元悪役令嬢捜査官ロベリアと相棒リナリアの事件簿〜高慢令嬢から一転推理大好き捜査官になっていた悪役令嬢のロベリアの相棒に選ばれてしまった聖女でヒロインのリナリアはハーレムルートを捨てて難事件に挑む〜
CASE.11 私の心にポッカリと空いた穴がロベリアさんに埋めることができたのは、ロベリアさんがお嬢と同じ振り回し体質で私の本質が振り回されたがりだから……ということは断じてない。 by.アドリエンヌ
CASE.11 私の心にポッカリと空いた穴がロベリアさんに埋めることができたのは、ロベリアさんがお嬢と同じ振り回し体質で私の本質が振り回されたがりだから……ということは断じてない。 by.アドリエンヌ
庚大路家は先祖代々お金持ちの大富豪だ。その潤沢な資産を食い潰すことなく次の代へ、次の代へと順当に増やしていき、大きな影響力を持つ資産家一族となっている。少なくとも江戸時代には幕府すらその発言を無視できぬ札差として知られており、その後時代時代の節目節目で重要な役割を担ってきた。
そんな大富豪が綺麗なままでいられる筈もなく、庚大路が動けば綺麗なお金も汚い裏金も波濤の如く動いており、様々な裏の世界の住民達とも繋がりを持っている。
護はそんな庚大路家に代々仕える従者の家系の娘として生を受けた。
物心ついた時から両親や一族に花月の後ろを歩くことを求められた。花月を護り、いざという時はその身で花月を護る――それこそが、護の生きる意味であると教えられ、少しでも拒否すれば怒りを向けられた。
これが、良識のあるお嬢様であればまだ救いがあった。
しかし、花月は傲慢な性格でその上頭が切れる。究極の自分中心主義者で身勝手、更に庚大路随一と言われる頭脳を持っているのだから、もう手には負えない。その上、スポーツ万能、成績優秀、仙姿玉質と来たものだ。嫌味もここまで極まれば笑うしかない。
他人の上に立つことが当然だと信じて疑わず、身内以外は使い潰してもいい程度の存在としか考えない。まさに高慢な性格の擬人化、或いは権化と呼ぶべき存在だった。
護はそんな花月のことが好きだったとか、大切に思っていたとか、そういうことは一切無かった。寧ろ、こんなお嬢様から一刻も早く離れたいと、そう強く願っていた。
無論、その願いが決して叶うものではないことを、自分は一生このお嬢様の金魚の糞として、腰巾着として生きていくことになるのだと、護は理解していた。花月の腰巾着だと陰口を叩いていたクラスメイトには「そんなに羨ましいなら私の代わりをしてくれ」と思ったこともあった。
そのクラスメイトが陰口を叩いたその日に通っていたお嬢様学校から唐突に転校した時には、やはり自分は花月から逃げられないと、強く認識した。
その護と花月の関係に大きな亀裂が入る事件が起こったのは護と花月が高校二年生の時。
護が突然、原因不明の病に倒れたのだ。両親や一族の者達が病に倒れ、花月を護る役割を果たせなくなった護に叱責を重ねる中、花月は自分の財産を切り崩してまで優秀な医者を呼び集め、必死に護を救おうとした。
家族にすら見捨てられた護を、花月だけが――。
だが、最先端医療をもってしても、護は助からなかった。原因不明のまま護は病魔に蝕まれて息を引き取った。
あの完璧超人なお嬢様がかつてないほど動揺して、最後には涙を流していた時には「ざまぁ、見やがれ」と護は思った。初めてお嬢様に一矢報いることができたことに満足して、護は屋敷の一室で息を引き取った。
護はその後、全く違う世界でアドリエンヌ・フォン・ランタナという子爵家の三女として新たな生を受けた。
あの花月お嬢様との前世の人生の記憶を持ったまま。
しかし、アドリエンヌはその新しい生を、花月のいない人生を気持ちを新たに始めることができなかった。
村木護という人間の心は庚大路花月という人間に大部分を占められてしまった。物心ついた時から花月に仕える従者として暮らしてきた護に、花月のいない生活など想像することができなかった。
花月という心の大半を占めていたものを喪い、ようやく自分が花月を大切だと思っていたと知った時、途轍もない喪失感がアドリエンヌの心に押し寄せた。
転生し、記憶を思い出した九歳の夏。アドリエンヌは大きな心の支えを喪った護の記憶を取り戻したことで、あまりの絶望から生きる気力を失った。
これまで引っ込み思案だったものの、健やかに成長していた娘に突如として何かが起こり、異変が生じた。
アドリエンヌの身を案ずる父と母は様々な医者を頼ったが、良い返答は得られない。
困り果てたアドリエンヌの両親はダメ元で当時から絶対な一人の女性捜査官に協力を依頼する。
「初めまして、わたくしはロベリアと申しますわ。まずは、お話を聞かせてもらってもいいかしら?」
それが、
◆◇◆◇◆
<Side.リナリア/一人称限定視点>
馬車は全部で四つ席のあるオーソドックスなものだった。
ロッテンマイヤーは馭者を務めている。
後ろの二つの席には箱一杯にガラクタ……いえ、魔道具らしきものが乗っていて、あたしとロベリアを含めて席が丁度いっぱいになっている。
「月村さん、この魔道具は?」
「後で分かるから気にしなくてもいいわ。それより、もうすぐ着くわよ」
到着したのは、貴族の屋敷だった。だけど、見たことのない外観ね。
大きさは貴族の中では小さい方。この規模だと子爵クラスかしら?
しかし、公爵のロベリアが子爵の友人(?)の家に遊びに行くなんてね。……まあ、身分差は乙女ゲームではいくらでも乗り越えられてきたし、平民のあたしと公爵令嬢のロベリアが友達な時点で先例はある訳だけど。
「お邪魔致しますわ。お久しぶりです、ダン・ウェントゥス・ランタナ様、ラディア・ヴィエーチル・ランタナ様」
出迎えたのは屋敷の主人のランタナ夫妻。……えっ、ランタナ? ランタナって、ランタナ子爵家!?
黒髪に黒瞳の細身のイケメンがランタナ子爵、淡い金色の髪に青い瞳の美しい女性がランタナ夫人。
この二人はゲーム本編でも別売りの設定資料集でも見たことがなかった。
恐らくだけど、ロベリアのご両親――セージ・ネーベル・マリーゴールドとミーディリアナ・ルージュ・マリーゴールドと同じ、乙女ゲームの異世界化によって誕生したんじゃないかしら?
だけど、この二人の娘の名前はあたしも流石に知っている。アドリエンヌ・フォン・ランタナ――あたしが図書館に探しにいったサポートキャラじゃない!?
そもそも、何故あの場所を好んでいたアドリエンヌがあの場所にいなかったのか、ずっと分からなかった。
この世界は乙女ゲームを踏襲しているから、攻略対象やライバルキャラの造形に大きな変化が生じていないのに。
そして、それはアドリエンヌも同じ筈だった。
だけど、その枠から抜け出している……逸脱しているということは。
「いらっしゃい、ロベリア様。……そちらは」
「友人のリナリアさんですわ。今日は二人でアドリエンヌ様にお会いしに参りました。アポ無しで大変申し訳ございません」
「いいのよ。きっと、アドリエンヌも喜んでくれるわ。ささ、上がって」
うん、やっぱり予想通りアドリエンヌだったね。
ランタナ夫妻に中に案内されたものの、そこからは自由行動で「好きなだけ寛いで行ってね」と言い残すとその場を後にしてしまった。
何度も来て慣れているのか、ロベリアはロベリアで屋敷の中を自宅の庭のように迷いなく歩いていく。途中、すれ違ったメイドさん達の反応を見ても、やっぱりロベリアはかなりの回数、この屋敷に来ているみたいね。
到着したのは一つの木の扉の前だった。
「
「帰ってください」
開口一番、ロベリアにそう返した女性はあたしの知るアドリエンヌ・フォン・ランタナ、その人だった。
だけど、図書館に引き篭もった地味な少女というイメージではない。学生服姿でもドレス姿でもなく、何故かメイドのお仕着せを身に纏い、おどおどとした雰囲気を全く感じさせない、どこかクールで達観した女性という姿に変貌していた。
「……ロベリアさん、そちらの方は?」
「彼女はリナリア・セレスティアルさん、わたくし達と同じ転生者で、前世は日畑空さんという女子高生だったそうよ」
「初めまして、私は村木護と申します。転生してアドリエンヌ・フォン・ランタナとなりました。前世は庚大路花月様という富豪の一人娘に仕える侍従をしておりまして、その感覚がなかなか抜けず、転生してからもこうして落ち着くメイドの格好をしております。どうかお気になさらず」
「えっ……ええ。こちらこそ、よろしくお願い致しますわ」
庚大路家といえば、小さな町三つ分の敷地を誇る超弩級大富豪じゃない。私でも知っているようなビッグネームだわ!
その庚大路家に仕える侍従って……つまり、本物のお嬢様ってことよね!?
「それでは、顔合わせも終わりましたし、お引き取りください」
「待ってよ! 村木さんに日畑さんのことを紹介したいって理由もあったけど、今回もお願いしたいことがあるのよ。村木さんにしかできないわ」
「お引き取りください。毎回、ロベリアさんは無茶なことばかり言いますが、常識的に考えて私にそんなことができると思いますか? 機械に関する知識がないのに無茶な改造なんて」
「よく考えてください。その無茶を毎回華麗に解決して素晴らしい科学捜査キットを開発してくださっているじゃないですか? 村木さんならできますよ! もっと自信を持ってください」
「大体ですね! 私がなんでロベリアさんのお手伝いをしないといけないんですか?」
「私と村木さんの仲じゃないですか?」
「どんな仲ですか! 一緒にディナーもしたこともないのに」
「誘ってるのですか? わたくしはいつでもお待ちしていますわよ?」
「そういうことじゃないですよ。……はぁ、分かりました。お話だけは伺います、お話だけは」
「グラッチェ!」
なんだか、どこぞの遺留品係と科捜研の係官のやりとりを見せられているみたいね。
「それで、今回はなんですか? ゲソコンが見えるゴーグルを作り、そこに血痕が映る機能をつけて、その次はDNA鑑定小箱、その次にゴーグルに指紋鑑定機能をつけ……正直、全く機能も理解していないのに、よくこんなに要望通り納品できたものですよ」
「流石は村木さんですわね。次はそのゴーグルに指紋がいつ付けられたのか、時間を特定する機能を加えて頂きたいのですよ」
「無茶苦茶ですよ! そんなの普通の科学捜査でもできませんし、入れればなんでもDNAが鑑定できるDNA鑑定小箱が限界です」
「村木さんならできますわ!」
「相変わらず無責任ですね……分かりました。やりますよ、やればいいんでしょう!? でも、完成しなくても文句は言わないでくださいね。約束ですよ」
「大丈夫ですわ。わたくし、信じていますから」
ロベリアの天真爛漫な笑顔を、アドリエンヌはサラッと無視して後からやってきたロッテンマイヤーから馬車に積んであった魔道具を次々と受け取った。
「そうそう、明後日には事件現場に視察に行くつもりだから、それまでによろしく頼むわね! 頼りにしているわ、村木さん」
「お引き取りください!!」
◆◇◆◇◆
<Side.アドリエンヌ/一人称限定視点>
ロベリア、ロッテンマイヤー女史、リナリアさんが帰宅したのを確認し、私はロベリアが残していった多くの魔道具と私がかつて作った作品に視線を向けた。
あの人は私の能力を便利だから私と友達で居てくれるのかもしれない。……そう思ったことも昔はあった。
でも、私はあの人がそんな器用な人間じゃないことを経験して知っている。
お嬢のような完璧な人間とは違う、どこか不器用で真っ直ぐな人。
あの人があの日、私に会いに来てくれなかったら、事情を聞いてくれなかったら、きっと今の私はいないと思う。
お嬢がいないモノクロの、生きる価値のない世界を、もう少し生きてみてもいいかもしれないと思わせてくれたのは、紛れもないロベリアさんだ。
……どちらも私を振り回す人なのが問題だ。もしかして、私の本質は振り回されたがりなのか。……是非とも否定させてもらいたい。
「さて、この無理難題に抗ってみますか」
私はスパナとレンチをどこからともなく取り出して、早速作業を始めた。
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