に寄って補給しながら南下し、ようやくハーバー領に入ったのは出発した翌日の昼頃だった。

 まあ、馬車での移動だから、これくらい時間が掛かるのは当然なんだけど。


 あたしとロベリアは、そのまますぐにハーバー邸に向かった。ロッテンマイヤーには屋敷の前で待機してもらい、何かあれば来てもらうことになっている。

 ロベリアは魔改造した内部が四次元になっているポシェット(どうやら、これも村木さんの作品みたいだけど、これって機械じゃないわよね? アバウト過ぎないかしら?)に刀を入れ、肩からポシェットを掛けた形で屋敷に入った。


 ちなみに、あたしとロベリアは学園の制服姿。女性の捜査官は絶対に適さないにも拘らずドレス姿で捜査をするらしいけど……流石に、それはないよね、ということで学生のうちは制服で捜査することにしたみたいね。


「王国刑事部門所属、二等捜査官のロベリア・ノワル・マリーゴールドですわ。事件の捜査に参りました」


 屋敷の入り口で応対したメイドに捜査官手帳を見せ、身分を明らかにする。


「遠路遥々お越しくださり、ありがとうございます。ハーバー伯爵邸でパートタイムのメイドを務めています、シルキー・リリウムと申します。それでは、どうぞ中へ」


 あたし達を出迎えたのは、第一発見者のメイド、シルキーだった。



 ◆◇◆◇◆



 客間に通されたあたしとロベリアに、シルキーは紅茶とお茶菓子を出してくれた。

 屋敷の中は静まり返っていて、人の気配もほとんど感じない。


「あまり人の気配がしないわね」


「この屋敷にいる使用人は、私を含めて四人になってしまいました。元々は二十人近く朝から夕方までの時間で働かせて頂いていたのですが、ハーバー伯爵様がお亡くなりになって給料が払われなくなってしまったので」


「それは、どういうことかしら?」


 あたしもロベリアと同じ気持ちだった。雇主のマレハーダが死んでも給与は払われるんじゃないの? ……どういう支払い形態だったのかしら?


「ハーバー伯爵様はなんでも自分でやらないと気が済まない性格だったようでして、領地の税の取立てから私達使用人への給与の支払いに至るまでなんでも自分一人でやっていらっしゃいました。伯爵様は領民一人一人と顔を合わせ、生活の話を聞くことが大切だと思っていらっしゃったようでして」


「なるほどね……なかなか良い領主様だったのね」


「ですが、ハーバー伯爵様がお亡くなりになり、私達は給与を頂くことができなくなってしまいました。事件発生の翌日からそのことは分かっていましたから、その日から四人辞めていかれ、どんどん退職していって、今では私を含めてメイド三人、男性使用人一人の四人が残るのみとなっています。その私達も無給でなんとか屋敷の維持を続けているに過ぎません。この屋敷での経験を生かして他の貴族の屋敷に売り込みに行った元同僚や、すっぱりと仕事を辞めて再出発を始めた元同僚の方がやっぱり賢いと思います」


 現在屋敷に残っているのは、シルキー・リリウムとエーレン・ボガートとメイナ・オンディーヌ、男性使用人では最古参のセバス・サラマンドラの四人。

 このうち、エーレンとメイナも再就職先を探している状態で、かくいうシルキーもいつまでもこの屋敷に居る訳にはいかないからと、再出発を考えているそうだ。


 セバスは今後のハーバー伯爵家の方針が決まるまでは屋敷に留まってハーバー夫人が戻ってきた時のために維持管理をしていくつもりなのだそうだけど……。


「今後、どうなるかは正直わたくしにも分からないわ。今は春だけど、秋になれば税を集める時期が来る。このままでは税を国に納めることができないから、国から新たな領主が派遣されることになるでしょうね。ハーバー夫人が一人で領地を治めるということもできないことはないでしょうけど、これまで夫に任せきりでやり方の分からない仕事をやれといったって難しいわ。ハーバー夫人は生家にお戻りになるのかどうかは分からないけど、この屋敷に戻ってくる可能性は低いと思うわ。しかし……困ったわね。犯行を行った人物が本当に三人だったか確定していない今、元使用人達が散り散りになってしまっているのは正直困るのだけど」


「ロベリア様、私はそのことでずっとお伝えしたいことがあって、この屋敷に残っていました。……実は、事件当夜、普段は施錠されている筈の屋敷一階の窓が一箇所、空いていたようなのです」


 シルキーが落とした新たな爆弾は、この事件を御宮入り未解決事件に大きく近づけた。

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