CASE.12 そもそもあたしの中で、何故、ラインハルト王太子殿下が最推しキャラだったのかしら? ……そういえば、考えたことも無かったわ。 by.リナリア

<Side.リナリア/一人称限定視点>


 翌朝、あたしは学園にある多目的教室に呼び出されていた。

 呼び出した相手は、あたしのことを嫌う上級貴族ではない……いや、ある意味で嫌ってはいるんだけど。


 ちなみにあたしはかなり嫌われているという自覚がある。ロベリアの協力で、あたしは攻略対象やライバルキャラと距離を縮めることができた。でも、一方で隔絶した身分差のある、上級貴族達の輪にあたしが加わっていることに不満を募らせる貴族も多い。


 あの、ゲーム時代のロベリアの取り巻きをはじめ、あたしを嫌う貴族令嬢や貴族令息達が攻撃を仕掛けて来ないのは、単にロベリア達の存在が防波堤となっているからだと思う。

 その怒りが、いつ氾濫してもおかしくはないと思う。その時は……あたしはどうしようかしら? そもそも、あたしはどうしたいのかしら?


 あたしを呼び出したのは、ラインハルト――乙女ゲーム時代はあたしの最推しだった人。

 でも、そのお心は常にロベリアに向けられている。あたしのことを評価しているのも、こうしてこの場に呼ばれるのも、目的はロベリア。


 その気持ちが分からないという訳ではない。

 あたしはロベリアと、月村葵と数日間過ごして、彼女が魅力溢れる人物だということがよく分かった。


 ロベリアに文句を言いながらも仕事を受ける村木さんも、とても嬉しそうだった。

 ロベリアのことを嫌う二人の一等捜査官達も、その捜査の信念と捜査官としての実力には一目置いている。

 執事を務めているロッテンマイヤーは、ロベリアの存在が自分の誇りだと語ってくれた。


 かく言うあたしも、ロベリアの――葵さんといてとても楽しい。彼女の鋭いところも、どこか抜けているところも、目標に向かって一生懸命なところも、心の中に彼女の確固たる正義があるところも、みんな愛おしく思えてくる。


 あたしの手でロベリアを破滅に追い込む……そんなことは、絶対にしたくない。


 あたしがラインハルトに好かれることはきっとないと思う。ラインハルトはロベリアに夢中だから、あたしが入り込む隙間なんて一ミリもない。

 でも、きっとラインハルトもロベリアを攻略することは絶対にできない。彼女の捜査に対する信念は、推理にかける情熱は、燃え盛る正義の炎は何人にも消すことはできないから。


 ロベリアやラインハルトを見ていると、あたしがなんでつまらない人間なんだって思えてくる。

 二人とも目標があるのに、あたしは何を目的に生きているのだろう? 様々なことに妥協して、躊躇って、手の中から崩れ落ちていくように……逆ハーレムなんて夢のまた夢。もう、その夢になんの価値も感じていないのだけど。


 あーあ、幸せになりたかったな。いや、今も十分幸せなんだけど。

 幸せの形は恋し、愛し、結ばれることだけじゃない。そんなことは分かっている……でも、あたしは憧れたのよ。この世界に転生して、ヒロインに、リナリアになれたと知った時。

 だから、今度は二次元と三次元の壁を越えてようやくチャンスに巡り合えたのだから、そのチャンスを逃したくないと、そう思っていたのに。何もかも求め過ぎたのよね……ヒロインだからなんでも思うがままになるって思っていたのよね。何も努力をしなかったなんて……あたしって、本当バカだわ。


「リナリア。約束通り、昨日のロベリアの行動や掴んだことを話してもらおうか?」


 ……もうどの道、あたしは何も手にできない。元々存在したかどうかも定かではないヒロインの座から転落し、あたしはこのまま暗闇を彷徨っていく。

 それくらいなら……あたしは、この世界に、大好きだった乙女ゲームの世界に、爪痕を残したい。それが、あたしの最後の望み。


「王太子殿下、あたしと取り引きしませんか? あたしはラインハルト殿下の望む全ての情報をお話しします。だから、その代わり教えてください。ラインハルト殿下が何故、ロベリアさんに執着するのか」


 だから、あたしは最後に……無責任に真実をラインハルトにぶつけることにした。



 ◆◇◆◇◆



 あたしが開示したのは、この世界が乙女ゲームを基にした異世界だと思われること、そしてあたしとロベリアが前世の記憶を持つ転生者であること、あたし達以外にも転生者がいることや、ロベリアが何故捜査官を志したのか、捜査官としての人間関係などなど、とにかくあたしの知る限りの全ての情報を提示した。勿論、あたしに関することも全て。


 ラインハルトはそれを異国の御伽噺でも聞くかのように聞いていた。まあ正直、理解してもらえるなんて思ってもいないけど。最悪、あたしが頭がおかしいと思われるのがオチでしょうね。


 ラインハルトからはロベリアに好意を寄せる切っ掛けを聞いた。

 あの彼女の正義という強い信念の込められた瞳に宝石のような輝きを感じて、彼女が婚約解消を願ったことに絶望した……か。まさか、ラインハルトがエドワード国王陛下とロベリアの会話を盗み聞きしていたとはね。


「お前と私は、似た者同士なのだな」


「そうらしいわね。あーぁ、肩の荷がようやく下りたわ。あのロベリアに勝てる訳がないわよね。あたしだって、本当は分かっているわ。……でも、それはラインハルト殿下も同じことよ。貴方がロベリアを独り占めしようと閉じ込めようとすれば、彼女はきっと自分の生きる目的を取り戻すために貴方と対峙する。推理という病魔に侵された……だったかしら? 彼女の推理に対する執着は本物よ。そして、貴方が美しいと思った彼女の瞳の輝きは、「裁かれるべき人間に、適切な処罰を受けさせなければならない」という彼女の正義の輝きだわ。きっと、彼女の両親の信念を葵さんは受け継いだのね。その自由を束縛すれば、永遠にその輝きは貴方の手には入らないわ。……もう、あたしは行くわ。これからも会うことになるでしょうけど、もうあたしはすっぱり諦めたから。だからようやく手に入った居場所からあたしを追放するのはやめてね」


 それがせめてもの望み……結ばれなくたって構わない。だから、せめて卒業までは推し達と共に居させて欲しい。……気持ち悪いくらいの執着心だってことは分かっているのだけれど。


「待て、まだ話は終わっていない」


 立ち去ろうとするあたしの手を、ラインハルトが思いっきり引っ張って引き寄せた。って、痛い痛い!!


「す、すまない」


「……別にいいわ、多少なり治癒術は使えるし」


「聖女の力か?」


「治癒術自体は聖女じゃなくても使えるけど、やっぱり聖女の治癒術は桁外れね。それで、まだあたしに何か用かしら?」


「……まだお前の話を全て信じたという訳ではない。荒唐無稽な話だからな」


「あら、そう。そうね、信じられなくて当然だわ。そんなことは百も承知、信じるも信じないも殿下の自由だわ」


「……まだ、一つだけ聞かせてもらっていないことがある。お前は何故、私を……その、好いていたのだ?」


「何故推しだったか……そうね、何故かしら? この世界の基になったゲームは死ぬ前に最後に熱中してやっていたものだけど、ずっと埃を被っていたゲームだったわね。バイトと学業に追われ、ゲームをやりたい気持ちが強まっていたというのは確かよ」


 あたしは、そもそもどうしてこのゲームを買おうとしたのかしら? 絵が好みだったから? 声優さん? ロゴ? ケース裏のあらすじ? 随分昔の話で覚えていないわ。もしかしたら、直感かもしれないわね。


「最初に攻略した攻略対象だったから、かしら? もしかしたら、ロベリアの悪印象が強く残っているのもそのせい? 攻略の難易度が高くて何度も失敗して時間を削ったから? 腹黒でドSな性格が良かったから……って、そんな訳がないわね。何でもそつなくこなすところに惹かれた……ってことはないわね。それ、凡人には嫌味にしか聞こえないわ。ルックス……確かにイケメンだけど、他の攻略対象もイケメンに相違ないし。……なんなのかしら?」


 少しずつ核心に近づいている気がする。乙女ゲームをしている時には全く思いもよらなかった、ずっと考えてこなかった問いに、異世界で答える日が来るなんて……。


「そうね…………貴方の、無垢な笑顔かしら? ヒロインに度々見せる笑顔。貴方がその境遇で歪む前から変わらない、その根源にある優しさが滲み出たあの笑顔が……あたしがラインハルト殿下を推す理由? 好きになった理由? なんだか、これが一番近い気がするわね」


「そうか…………恥ずかしいな」


 ラインハルトが恥ずかしがっているって珍しいわね。スチルゲットしたいところだけど……もうここはゲームの世界じゃないし、心の中に留めておけばいいか。


「リナリア、お前はこの国で側妃を娶ることが認められることは知っているか?」


「そういえば、そんな話を聞いたことがありますわね。それが一体どうかしましたか?」


「案外鈍いのだな、お前も。……お前流に言えば、私の最推しがロベリアであることが変わらない。これはきっと、ずっと変わらないだろう」


「そうでしょうね、よく存じ上げていますわ」


「だが、私は欲張りなのでな。リナリア、お前も私のものにしたい。どの道、国として神聖魔法の使い手は王家に取り込みたいからな」


「身体だけが目的なのね、ならぬ、神聖魔法だけが目的なのね、ですわね。無理はなさらなくてもよろしいと思いますわ。神聖魔法は遺伝しません……そんなことをしても何もメリットはありませんわ」


「強情な奴だな! 私は、お前のことも愛していると言っているんだ! ここまで面と向かって思いを告げられたのはこれが初めてだ。ここまで酷評されたことも、恥ずかしいことを面と向かって言われたことも、これが初めてだ。……俺のどこが好きか真剣に考えてくれた人が果たして何人いたか。私を本当の意味で見てくれる令嬢など、これまでいなかった。肩書きと外見だけを見ての判断だ……でも、お前はちゃんと私を見てくれた。その上で、好きだと言ってくれた。ここまで俺に真剣に向き合ってくれたお前に、惚れるなという方が無理がある!」


「はぁ……」


「気のない返事をするな」


「随分と傲慢なお考えですわね。ロベリアさんだけでは飽き足らずですか」


「ああ、そうだな。それに、俺はロベリアを一番に愛している。リナリア、お前に対して酷いことを言っていることは自覚している。……私は不誠実だ、どちらに対してもな。……二番目に甘んじるのは苦痛だろうが、俺の側妃になってくれ」


「無茶苦茶ですわね……まあ、どうせ残り物になるくらいなら、二番手でもなんでもいいですわ。それに、ずっとロベリアさんと居られるのなら、それはそれで良いわね」


「これから、お前にはより協力してもらうぞ。ロベリアの攻略にはお前の力が必要だ」


「えぇ……ただし、ロベリアさんの、葵さんの気持ちを蔑ろにするようなことがあれば、あたしは葵さんの側に回りますから、そのことはお忘れないようお願いしますわ」


 望んでいた形では無かったけど、あたしはこうしてラインハルトと結ばれる切っ掛けを掴むことができた。

 これからあたしは最愛の友人と最愛の未来の夫の願いを叶えるため、行動することになる。

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