CASE.08 転生悪役令嬢が悪役令嬢顔を見せるのが捜査官の上司二人がいる取調室に突入する時って、一体どういうことなのよ!? by.リナリア

<Side.ロベリア/一人称限定視点>


 馬車で移動する中、ディル君は捜査資料を開き、事件のあらましを話してくれた。


 害者はマレハーダ・フライングダッチマン・ハーバー伯爵。質素倹約に努めていたことで有名な伯爵で、小さな屋敷に住み、メイドと男性使用人の二人を常勤で雇っており、それ以外の使用人は朝から夕方までのパートタイムで雇っていた。

 格別高い税金を徴収していた訳でもなく、これと言って殺される理由が思い当たらない人物で、王国刑事部門の中でもかなり動揺が走ったらしいわね。


 わたくしの記憶では、港湾を含む一帯を治める領主だったことしか知らない。

 あまり情報は持っていないし、ハーバー伯爵が治めていたハーバー領に関する情報については、後でヘリオドールに聞いてみた方が色々と掴めるかもしれないわね。宰相の仕事を手伝っているから、それぞれの領主が治める地域に関しての知識は豊富だろうし。


 事件は夜に起こったとされている。翌朝、第一発見者となった雇われのメイド――シルキー・リリウムが出勤してからマレハーダの姿が見えないことに気づき、彼の書斎に探しにいったところ、死体となったマレハーダを発見したそうだ。

 シルキーが上げた悲鳴を聞いた使用人達や屋敷にいた人達が続々と集まり、マレハーダが死亡していたことを認識したという。


 シルキーは出勤してそう時間が経たないうちにマレハーダを発見したと証言している。念のために、他の関係者達に確認したところ、シルキーの証言が正しいことが証明された。


 シルキー達雇われ使用人達の証言では昨日の帰宅前にはマレハーダの姿が見えたそうだ。

 その後、マレハーダが殺害されたと思われる夜に同じ屋敷に留まっていた三人はマレハーダが夕餉の席に居たことを証言しているから、これを仮に真とすれば、マレハーダは夕餉が終わった後から早朝、雇われの使用人達が出勤するまでに殺害されたということになるわね。……鵜呑みにすれば、だけど。


 今回の事件でまたも陣頭指揮を取る王国刑事部門の二人の一等捜査官は、これらの情報を基に当夜屋敷に残っていた容疑者三名を本庁に移送し、現在取調べを行っている。


 この三人に関してもディル君から説明があった。




●アンネリーゼ・ムスカリ・ハーバー

 マレハーダ殺人事件の第一の容疑者。マレハーダの妻で伯爵夫人。

 社交界ではマレハーダとアンネリーゼは鴛鴦夫婦だと認識されていた。


●ミュリエッタ・ダニング

 マレハーダ殺人事件の第二の容疑者。マレハーダが重用していた平民出身のメイド。


●ジョセフ・チューニング

 マレハーダ殺人事件の第三の容疑者。真面目な男性使用人。

 元々はパートタイムで雇われていたが、マレハーダに正式に雇ってもらえるように直談判して正式な使用人となった人物。真面目に仕事をしている働き者の好青年で、女性関係の噂も全くと言っていいほどない、仕事一筋の青年。




 つまり、伯爵夫人とメイドと男性使用人が容疑者候補ということね。

 うーん、現時点では誰も動機が無さそうだけど……そうね、まずこの時点で気になるのはこのメイドかしら?

 伯爵が何故、たった一人のメイドを重用していたのか……雇われの使用人達の中にはシルキーを含めてメイドも沢山居たそうだけど。


 現時点の情報では、これが限界ね。後は、容疑者達の証言からどれだけ掴めるか。

 勿論、証言だけで事件の全貌が見えるとは思っていないわ。王国刑事部門がほとんど行わない現場検証や、確実にやらない科学捜査、周辺への聞き込み、そういったものから事件の全貌を明らかにする必要がある。


 事件解決っていうのは、ただ犯人が誰かを特定するだけじゃ足りないのよ。

 何故、その事件が起こらなければならなかったのか? 犯人の動機は? 背後にどのような人間関係があったのか? そういった、事件を構成する一つ一つをパズルのように組み合わせ、その事件の必然性を追及する。


 事件を取り扱うのならば、決して冤罪なんてものは許されない。

 裁かれるべき人間に、適切な処罰を受けさせる――それが、私達、事件を取り扱う捜査官の役目なのよ!



 ◆◇◆◇◆



<Side.リナリア/一人称限定視点>


「大丈夫、リナリアさん。もしかして、馬車酔いしたのかしら? 少し休んでから行く?」


 あたしがラインハルトとディル君のことで悩んでいたのを、乗り物酔いしたのと勘違いしたのね……本当にこの人、天才捜査官なのかしら?

 まあ、ロベリアはラインハルトがロベリアのことを狂愛しているなんて露ほども思っていないし、ディル君が「ロベリア先輩の相棒は本官だけです!」って相棒であることに拘っているのも「はてな?」なんだろうね。

 別にあたしはいいのよ? あたしが巻き込まれて敵意の渦中に放り込まれていなければ。……なんで最推しから睨まれないといけないのかしら? あたしの恋はいずこ!?


 王国刑事部門の庁舎は王宮から少し離れた場所にあった。大理石をふんだんに使った豪華な建物で、内装は王宮のそれに匹敵する……ゲームで見た王宮だけど。

 無数の壁画が描かれ、シャンデリアが煌々と輝く庁舎は圧巻の一言に尽きる。


 これといった制服はないようで、職員達の服装は男性がディル君と同じ貴族の正装、女性もドレス姿だった。この中で制服姿のあたし達は浮いている気がする。


「ディル君、ありがとうね。ディル君の方も受け持っているお仕事あるのよね? ほら、ナーシサス三等捜査官も待っているわよ」


 金髪縦ロールを無数のピンクのリボンで彩ったフリフリの丈の短いピンクのプリンセスラインドレスを着た桃色の瞳の女性がディル君に手を振っている。……凄い、趣味ね。

 美脚と胸を強調を狙ったデザインのミニ丈ドレス、上目遣いでいかにも角度を完璧に計算したようなポージング……なんというか、嫌われそうね、同性に。


「ディルさん、どこ行っていたんですかぁ♡ ナーシサス、ずっとディルさんのこと探していたんですよ♡ 寂しかったです♡」


 背中がゾクっとするような猫撫で声……こういうのに漢ってコロッと騙されるのかしら?


「三等捜査官のナーシサス・フュサリス・シンビリウム侯爵令嬢よ」


 ロベリアがこそっと耳打ちしてくれた。そのナーシサスさんはあたし達のことは全く眼中にないようで、さりげなく近づいてディル君の腕に腕を絡ませている。

 しかも、ディル君や他の捜査官達に見えないように「てめえらとっとと行け! 邪魔すんなよ!」って視線を向けてくる……女って怖いわね。あたしも女なのだけど。


「それでは、わたくし達は急いでいるから。リナリアさん、行きますわよ」


 若干涙目になっているディル君を放置して、ロベリアは円形ホールになっている入り口にある二つの階段を右から上っていく。……こういう容赦ないところは悪役令嬢の性質を引き継いでいるのかしら?

 あたしもディル君に内心「ご愁傷様」と言ってからロベリアの後を追った。


 ああいう女の人とは関わらないことに限る。

 どの道、あれじゃ上手く女性とは付き合っていけない。男の人から好かれれば好かれるほど、ああいうやり方をしていたら嫌われていく。

 それに、男の人の中にもああ言うあざとい人が苦手だっていう人もいるのよね。ディル君はそっちのタイプみたいでロベリアに助けを求めて手を伸ばしているけど……まあ、あたしもお関わりになりたくないからおさらばするわ。


 ディル君は犠牲になったのです。


「あの……ロベリアさんのストレスの原因ってさっきのナーシサス様なのですか?」


「いえ、違うわよ? ナーシサスさんってディル君のことが本当に好きなのよね。できるだけ、わたくしのせいで二人の時間が削られないようにしたいのだけど……」


 あっ、駄目だ。そもそも、気付いていなかったよ……まさか、本気でディル君がナーシサスのことを好きだと思ったの!?

 そもそも、ナーシサスがディル君のことを好きかも疑問よね。あれ、小悪魔よ。きっと、ディル君の他にも毒牙を掛けていると思うわ。

 特に、おじさまとか財布にしてそうよね……怖っ。


「さて……ここからが正念場よ。今回の事件も陣頭指揮を取った二人の一等捜査官……この先で待ち受けているのはあの二人だわ」


 ぶりっ子よりもストレスになるってどんな二人なのかしら?


『お前がやったんだろ! いい加減に認めろ!!』


 特殊なガラスの窓がある刑事ものでよく見る取り調べを豪華にしたような部屋から、男の恐ろしい声が響いた。

 それと共に、ドスンという音が。思いっきり机を殴ったような鈍い音。


 ロベリアの目つきが変わった。これまで温和な表情と可愛らしい笑顔を見せていた悪役令嬢らしからぬロベリアの表情から感情が抜け落ち、その眼に冷たい光が宿った。

 この顔は見たことがある……前世で、ゲーム画面越しに。


 薄い唇を少し上げて微笑んだ悪役面とは違うけど……この気配は、ギラっと鈍く光る眼は悪役令嬢ロベリアのもの。

 まさか、こんなところで悪役令嬢の片鱗を見ることになるなんて。……あの優しい月村さんがここまでの凄みを感じさせるなんて。

 唯一の救いは、その感情があたしに向けられていないことかしら? あれほど背筋が震えるほどの恐怖を前に、よくリナリアは毅然として立ち向かえたわよね……攻略対象が側にいて心の支えになっていたとはいえ。


「失礼するわ。あらあら、随分と前時代的な取調べをなさっているわね。ここは原始時代なのかしら?」


 初っ端からボディブロウが凄いわ。しかも、あんな筋骨隆々な巨漢に相対して、よくここまで言葉の刃をグサグサ突き刺せるわね。


「ロベリア、今回の事件は俺達のヤマだ。てめえは引っ込んでいやがれ! それから、そこの部外者! ここがどこか分かっていやがるのか!」


「紹介するわ。彼女はリナリアさん、今日からわたくしの相棒として捜査をすることになるわ。少なくとも、貴方達無能に比べたら事件解決に大きく貢献すると思うわよ」


「んだと!?」


「まあまあ落ち着いてください、ヴァリアン。全く、これだから根性論と力尽くしか能のない叩き上げは嫌いなのですよ。事件はエレガントにこのエリートのスピーリアが解決してご覧に入れましょう」


「わたくしは、貴方達・・・と申し上げましたわ。ヴァリアン・ガニマール・フィアンマ一等捜査官、スピーリア・レストレイド・エイプリルファースト一等捜査官」


 これは……また、随分と分不相応な名前を持っているようね。ガニマールにレストレイド……どこかの世界的大泥棒と世界的名探偵の関係者じゃない。


「お引き取り願いますわ。名は体を表さない無能なお二方は御退場ください。ここからはわたくしがリナリアさんと共に取り調べを行いますわ」


「これは俺達のヤマだ! 無所属の二等捜査官は引っ込んでろ」


「わたくしは無所属ですから、ヴァリアン一等捜査官とスピーリア一等捜査官の指示に従う理由はありませんわね」


 一歩も譲らないわね、両者とも。悪役顔のロベリアvs怒髪天をつく勢いで怒り狂うヴァリアンと、ヒビが入った眼鏡をクイっとするスピーリア。ところで、取り調べされていた男性使用人さん……確か、ジョセフ・チューニングさんだったかしら? 彼、涙目になっているわよ。


「ロベリア君、ヴァリアン君、スピーリア君、一旦落ち着いてね。いいじゃないか? ロベリア君はロベリア君のやり方で、ヴァリアン君とスピーリア君は二人のやり方で、それぞれ事件の解決を目指す、いつも通りのスタイルで。ロベリア君はいつも大した時間取り調べをしないし、少しぐらい彼女に譲ってあげてもいいんじゃないかな?」


 音もなく、その人は突如として取調室の中に現れた。

 異世界には存在しない筈の黒いスーツに身を包んだ、銀髪に切れ長の碧眼の男。


「初めまして、リナリア・セレスティアルさん。私は王国刑事部門の総監を務めるローレンス・ジョージ・マスターロウだ。この組織のトップとして、君を心から歓迎するよ」

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