CASE.09 開き直った尻軽女が寧ろ清々しく見えるのは一体何故なのかしら? ……相手が男か女かで使い分ける女の仮面って本当に恐ろしいわね。 by.リナリア

<Side.リナリア/一人称限定視点>


「驚かせてしまったようだね。私は魔法学園と魔法学院でベルナルドゥス筆頭枢機卿猊下と共に学んだ学友でね。ベルナルドゥス猊下からリナリアさんの話も聞いていた。類稀な神聖魔法の使い手の聡明な少女だとね。まさか、エドワード陛下が気にかけている・・・・・・・ロベリア二等捜査官と共に本庁を訪れるとは思いもよらなかったが。ご存知の通り、王国刑事部門には『捜査官が捜査資格のない一般人に捜査の協力を依頼してはならない』という規則はない。その抜け穴を突かれたのは、一本取られたね。私達にとってもマイナスになることはないし、リナリアさんへの捜査の協力を今回は特例で認めさせてもらうよ。だけど、これは先例ではなく特例だからね。この抜け穴はしっかりと埋めさせてもらうから、そのつもりでね」


 そう言い残し、ローレンスは颯爽と去っていった。

 ……うーん、かなりこういう組織の庁にしては柔軟な人みたいね。

 明記されていない盲点を突かれた時には、それを特例として認める大きな度量と、それを先例として認めるつもりはないという組織の庁らしい側面を両立している。


 ただ、良い上司には違いないと思うわ。少なくとも、この一等捜査官達に比べたら。


「ほら、退いた退いた。ここからはわたくし達が取り調べを行うわよ。よし、行ったわね。さて、わたくし達もとびっきり美味しいカツ丼を購入してこないといけないわね」


「ちょっと待ってよ! 異世界にカツ丼があるのは、百歩譲ってそういうものだとするわ。でも、カツ丼を取調室で出すのはダメよ!」


「なんでよ! 日畑さんも知らないとは言わせないわ! 取調室と言ったらカツ丼! カツ丼と言ったら取調室! お決まりとパターン! テンプレートよ! 温かいカツ丼を噛みしめるように食べていた容疑者が涙ながらに自白を始める、これが取り調べの感動する場面じゃない!」


「それはドラマの話でしょ! そもそも取り調べ中にカツ丼を奢ればその刑事の首が飛ぶって記事で読んだことがあるわ! 空腹に耐えかねた犯人が『私がやった』と嘘の自供をする可能性があるわ! そうなると、供述に信憑性がなくなってしまうわ」


「…………えっ、ええ。それもそうね。カツ丼は無しという方向性で行きましょう。後で、ここの食堂で美味しいカツ丼を食べに行きましょうね」


 本当に、この人ズレているのよね。やっぱり、知識が小説やドラマが元になっているからかしら? 実際問題、現場とドラマで大きく異なっていることって沢山あるそうだし。


 一旦取調室を出て、あたし達は第二の容疑者メイドのミュリエッタ・ダニングのいる取調室に向かった。

 ミュリエッタは町娘としてはかなりの美人で、身なりを整えれば貴族令嬢としても通用しそうな女性だった。とてもよく手入れされているブリュネットの髪は艶々と輝いている。


 ところで、この世界のメイド服はデザインは場所ごとに違うものの、ヴィクトリア朝時代のメイド服、つまりクラシックメイドが主流となっている。

 あたしの前世の友人に、とにかくメイド服に拘る女の子がいた。その子はとにかくこのヴィクトリアンメイドの服装を気に入っていて、メイド喫茶にいるメイドさんを「メイドの堕落だ」とか、「まさに、フレンチハレンチメイド」とか、「何がジャパニーズメイドだよ! ふざけんなよ! ねぇ、日畑さんもそう思うよね!!」とか、言っていたけど、ミュリエッタはまさにその子が忌み嫌うフレンチメイドのような服装をしていた。


 極限まで短く改造され、胸元が大胆に空いて黒いレースがあしらわれたマイクロミニ黒ワンピースに、フリフリの純白エプロン。

 先程まで担当していた捜査官に愛嬌を振り撒いていたミュリエッタは、あたしとロベリアと交代するとこれまでの態度から一変、足を机に投げ出し、懐から取り出した煙草に火の魔力で火をつけた。……この紙煙草も異世界にはない筈なのだけど、一体どこの転生者が広めたのかしら? ……というか、明らかにあたし達以外にも転生者がいるわよね。


「わたくし、ああいうタイプの女性って特に苦手なのですわ」


「ロベリアさんは、男性の被疑者への取調室で女の武器を使うことはないのかしら?」


「確かに、色仕掛けを使う女性警察官もいるわね。例えば、エンマ様は最初に被疑者を油断させて普段の癖を見抜く目的で使って、そこからマイクロジェスチャーなどを頼りに正当に事件を捜査していくわ。でも、あれは大体犯人の目星がついていて、その人物を追い詰めていくのには効果があるけど、わたくしのは担当する事件はそもそも犯人の目星がついていない状態からスタートだからあんまり相性が良くないのよ。それに、わたくしは取調室の中だけで事件を解決するつもりはないし、今回はあくまで三人とも任意同行、つまりこの中に犯人がいると確定している訳ではないわ。あの二人はそう考えているみたいだけど……。わたくし達がするべきなのは、犯人を含め、証人達が述べた玉石混交の供述を照合して、真実を暴くことだわ」


 ミュリエッタの目の前にロベリアが座り、あたしは記述係が座る席に座った。


「初めまして、わたくしはロベリア二等捜査官。これから事件について少しお話を聞かせていただきたいのだけど、よろしいかしら?」


「ふん、アンタらはアタイ達のことを疑っているんだろ? 先に明言しておくが、アタイは犯人じゃねぇ。こっちだって、折角いい物件を見つけたんだ。あのオッサンは歳いっているし、正直好みじゃねぇが、お貴族様だからお金持ちだ。これまでも、あのオッサンに色々なものを貢いでもらったんだぜ。このダイアモンドの指輪とか、このラピスラズリのブレスレットとか。あんたらお貴族様はいいよなぁ! 男に媚びなくたって、好きなだけ我儘に暮らせるんだからよぉ! アタイみたいな平民の女はこういうやり方をしねぇと楽しい人生は送れねぇんだ。あの奥さんだって追い出してくれるってオッサンは言っていたぜ? オクサマには嫌われていたが、もうすぐオッサンがあの女を追い出せばアタイの天下だったのによぉ。アタイだって被害者だ! なぁ、そう思うだろ? 捜査官の姐ちゃん」


「事件当夜のミュリエッタさんがどういう行動をしていたか、お聞かせくださるかしら?」


「ああン ? やっぱりアタイを疑っているってことか? ちっ……アタイはあの女と使用人のジョセフと一緒に夕餉を食べた後、そのまま寝たぜ? いつもはあのオッサンに呼ばれて夜伽に行くんだが、仕事があるとかなんとかでその日は呼ばれなかったな」


「それを証明できる人は?」


「ンなもんいる訳ねぇだろ? アタイに割り当てられた寝室で寝ていたんだから」


「では、逆に他の容疑者二人の中にアリバイを証明できる人はいるかしら?」


「それも居ねぇな。アタイは部屋で寝ていたんだから、あのオッサンが死んだのだってあのメイドが騒いでからだぜ?」


「よく分かったわ。ありがとうね。ところで、屋敷の中でも外でもいいわ。殺されたマレハーダ伯爵に恨みを持つ人物って心当たりがあるかしら?」


「いや、特にそう言った話は聞かねぇな。アタイだってオッサンがおっ死んだって聞いて吃驚仰天だったんだぜ? あのオッサンはお人好しで有名だったからな。……しかし、妙な事件だよな? 捜査官さんよ、もし犯人が分かったら教えてくれよな。一発ぶん殴らねぇと気が済まないんだ。それと、いい物件あったら紹介してくれよ。折角の財布が死んじまったからな」


「善処するわ」


 まあ、なんというか……清々しいまでの男を財布としか見ていない尻軽女だったわね。

 話を総合すれば、死亡推定時刻にアリバイは無いに等しい。しかし殺害動機もなく、寧ろマレハーダが死んだことによって、贅沢ができる財源を失ったことになる。彼女はメイドとしても職を奪われたことになるけど、マレハーダの愛人の座から転落したというのは大きな痛手なのじゃないかしら?


 現時点では、あたしはシロじゃないかと思っている。殺したところでデメリットしか生じないのなら殺す必要はないし、そのデメリットを帳消しにするような動機が別に存在しない限りは、ミュリエッタは愛人で財布のマレハーダの殺害を行わないと思う。


「気になるわね、ミュリエッタさん」


「えっ? そうかしら?」


「ミュリエッタさんというより、マレハーダ伯爵が、という方がいいかしら? 聞いていた質素倹約で鴛鴦夫婦な伯爵というイメージに揺らぎが生じているわ。マレハーダ伯爵が治めていたハーバー領に関する情報と、マレハーダ伯爵の人となりについてはやっぱりヘリオドール様に一度聞いてみるべきね。それでは次に行きましょう? 次はミュリエッタさんに夫を奪われたアンネリーゼ・ムスカリ・ハーバー伯爵夫人よ」


 次の取調室にいたのは少し白髪が混じったプラチナブロンドの気品溢れる老婦人だった。

 かつては、社交界で【社交界に咲く一輪の白薔薇】と讃えられるほどの美しい男爵家の娘で、上は公爵から下は同格の男爵に至るまで身分を超えて婚約の申し込みが殺到したという。

 そんな彼女がマレハーダ伯爵と結ばれた時には衝撃が走ったそうだ。


 質素倹約に努める真面目な貴族の青年と社交界でも注目の的だった二人の結婚は今でも語り草となっているわ。

 相手が相手だっただけにシンデレラストーリーという訳ではないのだけど、その後の鴛鴦夫婦っぷりを見て、誰もが「この二人にとってこれが幸いだったのだろう」と思ったらしい。


 まさか、その愛に亀裂が走っていて、事実上の愛人をマレハーダ伯爵が連れ込んでいるなんて、社交界の誰も想像していなかったでしょうね。

 その悲劇のヒロインは、静かにあたし達を待っていた。泣き喚くこともなく、静かに涙をハンカチーフで拭う姿は哀愁を感じさせる。


「初めまして、わたくしはロベリア二等捜査官と申します。お辛い気持ちの中で事件を振り返ることをお願いするのは大変心苦しことでございますが、お話をお聞かせ頂けないでしょうか?」


「……えぇ。夫、マレハーダの死の真相を突き止めるためなら、いくらでも協力致しますわ」


 涙を拭い、目元から赤くなっているアンネリーゼは悲しみをぐっと堪え、ロベリアを見据えた。


「まず、単刀直入にお聞きしますわ。マレハーダ伯爵様とメイドのミュリエッタの関係について、どう思われていましたか?」


「はい……正直に申し上げると、わたくしはずっとミュリエッタのことを憎んでおりました。マレハーダ様は、わたくしを愛してくださっておりました。社交界の場で共に幾度となくダンスを踊り、少しずつお心を重ねていって、そしてあの日、わたくしはマレハーダ様から告白を頂きました。その時に贈られたのが、この永遠の誓いの意味を持つラピスラズリの指輪ですわ」


 一瞬だけ、アンネリーゼが若返ったように見えたわ。

 恋する乙女の表情で、ラピスラズリの指輪を撫でるアンネリーゼは、きっとその時の告白の思い出を今でも大切にしているのね。


「マレハーダ様のお心を奪ったミュリエッタのことは正直なところ、許せませんでした。ですが、わたくしも歳を取り、マレハーダ様に愛して頂けるほどの魅力を、価値を失ってしまった。……いえ、わたくしにそのような価値など最初から無かったのかもしれませんわね。周囲に騒ぎ立てられ、わたくしはきっと自分が美女であると信じて疑わなかっただけなの。まさに井の中の蛙ね。若く美しいミュリエッタに心惹かれることは致し方ないのかもしれないわ」


「アンネリーゼ様にマレハーダ伯爵様を恨むお気持ちはありませんでしたか? そのラピスラズリの指輪、永遠の誓いをマレハーダ伯爵様はお破りになられたのですわよね」


「わたくしに、マレハーダ様を愛する気持ちこそあれ、恨む気持ちなどありませんわ」


 例え、裏切られても浮気野郎マレハーダを愛するか。もし、それが本当だとしたら、あたしにはきっと真似できない。


 ……あたしって気に入らないと思っているミュリエッタと同じことをしようとしていたのよね? 攻略対象を誘惑して、婚約や固い絆で結ばれた関係を引き裂こうとしていた。

 ミュリエッタはリナリアあたし、マレハーダは攻略対象、そしてアンネリーゼはライバルキャラ。


 ……主人公って神聖魔法という免罪符を持っているだけで、やっていることはミュリエッタと何ら変わらないじゃない。

 それを、あたしはやろうとしていた……あたしは、なんてことを。


 ライバルキャラが正しいのは当たり前だわ。ポッと出のリナリアが掻っ攫い、それを祝福してくれるなんて虫が良過ぎる話よ。

 リナリアとアクアマリンの愛を祝福して、身を引いたスカーレットは、アンネリーゼと同じ気持ちだったのかしら?


 ……って、ダメよ、日畑空! アンネリーゼの言葉を全て鵜呑みにしてはダメだわ!

 彼女だって容疑者の一人なのよ! だから、中立の視点を心掛けなくちゃ。

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