CASE.10 あたし、イケメン過ぎる女執事さんに惚れちゃいそうになっているんだけどどうすればいいの!? あたしにはラインハルトっている最推しがいるのに……。 by.リナリア

<Side.リナリア/一人称限定視点>


「ありがとうございました。……それから、これは全ての方にお聞きすることが決まりになっているのですが、事件当夜のアンネリーゼ様がどういう行動をしていたか、お聞かせ頂けないでしょうか? また、それを証明できる方についてお心当たりはありませんか? それから、アンネリーゼ様がその方が事件当夜にどこで何をしているかをその目で確認された方はいらっしゃいますか?」


「わたくしは夕餉を頂いた後、使用人のジョセフに紅茶を淹れてもらって暫く食堂で飲んでいたわ。その間、ジョセフは食器の片付けをしていたわ。いつも、夕餉の準備から後の片付けまではジョセフがしてくれるのよ。本当に働き者よね。ミュリエッタは先に部屋に戻ったみたいだわ。でも、確認した訳ではないから分からないわね。丁度洗い物が終わったジョセフに紅茶のカップをお願いして、わたくしも部屋に戻ってベッドに入ったわ。その後、ジョセフも自分の部屋に戻って寝たと思うけど、二人が睡眠をとっていたかは分からないし、わたくしにも自分が寝ていたと証明できるという訳ではありませんわ。ごめんなさい、お力になれなくて」


「いえ、ありがとうございました」


 ロベリアが席を立った。あたしもその後を追おうとすると、突然ロベリアが思い出したように立ち止まった。


「最後に一つ、よろしいでしょうか?」


 えっ、このタイミングで特命係の係長!?


「えっ、ええ……」


「アンネリーゼ様は過去に何度かマレハーダ伯爵からドレスや装飾品などを贈られていますよね?」


 攻略対象がヒロインに対して贈り物をするという場面は何度も見たことがある。ドレスや装飾品、お花など、高価なものという印象があった。


「ええ、わたくしも人並みには。マレハーダ様の実家は代々質素倹約を貫いて貧乏だと聞いておりましたが、それでも無いお金を掻き集めてプレゼントを毎回用意していたそうですわ。わたくし如きのために、そこまでしてくださるというのは本当に嬉しかったわ。わたくし、こんなに愛されていたんだと思って」


「なるほど。では、その贈られた装飾品やドレスなどをマレハーダ伯爵様にお返しすることはありましたか?」


「妙なことを聞くわね。どうしてそんなことお聞きなさるのかしら? マレハーダ様から贈られたものはわたくしの部屋に今も大切にとってありますわ。わたくしはいつもその贈り物を見て、在りし日を思い出すのです」


「細かい所まで気になるのがわたくしの癖でして。なるほど……ご協力感謝致しますわ」


 そして、今度こそ取調室を出たあたしとロベリア。扉が閉まった直後、ロベリアが大きくガッツポーズをした。


「やりましたわ! 捜査中に言ってみたいセリフ、二つ言えましたわ!」


「ああ……やっぱり狙っていたのね」


 この人、捜査中に何しているのかしら? と思わず突っ込みたくなる。

 でも、やっぱりロベリアは凄いわね。


「ロベリア様、最後の質問って矛盾点をついたのよね?」


「流石はリナリアさんだわ! ええ、ずっと不思議だったのよね。質素倹約に務めている筈のマレハーダ伯爵がミュリエッタには高価な贈り物を毎回していたって。これがもし、アンネリーゼ様に贈ったものを売り払いってことなら分かるけど、あの様子だとマレハーダ伯爵にもらったものを返した様子もないし、知らぬ間に盗まれているということもないでしょう。流石に貴族だからお金を持っているでしょうけど、そんなに湯水のように使えるほどあるのかしら? お金は何もしていなければ入ってくるものではないわ」


 取り調べをすればするほど、容疑者達への疑いが薄まり、マレハーダ伯爵の人物像がぼやけてくる。

 あの三人のうち誰もが殺せる状況だったのに、動機がないどころか、寧ろ殺すことによって不利益が発生している。


 そして、これから向かうジョセフだって……これ、誰が犯人なのよ!?


「混乱しているわね。……基本的に、相手を殺すほどの危険を冒すなら、それによって大きな利益を得られなければ割りに合わないわ。そこまでしたのに、結果として自分の首を絞めているのでは意味がない。……もし、仮にこの中に犯人がいるとしたら、その人はこれまでの動機のマイナスを一転させられるだけの何らかの利益を得られたということになるわね」


 これは、確かに多角的な視点が求められるわね。

 現在掴んでいるのは、マレハーダ伯爵に対する疑惑。社交界の評判のマレハーダ伯爵との差異。

 これが、いかに事件解決に繋がるのかは分からないけど、まずはこの疑惑の確認からということになりそうだわ。


「さて、最後の証人から話を聞こうかしら? 次にわたくし達がどう動くかを考えるのはそれからよ」



 ◆◇◆◇◆



 最後の一人はジョセフ・チューニング。

 真面目な男性使用人で、話を聞く限りではアンネリーゼからもかなり信頼されていた。


 元々は他の使用人達と同じようにパートタイムで雇われていたけど、マレハーダに正式に雇ってもらえるように直談判して正式な使用人となった。真面目に仕事をしている働き者の好青年で、女性関係の噂も全くと言っていいほどない、仕事一筋の青年。


 まさに、ミュリエッタと対極にあるような存在ね。

 そして、この人も恐らくマレハーダの死によって大きな不利益を被っている。


「初めまして、わたくしはロベリア二等捜査官。これから事件について少しお話を聞かせていただきたいのだけど、よろしいかしら?」


「ジョセフ・チューニングと申します……先程は、その、凄かったですね」


「お見苦しいところをお見せしてしまいましたわ。今からいくつか質問させていただきますね。まず、事件当夜のジョセフさんがどういう行動をしていたか、お聞かせくださるかしら?」


「やはり、私のことも疑うのですね。私は旦那様のご厚意で正式な使用人として働かせて頂けることになりました。その旦那様を私が殺せば、恩を仇で返すことになります。そんなこと、私がする筈がありません」


燻製ニシンの虚偽レッド・ヘリングを使うと自分が犯人であることを隠そうとしているように思えてしまいますわ。お気持ちは分かりますが、まずは質問に答えてください」


「……事件当夜は夕餉の後、奥様に紅茶をお出しして、洗い物をしていました。そして、奥様がお飲みになったカップを洗った後、そのまま部屋に戻って寝ました」


「それを証明できる方は?」


「いません。もうその頃にはお二人とも部屋にお戻りでしたから」


「ところで、マレハーダ伯爵様に恨みを持っている方についてご存知ありませんか?」


「あの旦那様に恨みを持っている方ですか? 少なくとも、私は存じ上げません。使用人達の中でも旦那様の評判は良かったですし」


 ……嘘は言っていないわね。マイクロジェスチャーも出ていない。って、あたし、なんで自然とマイクロジェスチャーの確認をしているのかしら?

 少なくとも、彼のここまでの言葉に嘘はないわね。


「ところで、質素倹約に努めていたとお噂のマレハーダ伯爵様ですが、実は隠し財産を持っている……ということはないかしら?」


「そんなことある訳ないでしょう!! ……と、本当は言いたいところなのですが、使用人達の中でマレハーダ伯爵様が実は隠し財産を持っているのではないかと真しやかに囁かれています。その真偽は依然不明なままです」


「なるほど、ありがとうございます。ご協力感謝致しますわ」


 こうして、あたしとロベリアは三人の重要参考人に事件当夜のアリバイがないことと、彼らに殺す動機がなく、逆にマレハーダが殺害されることで不利益を被ることが分かった。

 大きな成果は社交界でのマレハーダ伯爵のイメージがぼやけるような情報と、マレハーダ伯爵の隠し財産の噂かしら?


 さて……ロベリアはここからどう料理していくのかしらね?



 ◆◇◆◇◆



「ロベリア、折角俺達がわざわざ取り調べの順番を譲ってやったんだ。今回の取り調べで得られた情報は当然俺達にも共有してくれるよな?」


 取調室から出たあたしとロベリアを、ヴァリアンとスピーリアが待ち構えていた。

 って、巫山戯るのも大概にしなさいよ! あんたらはロベリアに情報を何も渡さなかったじゃない。それなのに、ロベリアが取り調べで得た情報は共有しろと言うの?


「ええ、言われなくても。取り調べの内容はこの宝珠の中に収められているわ。ただ、結論から先に言っておくと現時点では三人にアリバイがないものの、これといった動機もない。寧ろ、三人ともマレハーダが死んで困っているそうよ? 少しでも動機があればお得意の誇張で罪を捏造できるのに、残念ね」


 ロベリアはとても残念そうには見えない表情で宝珠を渡した。「ちっ!」と舌打ちをして宝珠を受け取ったヴァリアンの横をロベリアが擦り抜けていく。あたしも、二人に一礼してロベリアの後を追った。


 外にはここまで乗ってきた馬車がそのまま止まっていたけど、ロベリアはそっちには行かずに……。


「日畑さん。これから少しだけ付き合ってくれないかしら? 寮の門限まではまだまだ時間があるわよね。用事があるのなら、無理に引き留めるつもりはないわ」


「いえ、特に予定はないわよ。……でも、一体これからどこにいくの?」


「それはついてからのお楽しみだわ」


 悪戯っ子のような可愛らしい笑顔を浮かべると、乗ってきた馬車とは全く違う方向に歩いていく。その先に待ち受けていたのは――。


「お疲れ様です、ロベリアお嬢様。そちらはお嬢様の御学友の方でございますね」


「紹介するわ。マリーゴールド公爵家筆頭執事――執事長のロッテンマイヤーさんよ。こちらは、リナリアさん、大切な友達よ」


「リナリア様、お嬢様と友達になってくださり、ありがとうございます」


 執事服を身に纏った美しいアッシュブロンドの女性が、深々とあたしに頭を下げた。

 えっ、どういうこと!? 凄いイケメン……惚れてしまいそうだわ。同性だけど。


「ロベリアお嬢様、既に準備は整っております。予定通り、このまま向かってよろしいでしょうか?」


「えぇ。丁度、リナリアとも顔合わせをしておいてもらいたいしね」


「なるほど……そういうことでございますか。それでは、ロベリアお嬢様、ロベリアお嬢様と同郷のご友人様。どうぞ、馬車にお乗りくださいませ」


 ロベリアはそのまま馬車の扉を開けて乗ってしまい、あたしがロッテンマイヤーにエスコートされる形で馬車に乗った。……えっ、お嬢様の方じゃなくてあたしでいいの?

 というか、ロベリアお嬢様と同郷のご友人様? ……まさか、あたしの正体に気づいて。

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